18.前田と変態女騎士
落とし穴は途中でチューブ状の大きなスロープになった。
巨大プールにあるウォータースライダーのノリである。
右へ左へうねうねと転がされ私たちは、シャカシャカと振るフライドポテトよろしくシャッフルされた。三半規管が弱ければ転がりながら口から虹を吹きだしていたところだ。
しかも――
途中で経路が二股に分岐して、ギャル美とシルフィーナと離ればなれになってしまった。
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石造りの遺跡内。壁にも柱にも天井にも床にも、絵文字のようなレリーフが彫られていた。
外見のピラミッドと同様に、内装もどことなくマヤやアステカっぽい。誤解を恐れず言うならば、インディなジョーンズの水晶なドクロの雰囲気だ。
天井のレリーフが青白い魔力光に照らされて部屋に広がる。おしゃれ間接照明だった。
ありがたいと言えばありがたい。なにせ、転がり落ちている間に魔力灯が壊れてしまったのだから。
とはいえ心許なくもある。
柱の裏や物陰は暗いままだ。いつ、魔物の襲撃があってもおかしくなかった。
ホラーゲームみたいな演出は困る。正直、あまり得意ではない。
突然――
背後から抱きしめられた。
全身がビクンとなった。
耳裏に吐息がかかる。
「ぶ、ぶ、無事か前田殿!」
「急にどうしたんですかアリアドネさん?」
振り返ると赤毛の少女が涙目だ。
そう、分断された時にシャッフルされた結果、私は女騎士と一緒になってしまったのである。
ギャル美たちが心配だ。早く合流しなければ。
「ええと、君は怪我などしていませんか?」
「私は大丈夫だ! 鍛えているからな!」
「良かった。では、まずこの回廊を進みましょう。先に進めばどこかで木柳さんたちに会えるかもしれません……あの、ちょっと……腕、外してもらえますか?」
「二人きりになれたな、前田殿」
遺跡内は静かだ。あまりに静かすぎて自分の心音が聞こえるほどに。
アリアドネの息づかいが大きくなった。
「け、けけ、結婚の話の続きをしようではないか!」
「しませんからッ! ほら、離してください」
「腕力で私に勝てるかな?」
しまった。雌ゴリラに捕まった。
「冗談はよしてください。冷静になりましょう」
「勇者殿とネチネチ神官がいた手前、抑えていたのだが……今が千載一遇のチャンス! 前田殿! わ、私と子作りをしようではないか!」
「はい? ちょっと何を仰っているのかわからないんですが」
「言った通りだぞ。シルバーリーフ家の跡取りを先にこしらえてしまえば、もう婚姻するよりほかあるまい?」
太ももを私の脚にからめて腰を押しつけ股を擦り付けてくる女騎士。
いや、痴女である。
胸はギャル美やシルフィーナほどではないが、鍛えているためかアリアドネの太ももはムチムチのムチだ。
張り艶、弾力、ボリューム、今にもパンパンに、はちきれんばかりの太もも。
ここで誘惑に負けてしまおうものなら、教師失格だ。
異世界ではアリアドネは大人かもしれないが、私の世界では犯罪である。
「ええと、これ以上やると破壊しますよ。どことは言いませんが」
「こ、壊してくれ前田殿! さあ! 前のように胸部アーマーを吹き飛ばし、欲望に滾る貴殿の聖剣エクスカリバーで、私の初めてを貫いてくれ!!」
エクスカリバーって!? 異世界にもあるんですか!?
ダメだ今回も破壊スキルが逆効果でしかない。
どうしよう――
教師、やめちゃおっかな。今だけでも。
だってほら、昔の人は言いました。据え膳食わねばなんとやら。
期せずして訪れた童貞との別れの時。
いやいや待て、童貞すら守れない人間にいったい何が守れるというのか。
…………。
守らなくていいか。
…………って、やっぱり、まずいでしょ。異世界だからって倫理観を捨てるわけにはいかない。
「いいですかアリアドネさん。事故が重なっただけなのですし、だいたい私を好きになる要素なんて無いはずです」
「前田殿の顔が好みだ。それに……近衛騎士団の男たちが遠巻きに私をみるばかりで、誰もがシルバーリーフの家名に敬意という名の距離をおく。貴殿は違った。私に対する先入観をもたず、ありのままを見てくれた。公衆の面前で脱がせるなど、転移者の前田殿以外の誰にできようか!」
「あの、辱められたと怒るべきことではないですか? やった私が言うことではありませんが」
赤い瞳を潤ませて、女騎士がポッとなる。
「あのようなドキドキを与えてくれたのは、貴殿が初めてだ。社交界の澄まし顔なボンボン連中の退屈さときたら、話にならない」
「与えるつもりは毛頭なかったのですが」
「貴殿にその気がなかったところが、また良いのだ。ほら、言うであろう。女は少し悪っぽい男に惹かれる……と」
ちょっと目の中にハートマーク浮かんでませんかね。
「私は悪っぽくもなければ、刺激的な人間でもありません」
「冗談が上手いな前田殿は」
あー、これ何を言っても好意的解釈される奴だ。
アリアドネが密着させた腰で「の」の字を描いた。
「今まで知識ではあったが、胸をはだけさせられた瞬間に、こう、身体の芯を雷撃で貫かれたようなショックが走ったのだ。興奮を思い出すだけで、内側から熱いものが溢れ、したたり……あふん」
熱い吐息を漏らすんじゃない。
くっ殺女騎士というものは、総じてMなのか?
