29.ギャル美と寝言
地面の感触を頬に受ける。
振動が二つ。音が響く。剣を振るい、それが弾き返されるような金属音だ。
魔族ブラックウッドの声が森に木霊した。
「さあ、その手に持った水晶ドクロを吾輩に渡すのですお嬢さん」
「生理的に無理。無理よりの無理」
「頑固ですね。しかたありません。勇者を倒して魔貴族の格が上がってしまうのは……ゲフッゲフッ! 不本意ですが……夢幻影眠」
顔を上げたくなる気持ちを私は抑え込む。
夢の世界で命を投げ捨てて戻ってきたのだ。魔族は私が意識を取り戻したことに、まだ気づいていない。
それに、またあの傘をぐるぐる回す技を見たらまずいことになる。視線は上げるな。高さ地表より一㎝を確保。
さて、どうするか。
ギャル美が眠りに落ちるのも想定すべきだ。
RPGの敗北バトルイベントほど、腑に落ちないものはないんだが。
あくまでもここは異世界。ゲームらしいがゲームじゃない。
幸い、ブラックウッドの目的は遺物である。
手に入れた水晶ドクロを奪われるのは正直、腹立たしいとはいえ……。
死んだふり……いや今回は寝たふりか。それでやり過ごすのもありかもしれない。
ひゅんひゅんと開いた傘が空を切る音が響いた。
「さあ、甘き夢の中へ! そこは希望と欲望の楽園です。想い人と幸せな永遠に耽溺なさいお嬢さん」
ギャル美はどんな夢を見るのだろうか。膝を屈し堕ちてしまうんだろうか。
だが――
勇者は倒れなかった。両足で大地を踏みしめ魔族に返す。
「まだ明るいのに寝るとかもったいなくない? 逆に完徹で」
少女の身体からミラーボールのようなキラキラが発散された。
「な、なんと……ゲフホッ!? 吾輩の夢幻影眠を破った者はこれまでいませんでしたが……勇者の力、恐るべしゲホゲッホ!?」
魔族渾身の眠りの魔法は、ギャルに無効化されたのだった。
傘の回転音が止む。
今ならブラックウッドの注意が完全にギャル美に向いている。
動きは可能な限り素早く。この一度の動作にすべてをかける。
私は立ち上がると同時に一心不乱に魔族に突撃。
「な、なんとぉゲッフア!」
吐血を右腕前腕で受け止めながら、男の傘の石突きを左手で掴む。
「発動ッ! 破壊スキルッ!!」
眠りの魔法を支える傘に張られた布地がボロボロに風化して、骨組みもばらりと砕け落ちた。シャフトも朽ち果て持ち手の部分も魔族のいかにもなさげな握力にすら、耐えきれず粉砕された。
「吾輩のアンブレラ氏になんてこ……ゲッフイッヒフッフ!?」
細い目を丸くしたブラックウッドが後ろにふわりと飛び退いた。
私はギャル美に叫ぶ。
「今です! 木柳さんッ!!」
「センセーナイスぅ! 閃光三日月斬(キラキラ☆クレセントアークスラッシュ)!!」
勇者が虚空に剣の先で三日月を描いた。
私はその場でしゃがみ込む。頭上を回転三日月が通過する。
ブラックウッドが叫ぶ。
「ひ、ひいいいいい! ゲフゴッファアアアアアア!」
避ける間もなく――
魔族の男は光の刃の直撃を受けると、全身から光線を放ちながら爆散した。
男のいた場所にぽとりと、白衣を纏った山羊のぬいぐるみが落ちる。
ぬいぐるみがひょっこり立ち上がった。
は? え? なに? どういうことだ?
ぬいぐるみは両手を万歳させた。
「お、おお! 呼吸が楽になりました! しかも身体が軽い! ああ! 目のぼやけもなくなりまして……世界がこんなにも美しいだなんて!」
二足歩行する山羊のぬいぐるみは楽しげに踊るようにしながら「感謝に堪えません! ああ! 敗北こそが吾輩を治す特効薬とは!」と、ギャル美に一礼した。
「それな。ところでおじさん、二人、大丈夫そ?」
ギャル美の視線が地に伏せ寝息を立てる女騎士と神官戦士に向く。
アリアドネが寝ながら顔を真っ赤にさせていた。
「い、いけない……前田殿……こんな公衆の面前で……は、恥ずかしくて興奮するではないか! ああっ! そんなに強く吸わないでくれ! 切なくなってしまう! 胸がはち切れそうだぞ! あん♡ 歯を立てるなら優しく甘噛みで頼む♡」
寝言というレベルではない。相当アレな夢を見ているようだ。
一方シルフィーナはというと。
「どうしました前田様。こんなに硬くして……抵抗するなんてお仕置きが必要ですわね。あら? 不服ですの? パーティー内での生殺与奪の権限は治癒の魔法が使える者が握っていましてよ? ふふふ♪ さあ、生きたいのかしら? それともいっそ死んでしまいたいのかしら? わたくしが逝かせてあげましょうか?」
こっちも怖い。いや、こっちの方が怖いかもしれない。




