2.ギャル美と前田と滅神魔竜エクリプス
ラーメンの食べ方は人それぞれだが、私は一つルールを課している。
麺を途中で噛みきらないことだ。
ラーメンを作った人の「一番美味しくなれ」という想いがあって、最適な長さなのだから。
たとえカップ麺であったとしても。
独り、アパートの自室で縦長のカップに湯を注ぎ、待つ。
三分のタイマー。数字がカウントダウンを刻むごとに、胸が高鳴る。
本日は御三家の中でも、最も愛して止まないしょうゆだ。白地に赤の印字が目を引く。
ふわふわ玉子に海老、そして謎の肉。適度なジャンク感と、コレでしか味わえない独自性。
十分個性的。なのに食べ飽きることのない定番にして王道。
しょうゆのほのかな香気と油の匂いが蓋の隙間から湯気とともに立ち上る。
タイマーが鳴った。
今だ! 美味しい時間は待ってはくれない。ラーメンは完成の瞬間から、一秒ごとに宝石のような輝きを失っていくのだから。
スープが冷める前に、麺が伸びる前に、最高の状態を堪能しなければ。これは麺を食べるすべての人類に課せられた使命である。
カップを手にする。ほのかに温かい。生を実感する。
蓋をペリっと剥がした瞬間――
世界が真っ白に染まった。メガネを愛用する者にとっての宿命だ。湯気でレンズが曇る。
が、様子がおかしい。
手の中のラーメンの感覚が消え失せる。
そして――
私の身体は突然、奈落の底に落ちるかの如く、どこかへと引っ張られていった。
あっ……これシーのタワーオブテ……。
「だからやめろってええええええええええええええ!」
頭上方向から聞き慣れない何者かの声がした。
・
・
・
町が……燃えている。
熱い。そこかしこの建物で火の手が上がり、まさに地獄絵図。先ほどまで手に感じていたカップ麺の器の温もりなど、文字通り生ぬるい。
石畳の道と、高くてもせいぜい三階か四階建てくらいまでの、西欧風の建物。
町の中心地だろうか。教会前の広場だった。
鐘塔が燃え落ちようとしている。危ない! このままでは下敷きだ。
急ぎ、その場を離れた。
先ほどまで私が立っていた場所に、鐘塔が倒れ込む。
ガランゴロンと鐘が地面に叩きつけられ轟音を響かせた。
「ここは……いったいどこですか?」
部屋着に着替えていたはずなのに、いつの間にか私は上下スーツ姿――仕事着だった。
夢でも見ているのだろうか。頬をつまむまでもなく、火に囲まれた熱気で今にも酸欠を起こしそうだ。
夢で片付けるにはリアリティが過ぎる。
頭上を何か巨大な影が横切った。
軌跡を目で追う。
竜――ファンタジーゲームではおなじみの最強格モンスターが、町に黒炎のブレスを吐きかけながら空を舞っているではないか。
黒い体躯。赤い瞳。獅子のたてがみのように広がる鱗。
翼にはコウモリのような膜があり、赤黒い光を帯びている。
前腕の鋭い爪を振るえば地面がえぐれ、いくつもの建物が一瞬で瓦礫の山と化した。
子供が積み木で作った建物を蹴散らすかのように。軽々と。無慈悲に。
尻尾でなぎ払えば町を囲む城壁が崩れ、水路に架かった橋が落ちる。
竜の吐き出す黒炎は川面すらも火の海に変えた。
襲撃、いや蹂躙である。一方的な破壊の現場に、私はぽつんと立たされていた。
逃げなければ。ここがどこで何が起こったのかを考えるのは、無事、地獄の業火から脱出してからだ。
既に焼け落ちた方へと走る。上空の竜に気づかれたくはないが、残念ながら隠れられそうな物陰はどれも燃えていた。
黒煙と炎に撒かれるよりはマシだ。というか、選択肢を与えられてすらいなかった。
空中で竜がふわりと制止する。翼を緩やかに羽ばたかせてはいるが、あれで浮いていられるなんて物理法則を無視しているとしか思えない。
漆黒の竜は顎を開いた。
「どこだ! どこに逃げた! 人間の勇者よ! この滅神魔竜エクリプス様の力の前に臆したかああああああああッ!!」
しゃべった。この際、なんでもありだ。常識は一旦捨て置こう。
「炙り出してくれるわあああああああああああッ!!」
天に向かって火球を無数に噴射する黒竜――エクリプス。もはや宙に浮かぶ火山だ。
どうやら人間の勇者(?)を追っているらしい。
爆撃機に勝てる人間なんているんだろうか。いや、考えるのは後だ。
燃え尽きて火の手が弱まりつつある方へと走る。と――
町の出入り口。城門近くの広場に、人影を見つけた。たった一人。少女の背中だった。