「さあ前田殿。ありのままの私を受け入れてくれ。は、初めてだからその……上手くできぬかもしれないが、貴殿の獣性の赴くままに、私の身体に存分に欲望を吐き出してくれまいか? きっと少し乱暴な方が私も……燃えると思うのだ。幸い、邪魔も入らなさそうな迷宮の地下深くだしな」
頼むから誰か来てくれぇ。もしくは邪魔でいいから魔物Come On!!
「前田殿……鎧の留め具を……外してくれまいか」
ブラのホックみたいな言い方やめなさいってば。
どうしよう。嫌われようと悪人ムーブをイメージしてみる。
ああ! そういうプレイか! 興奮してきたぞ前田殿!
って、なりそう。却下。
鎧を脱がすフリをして、背負い袋からロープを取り出し縛ってみるとか?
ああ! マニアックなやつだな! 荒縄が柔肌に食い込んで身動きがとれぬところで、敏感なところをじらしにじらしてくれるのか! ますます気に入ったぞ前田殿!
って、なる。確信めいたものがあった。
私は大きく息を吸い込むと、腹から目一杯の声を上げた。
「あーあこの遺跡って攻略簡単そうだなー! 魔物の一匹も出てこないんだものなー! あれ? もしかして私たちに恐れをなして出てこられないのかなー! 雑魚雑魚雑魚遺跡♡」
もうどうにでもなれと、遺跡そのもののダンジョンとしての品位と格をおとしめてみたところ。
「ギ、ギギギギギギイイイ」
薄暗い柱の陰から、黒曜石の刃を取り付けた木剣を手にした、古代の戦士っぽい装いの骸骨が姿を現した。
どこかに潜んでいたというより、今、涌いたような感覚だ。
「ま、前田殿! なんということを!」
「残念ながら敵襲のようです」
ようやくアリアドネは私を解放すると、剣を抜いた。刃に炎をまとわせて涙をこぼしながら骸骨戦士たちの群れに突撃する。
「人の恋路を邪魔する骨は劣情の炎に焼かれて昇天するがいい!」
無双ゲーの主人公のように、群がる骸骨たちをものともせず、女騎士は次々と斬り払う。
あまりの強さに骸骨たちがビビり散らかし、及び腰になるのだが、アリアドネは容赦しなかった。
「あの、アリアドネさん? あまり無理はしない方が……」
「一匹足りとも残さず殲滅し、前田殿にたっぷりかわいがってもらわねば、身体のほてりとうずきが止まらぬのだ!」
すみません遺跡さん。あと骸骨戦士を10ダースくらい追加できませんかね?
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途中から数えるのをやめたが、アリアドネは一人で70体以上の骸骨戦士を塵に還した。
額の汗をぬぐって女騎士が困り顔になる。
「ふぅ……うう、スッキリしてしまった。せっかくの欲情が……興奮が……騎士たる私が賢者のような落ち着きを取り戻してしまうとは」
なるほど。アリアドネは暴れさせれば収まるのか。
遺跡の方も女騎士にたっぷり搾り尽くされたようで、魔物の増援はしばらくなさそうだな。
「安全が確保できましたし、先に進みましょうアリアドネさん」
「くっ……つ、次はこうはいかぬぞ前田殿!」
次、あるのか。
アリアドネは勘当されてしまったものの、元は名家の次期当主で近衛騎士でもあり、見た目はまごうことなく美少女だ。
剣の腕もたつ。釣り合う男性はほんの一握りすらいないのかもしれない。
が、彼女にまともに付き合える男なんてオタクに優しいギャルくらい、存在しないんじゃなかろうか。
中身がカリッカリにチューンしたようなピーキーなドMなのだから。
「ほら、変なことを言ってないで行きますよ。着いてこないならおいていきます」
「放置プレイだな前田殿!」
「…………」
「ああああ! 無言で行かないで! 後生だからああああ! けど、そんなクールなところも前田殿の魅力!」
手に負えない。早く二人と合流しなければ。




