4.ギャル美とチュートリアル
勇者ギャル美と前田が瓦礫の廃墟と化した町から立ち去った後のこと――
「おのれ勇者めえええええ!」
かわいらしい小動物チックな声がむなしく響いた。
片手に乗るくらいのサイズのモフモフっとした黒い竜。
もはや生きたぬいぐるみ状態である。UFOキャッチャーのプライズと見まごうばかりのマスコットは、地面に寝そべり短い手足をバタバタさせた。
滅神魔竜のプライドはズタズタに引き裂かれ、陰の力は霧散し消滅。もはや誰からも恐れられない愛くるしい姿となったのだ。
恐るべき勇者の陽の力。倒した者を可愛いく変貌させてしまう。
魔族や魔物にとって死すら生ぬるい地獄は、ギャル美を倒されない限り、永遠に続くのであった。
「この恨みはらさでおくべきかああああああああ!」
もふもふ黒竜は復讐を誓った……が、もはや戦う力は残されていなかった。
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迎えの馬車が町の外に待機していた。避難民はすでに王都に向かったとか、空城の計が成功したとか、今後は復興だと意気込んだりと、兵士たちは勇者ギャル美の活躍に沸く。
どうやら住民を事前に逃がしていたらしい。犠牲は最小限どころか、民間人の死傷者ゼロ。守り切ったギャル美はまごうことなき、英雄だった。
王城へとたどり着くまでの車中で、ギャル美からいきさつを聞いた。
彼女を召喚したのは光の神で、願いの一つとして私をハッピーセットにしたという。
「一言、断りを入れてくれても良かったんじゃありませんか木柳さん?」
「スマホの電波死んでて、ケツカッチンで秒で決めなきゃでマジごめんやで」
連絡手段を封じられ期限を設けられ即決を迫られて、誠に申し訳ない。と、彼女なりに、私を巻き込んだことに罪悪感はあるようだ。
「けどマエセン得意分野っしょ? 異世界って」
「ひ、否定はしません。それに良かったです。一人で問題を抱え込まず、担任を頼ってくれて」
「それな。ぶっちゃけ半分ノリで受けちゃったけど、厳しい戦いっぽいし。センセーいてくれるだけで安定だから」
「わかりました。来てしまったのなら私も覚悟を決めます。二人で必ず、無事、日本に帰りましょうね木柳さん」
「うんうん」
と、ギャル美の方から私の手をとって、包むようにするとぎゅうううっと握った。
剣を握って巨大な竜を打ち倒したとは思えない。しっとり柔らかい手だ。
「マエセンしか勝たん。よかったぁ……ちゃけば、嫌われたかもって……」
「嫌ったりなんてしません。君は私の大切な生徒なんですから。とりあえず、現状をお教えください」
「了解道中膝栗毛」
少女の手が再び私の手をにぎにぎした。馬車に隣り合って肩を並べて座り、手を握られる……しかも生徒に。
鎮まれ私の中の獣。教え子にあらぬことを考えるなんて言語道断である。
邪念を断って、私は彼女が持つ情報を整理した。
まず、彼女がこの世界にやってきてからすでに半年が経過しているということ。
どうやら時間の流れ方が、現代日本と違うらしい。
彼女は今日の放課後、渋谷から異世界アルカナリアへ転移した。私は同日の夜、三茶の自宅アパートから転移させられたのである。
数時間の差だが、半年のタイムラグが発生していた。その間に、彼女は自身のスキルを鑑定で確認し、ある程度使いこなせるようになったという。
「マエセンも鑑定受けてスキルゲットじゃん」
「ギャル美さんはどういったスキルを手に入れたんですか?」
「あーね、なんかギャルだって。ウケる」
「ギャルがスキル名なのでしょうか?」
「うんうん、なんかギャルっぽいこと? できるって」
まさかの概念!? 確かに彼女らしくはあった。となると、私が鑑定を受けた時に発現するスキルは教師になるのだろうか。
しかし――
「竜のブレス攻撃を防いだのも、ギャルの力なんですか?」
「それな」
「竜を倒した剣の技も?」
「それな」
こちらの質問はすべて軽々といなされた。
つまり「それな」は、相手の攻撃を無効化する鉄壁の防御効果を発生させる……と?
信じられないが、実際に彼女の「それな」に救われた事実は揺るがない。
もう、そういうものなのだと受け入れよう。
また、ギャル美から基本となる「異世界コミコミセット」も教えてもらった。
私にも適応されているようである。
でなければ、戦火に包まれた町でとっくに倒れていたはずだ。
もう一つ、服装について。ギャル美は明誠桜花学園のブレザー姿で、赤いマントだけこちらで調達したらしい。
このブレザーには光の神の加護がかかっており、動きやすさそのままに頑丈かつ、どれだけ傷んでも一晩でたちどころに元通りになるのだとか。
ギャル美曰く「っぱ勝負服っしょ?」とのことだ。
転移前、部屋着だった私がスーツ姿になっているのは、仕事着ということらしい。
「こちらでは、ギャル美さんはちゃんと生活できているんですか? 不当な扱いを受けたり、悪い大人に騙されたりしていませんか?」
「あーね、余裕。異世界女子にネイルとか流行らせたし」
ギャルのコミュ力は異世界でも無双するようだ。
「ところで、この馬車はどこに向かっているんですか?」
「自宅?」
「なるほど、君のこちらの世界での家ですね」
家といえば、現実世界の私の家や仕事はどうなってしまうのだろうか。
考えるだけ無駄だった。ここからなにができるわけでもない。
ただ、一つだけ心残りなのは、一口もすすることなく放置することになった、カップ麺のことくらいである。
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馬車を降りて荘厳な王城の門前に立つ。
異世界にやってきてしまったのだと思った。
ギャル美が私の隣に立つと、城の中へと歩き始める。
「ちょ、ちょっと木柳さん?」
「マエセンこっちこっち! つーかユニバとかランドっぽくて初見だとバビるっしょ?」
バリバリビビる……つまり驚きを禁じ得ない……いや、そうだが。そうなんだが。
家に帰るって、どう見ても町の中心地にある王城なんですが。
いったいどうなってるんですか木柳さん?
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冷静になって考えてみれば、異世界から召喚された勇者が国賓扱いされるのもおかしくはなかった。
ギャル美はこの半年間、王都エリオポリスのエーテルナ城で、国王エドワード・エーリッヒ・エルドレン17世の庇護の元、エルヴァリア王国にて何不自由なく暮らしていた。
というか「エ」が多いな、この国。
魔族の侵攻を数度、払いのけたギャル美は半年の間に、すっかり貴族たちに人気になってしまい、王城の彼女の部屋には若い貴族の嫡子たちから、贈り物が山ほど届いていた。
すでに二桁の求婚を断ったとのことである。彼女を正室に迎えたいという貴族たちだが、政略的な意味だけではなく、本当に魅了されてしまった男性たちは尽きないらしい。
城仕えのメイドにギャル美は「全部送り返して。よろ~」と、プレゼントの山を指さし告げた。
「いいんですか? もったいない」
「すきぴからプレゼントされたらバイブス上がるけど、別にだし」
興味の無い相手からの贈り物には興味無し……と。
そんなギャル美は貴族の娘たちからも人気で、ネイルやメークのセンスが大爆発。社交界ではギャル風コーデが流行の兆しをみせているという。
休む間もなく、私とギャル美は謁見の間へと案内された。
壇上で白髪白髭の王が言う。
「竜倒し乙。引き続き魔王復活の対処よろ」
「り」
ギャル語が伝染ってるーッ!?
本当にこの国、大丈夫なんだろうか。