20.前田と1000年前のタカシの話
骸骨戦士と違って、キングの得物は杖だった。
魔法系の攻撃をしてくるかもしれない。
ギャル美の「それな」が無い以上、相手のアクションを待って打撃を受けるより先手必勝だ。
罠があったとしても見破る術がないのだし、魔法系は総じて立ち上がりが遅いものである。ゲーム知識だけど。
女騎士に視線で合図を送る。
事前の打ち合わせはしていないものの、ここにくるまで何度か呼吸を合わせる戦いがあった。
「うむ! 一番槍は私がいただくぞ!」
猪には猪の戦い方があることを、アリアドネは教えてくれる。私のような迷いや恐れや思考を挟む余地がない。
剣を突きの構えにして、石床を蹴る女騎士。金属鎧を身につけているとは思えない身のこなしで、あっという間に祭壇へと続く階段を駆け上がった。
私はその背後についていく。転移者ボーナスの身体能力強化があっても、追いつけるものではない。ぐいぐい離される。
ワイトキングは玉座から動く素振りも見せなかった。
やはり罠か? まっすぐ行くのは嫌な予感がする。
「アリアドネさん! 祭壇を迂回してくださいッ!」
私の声に女騎士はすかさず反応した。
祭壇に足を掛け、その上に立ち、眼下の玉座の王へと斬りかかる。そんなルートを想定していたはずだ。
アリアドネは直前でブレーキをかけると直角に曲がって台座を右に迂回した。
ワイトキングの赤い瞳が大きくなる。
「ぬう……」
短く唸った死霊王。右手の杖を振りかざし、切り込む女騎士に先端を向けた。
「呪霊縛鎖」
杖の先端から紫色の魔力の鎖が放たれた。
「くあああああッ!」
女騎士の四肢に蛇のように巻き付き、身動きを封じる。
チャンスだ。すまないアリアドネ。壇を左から回り込み、私は距離を詰める。
剣か? いや、相手は腐っても……失礼、骨だけなのでもう腐ることもないか。死んでなお王の名を冠する迷宮の主だ。
レベル2相当の剣技は決定打にならない。
死霊が生物判定されるかも不明だ。となると――
私の狙いはワイトキングが掲げる杖。これの破壊を狙う。結論に至るまでには、私は玉座の直近に迫っていた。
「甘いわ……人間」
突然――
王まであと数歩ところで、石床から骸骨戦士が三体、護衛のように湧き出した。
仲間を呼ぶタイプのボスかぁ……。やっかいな。
立ち止まり、剣を抜き対処に当たる。骸骨一体一体は動きが緩慢だ。アリアドネならまとめて一閃して終わらせているだろう。
女騎士はワイトキングと睨みあったまま、声も上げられず身動きを完全に封じられていた。
勝ち誇ったように王は玉座で嗤う。カチカチカチと骸骨が歯を鳴らす。
「カーッカッカッカ! 祭壇を避けたことだけは褒めてやろう。というか、なぜ危険だと判断した?」
「生け贄の祭壇の上になんて誰も乗りたくないですからねッ!」
「生け贄の……そうか貴様もタカシと同じく、異界の知識を持つのだな。あの者も素直に祭壇に上がっておれば、我が下僕として永遠を手に入れられたものを」
なるほど載っていたら、まな板の上の鯉にされていたわけか。
って、ちょっと待った。タカシって……千年前の勇者タカシを知っているのか!?
なんて驚いている場合ではない。目の前を黒曜石の刃がかすめて前髪を何本かさらっていった。
でたらめな剣だが殺意だけはしっかり伝わる。
幸い、三人が相手とはいえ祭壇脇の足場は狭かった。二体並んで剣を振れないくらいだ。
こちらは一人。逆に、自由に剣を振り回せる。
と、思っていたところ――
「キシャアアアアアアアアアア!」
骸骨戦士たちが奇声を上げた。なんと、仲間に剣が当たろうとお構いなしで攻撃してくる。
ああ、もう無茶苦茶だよ。
三体の手数を、なんとかしのぐ。戦士たちが持つ得物――木の板で黒曜石を挟み込んだモナカ構造の剣は、原始的な見た目に反して切れ味鋭い。
私は勝負服にかかった光の神の加護のおかげで、斬られても皮膚や肉まで斬り裂かれることはなかった。
むしろ棍棒みたいにブンブン振り回される方がやっかいか。
質量を活かした打撃による威力は侮れない。
裂傷については、首や手といった肌が露出している弱点部分へのケアが必要だった。
じりじり後退させられる。
それでも、やはり骸骨戦士たちの動きは遅く感じた。ギャル美たちとの特訓の成果を実感キャンペーンである。
なにより、ここにたどり着くまでアリアドネの背中を守って防戦をしてきたこともあって、きっちり対応できている自分に驚いた。
落ち着いて一体ずつ倒す。三体を倒しきったところでワイトキングが言う。
「ふむ、ご苦労……ではお待ちかね! 次の三人を呼ぶとしよう!」
再び足下から骸骨戦士が涌く。
「ちょっと待ってください。もしかして、無限リポップなんて言わないでしょうね?」
「無限ではないが、この遺跡に我の副葬品として埋められたるは、屈強な一万の軍勢よ。たっぷり相手をしてもらうぞカーッカッカッカ!」
なにそれ国体維持できなく無い? 在庫が一万いるってこと?
