27.ギャル美と夢幻影眠
魔族らしき白コートの男に対して、炎を纏った剣の切っ先を女騎士はビシッと向ける。
「私の名はアリアドネ! 見ての通り凄腕の剣技の持ち主にして、類い希なる美貌を誇る気高き女騎士だ! 炎剣を自在に操り、今し方も封印されし遺跡迷宮にて骸骨戦士を何百体と葬ってきた!」
自分のことすっごい持ち上げるじゃないか。その自己肯定感の高さ……嫌いじゃない。
神官少女には脳筋ゴリラと呼ばれてはいるが、美人には違いないし。
青い顔をした魔族は立っているのも辛そうだ。
「し、失礼……ゲフゴフッ……ちょっと……休憩」
手を薙ぐようにすると、男の手に長い柄のようなものが握られていた。虚空から武器を取り出したか。
私も剣を抜き、シルフィーナも楯を構える。
ギャル美はといえば、水晶ドクロを両手で掴んだまま眉尻を下げた。
「おじさん口から血出てんじゃん。病院だよ」
「吾輩は大丈夫である……ゲフン! 時にお嬢さん方……このあたりに遺物の強い反応がありまして……ゲフゲッフ」
咳き込みながら男は取り出した得物を地面に突き立て、杖代わりにして体重を預けた。
「ふぅ……二本足で立つのは大変しんどいものです。お若い方々が……ゲフゲフッ……うらやましい」
それは傘だった。立派な洋傘だ。黒地になにやら白で模様が入っているようだが、閉じた状態ではよくわからない。
目の下がくぼんで見えるくらいのクマ。おぼろげな眼差しが私をじっと見る。
「ああ、貴公は……ゲフゲフッ! 引率の……ゴフ! 方ですかな?」
喋りながら咳き込む上に、どこか間延びしたゆっくりしていって感のある口ぶりだ。
「はい。一応、私自身はそのつもりですが」
隣でシルフィーナが厳しい視線を向けてくる。魔族と雑談するなとでもいうのだろうか。
それともパーティーの面倒をみている自負が神官少女にあるためか。
「ゲフゲフッ! ああ、これは……失礼。吾輩の名はブラックウッド。見ての通り魔族をしております……ゴフッ!」
しておりますってまるで職業みたいな言い草だ。名刺がある世界なら交換していただろう。
血を吐きながら男はうやうやしく一礼した。つい、こちらもつられて会釈する。と、隣のシルフィーナに「なにをなさっていますの?」と、足の甲をかかとで踏まれた。
地味に痛い。
「社会人として名前をうかがったのに、こちらが名乗らないのはどうかと思ったもので」
「転移者らしい考え方ですわね。魔族に名乗る名なんてありませんわよ」
するとギャル美がギャルピースを魔族に向けた。
「うぇーい。あーしね、木柳留美ってんだけど、みんなギャル美って呼ぶから揃えてくれておけまる水産」
「ゲフッ! ギャル美さんですね……なんとお美しい! ゲハッ!! 健康的な小麦色の肌! はつらつとした顔つき! 溢れる……カハッ! 生命力!! 名は体を現すとはまさしく貴公のこと! カハックハッ!!」
テンションあがって喀血が増えてるな。このまま会話してる間に倒せたりしないだろうか。
シルフィーナが鬼の形相だ。
「いけません勇者様! 魔族にみだりに個人情報を渡すなど!」
「あーね、けどシルぴもじゃん。あーし勇者って言わなかったし」
「うっ!? こ、これは……不覚ですわ」
「焦っててウケる。別にいーじゃんね?」
勇者が魔族にウインクした。
ブラックウッド氏、ギャル美が勇者と知るなり。
「おおおおお! ゲフゲホゴホオオオオオガアアアアアアゲッフヒィヒィフゥ!」
周囲に血をまき散らして散水車みたいになってしまった。効果は抜群だ。
本当に、このまま死ぬんじゃないか。この魔族。
しかしまあ、魔族を神官が嫌うのは当然として――
ブラックウッドの血の色は人間と変わらない赤。
疑問が湧いた。
そんなに吐血するのに、なんで白のコートなんて着てるんだろう。
ま、いいか。
そもそも普通の人間なら、この男のペースで血を吐いていたらぶっ倒れているだろうが、そこは魔族の生命力といったところである。
さて――
「ブラックウッド氏に質問です。君は勇者を倒しにきた刺客なんですか?」
「ゲフゴフッ……吾輩は魔王軍から独立した個人勢力……魔貴族ですから……ゲッホゲッホッ……勇者を倒して……求心力を得ようというつもりもありません」
「戦う意思はない……と?」
魔族の男は地面に突き刺した傘を引き抜いた。
「はい。ですが勇者の手にある遺物には興味があります。それを頂きましょう」
顔つきが変わった。同時に女騎士と神官戦士が肉薄してブラックウッドを左右から挟撃する。
二人の攻撃を――
「おっと……ご無礼、お嬢様方」
開いた傘の石突きで炎剣を軽々いなした。棘付きメイスの一撃も傘をくるりと回してはじき返す。
ただの雨具ではなさそうだ。
傘に描かれた柄をこちらに向けてブラックウッドはくるくる回す。
蚊取り線香のような白い渦巻きだった。ぐるぐるぐるぐると、視線を誘導されてしまった。
ブラックウッドが目を細める。
「貴公らに幸せな永遠を……夢幻影眠」
見てはいけなかったと、ハッとなった瞬間――
身体から力が抜けて私の意識は甘いまどろみの沼の底へと引きずり込まれた。
やばい……眠りの……魔法……か。
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夕日の差し込む教室でギャル美が自分の席で大きなあくびをしながら、う~んと背伸びした。
ブレザーに抑え込まれた胸が窮屈そうだ。
「センセー補習とかマジだるくね?」
「らしくありませんね。私の担当科目だけ赤点だなんて」
「ふふ~ん♪ てか、あーしだけって不思議くない?」
テストの難易度はいつも通りなのに、放課後の教室には彼女しか残っていない。
「授業を続けますよ木柳さん」
電子黒板に向き直った瞬間――
ギャル美が私の背中にぴたりと身を寄せた。
「ねえマエセン……二人っきりだね」
「き、木柳……さん?」
「補習の内容……もっと他のこと教えてほしいなぁって」
「な、ななな、何を言い出すんですか?」
ぐいぐいと彼女は大ぶりなたわわを押しつけて、囁くように呟いた。
「いいじゃん別に……ね? ほら……いつもの授業で勉強できるし……」
「なら、いったい何を……」
「えっとね、マエセンとじゃないと……マエセンとなら……保健体育の実習……したいかも」
私の手からタッチペンがこぼれ落ちた。




