26.ギャル美と病的な魔族のオッサン
泣きながらベッドからおりて幼女魔王はソーキンに抱きついた。上目遣いで訊く。
「ど、どうすれば昔のように魔貴族たちが戻ってくるのじゃ? 教えろくださいなのじゃ!」
「やっぱ勇者倒して、魂を封じるしかないんじゃねぇか?」
「それができたら苦労はしないのじゃ!」
ソーキンは後ろ手で頭を掻く。
「あんまサボってっと、他の魔貴族に先、越されちまうかもな」
「なぬ!? どういうことじゃ!?」
「人間の王国に忍ばせた間者からの報告だけどな、連中、遺物が封印された遺跡を探してるみたいだぜ」
「遺物……あ、ああ、ま、ままままさか! 我の! 我の支配の王錫を!?」
「かもなー。ガキ魔王もいよいよもって終わりだな」
「お、終わってたまるかなのじゃ!」
両手をグーにして幼女は背伸びをしながら青年の胸をポコポコ叩く。
「オレらの敗北条件その1。勇者が他の魔貴族に倒されて、蘇生できないようにさせられる。方法は色々だが、魂を封じるのが手っ取り早い。ま、んなことできる魔貴族は数えるほどだろうけど……たとえば遺物コレクターで闇魔法研究家の教授ブラックウッド卿とかな」
自分よりもよっぽど魔軍師の肩書きが向いている魔貴族だと、ソーキンは心の中でため息をつく。
「あやつは無事なのか? し、死んだはずでは?」
「勇者タカシとの戦いで、仮死薬使って生き延びてやがったんだとよ。もともといっつも咳してるし顔も青いし……いや、青いのは元からか。病弱だったんで、何も無いところで死んでもおかしくなかったよな」
「むきゃあああああああああああああああ! 背任じゃ! 裏切りじゃ! 許せぬ!」
「まあ、極度の遺物マニアってだけだし、自分から勇者の前にノコノコ出て行くタイプじゃないんだが。ともかく、オマエより早く勇者を倒す魔貴族が出ちまったら、そいつの求心力はうなぎ登りだ」
幼女は下を向く。ついでに角で青年の腹部をツンツンした。
「痛ッ! テメェわざとだろ!?」
「ん? ち、違うがぁ?」
「ほんっとにガキだなクソガキ魔王。敗北条件2。オレがこのブラックな職場を辞める」
「それだけは堪忍してごべええええええん!」
「反省しろコラ」
「う、うう……厳しい。昔はもっと優しかったのに」
「1000年もありゃ色々変わるんだよ」
ソーキンの知る魔王インドーアは、それはもう、とてつもなく強かった。今の力を失った幼女は正直、見るに堪えない。
かつて自分にとってヒーローだった存在だけに、憎しみすらある。
それでも放ってはおけなかった。
幼女が再び顔を上げる。
「は、敗北条件3はわかるぞ! 支配の王錫が他の魔貴族の手に渡ることじゃ」
「お! よく分かったじゃねぇか。えらいえらい。ま、人間如きに扱える代物じゃねぇからな。最悪、勇者にくれてやったっていい。だが、他の魔貴族はダメだ。この城も暗黒の島の支配権も、王錫で書き換えられちまう」
支配の王錫を手にした者こそ、魔王となる。
故にこの1000年の間、王錫が勇者タカシの手によってどこかへと封印された状況は、魔王インドーアにとって不幸中の幸いだった。
世に解き放たれた生き残りの魔貴族も、魔王の復活を指をくわえてみていることしかできない。
下克上の起こしようがなかったのだ。
今、世界情勢は急激に動き始めた。
新たな勇者の誕生によって。彼女が支配の王錫を発見した時に、誰がその王錫を手にするか。
ソーキンは軽く拳を握る。
自分こそが、支配の王錫を手にするのに相応しい。
新たな魔王となって、現在の魔王インドーアを……。
「ど、どうしたのじゃソーキンよ。怖い顔をして」
「んあ? なんでもねぇよ」
「と、時に……おやつの件じゃが、ど、どうしてもカカオから育てねばならぬか?」
「…………」
「おねがい♡ おにーちゃん♡」
「ったく……おやつは今後、一日一回午後三時までだぞ。夜の間食は絶対に許さねぇからな!」
「わーい! だーいすきおにーちゃん♡」
インドーアのこの笑顔がソーキンを狂わせる。
1000年の間、城を守り島を守り続けてきた青年は、一途に恋をし続けた。
彼女を……魔王インドーアを自分のものにするために。
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森に囲まれたエルゲート遺跡の前で――
赤いポニーテールの女騎士が剣を抜き、刃に炎を纏わせた。
「炎剣……破ッ! これ以上近づくな不審者よ!」
青い顔をした痩躯の中年男性が、ゲホゲホと咳き込みながらアリアドネに近づく。
頭には山羊のような角がこめかみの上あたりから左右に伸びた。重そうだ。頭を左右にふらつかせている。
肌色は青く、耳は尖っていた。金色の瞳は切れ長で、あごも尖り気味だった。
濃紺の長髪をオールバックにしており、顔そのものはとても整っているのだが、目の下のくまがすべてを台無しにしている。
蝶タイに貴族のようなフリフリっとしたやつが揺れている。袖の先もフリフリだ。
貴族っぽいが、外套のような白いコートを医者の白衣よろしく肩にかけていた。
「ゲフゴフッ! お、お、お嬢さ……ゲフッ!」
私たちの目の前で、青い顔の男……恐らく魔族は豪快に吐血した。
なんだろう……部活の顧問になってしまったが故に、休日も学校に来てサービス残業漬けになっている先輩教師を見ているような、いたたまれない気持ちになった。
ギャル美が魔族にギャルピースする。
「うぇーい。大丈夫そ?」
「あっ……ええと……ゲフガッ!」
咳き込みながら舌を噛んで、さらに口から流血した。
とりあえず、緒戦はギャル美の勝利である。