アリアドネとともにここまで進んできたけど、彼女一人で多分200体は倒している。
残り9800体……今、私が倒した三体なんて誤差レベルだ。
私は黒縁メガネのブリッジを左手でクイッと押し上げた。
「そうですか。ところで、一万も手勢がいるのに、なぜ三体ずつなのでしょう?」
「ふむ、思いのほかこの女を拘束するのに魔力リソースを使ってしまってな。なに、安心しろ。貴様を殺したあとで、この女は祭壇でじっくり楽しませてもらうぞ。カーッカッカッカ!」
アリアドネが涙目になって首をイヤイヤと左右に振る。ドMだって相手とプレイ内容は選びたいということだ。
しかし――
まずいかもしれない。三体の骸骨戦士を蹴散らせるだけの戦闘力は私には無いのだ。
このままではジリ貧である。相手は不老不死不眠不休のブラック企業も真っ青な骸骨戦士たち。社員数およそ一万人。
一方こちらはトイレにも行きたくなれば喉も渇くし腹も減る。詰みじゃないか。
私の困り顔を堪能し、すべてわかった上でワイトキングが新たに呼び出した三体をけしかけてきた。
「殺せ! 我が聖域を侵犯する不届き者を!」
「待ってください。あの、一つ疑問があるのですが?」
骸骨戦士たちがぴたりと止まる。死霊王は楽しそうだ。
「命乞いは無駄だぞ人間。それに蘇生魔法があろうとも、我が祭壇の贄となれば二度と復活はできぬ。絶望に呑まれて朽ち果てるがよい」
なるほど祭壇はよほど大事らしい。
「ところで、ここに到着するまでにいくつか鍵付きの宝箱を発見し、中身をゲットしてきたのですが……女性向けの下着も副葬品だったんですか? 千年前の文明レベルとは思えない上に、綺麗な状態なので気になったのですが」
「封印された遺跡内は時間の流れが違うのでな。それにパンツなど知らぬぞ! ええい、タカシだ! タカシの奴め! 我が墳墓の品位をおとしめるために、女人の下着をわざわざ各フロアに隠していったというのか!? 死者を愚弄する罰当たりめ!」
めちゃくちゃ色々喋ってくれた。
とりあえず、遺跡は封印された1000年前くらいの状態を、ある程度保っているということかもしれない。
で、迷宮の行き止まりのいくつかに、宝箱を設置したのは先代勇者タカシの可能性が高い。
できれば次の町で手に入るくらいの、ちょうど良い武器が良かったんですがそれは……望みすぎか。
タカシの置き土産はすべて女性向けのランジェリーであることから、そのお人柄が連想できる。ふざけているかハーレム系か。
真面目な優等生タイプの私とはきっと、相対的な存在なのだろう。陽の力を持つ者が勇者として召喚される世界なのだから、タカシもきっとパリピだったに違いない。
後輩の勇者が遺跡潜った時に宝箱からエッチな下着出てきたらウケんじゃね? うぇーい。
きっとこんなノリだろう。
ワイトキングの杖が釣り竿のようにビクンビクンと揺れた。
「ぬう! 大人しくしておれ女よ」
アリアドネがなんとか拘束から脱しようと身もだえ、魔力の鎖を解こうとしている。
が、自慢の筋力を封じられていた。鎖はますます彼女の身体を締め上げる。
死霊王の赤い灯火のような視線が私に向く。
「謎も解けて未練はあるまい……さあ踊れ! その命尽き果てるまで! それとも我が軍勢一万を一兵足りと残さず倒してみせるか? であれば貴様にも勝機はあろう! あがけ! もがけ! 苦しめ! 命の輝きを見せてみろ! 最後に燃え尽きる瞬間こそ儚く美しい!」
このまま殺されるのも癪に障るので――
私は左手で生け贄の祭壇に触れた。




