16.ギャル美と担任(推し)のモテ期
私はアリアドネの正面に立って、真剣に彼女と向き合った。
誠心誠意、事実に基づいた趣旨にて全力で説得を開始する!
「私には今、1000万Gもの借金があるんです。負債者を養子にするなど、もってのほかではありませんか?」
「無事婚姻し私の勘当が解かれたあかつきには、全額当家が肩代わりしよう」
あ、ダメだ。
「お金の問題ではありませんアリアドネさん」
「金銭トラブルを持ち出したのは前田殿ではないか?」
「それはそうですけれども。いいですか? 結婚というのは人生の伴侶を得るという、とても大切なことなのです」
「わ、私は胸はその……大きくはないが、見てもらった通り美乳だぞ」
胸元を両腕で庇うように身じろぐポニテ症状。
急に話が飛んだんですが。
実際に白昼堂々ひん剥いてしまったし、肉眼で確認しているだけに反論できない。
整った上向きの片手にちょうどいいグレープフルーツ的なサイズ感だったのは、まぶたの裏に焼き付いていた。
日本人の平均からすれば、十分大きい。
じゃなくて。
「私は胸ばかり見ているように誤解されているのでしょうか?」
遠巻きに青信号と黄色信号が「ええ、もちろん。誤解でもなんでもありませんけれど」「それな」と、下乳支え腕組みで首を縦に振る。まるで事前に示し合わせていたかのようなタイミングぴったりで。
まるで破廉恥教師じゃないか。意識しないようにがんばっているのだが、かえってそれがまずかったのかもしれない。
アリアドネが吠える。
「前田殿は私のなにが不満なのだ!? 胸の大きさ以外で負ける要素はどこにもないぞ!」
「とりあえず失地回復のために負けた相手と偽装結婚してでも、勘当を解いてもらおうなどという不純な動機で、相手の気持ちも考えず断れば自分自身の命を楯にして、イエスと言わせようというその心持ちです」
アリアドネは剣を落とし、その場に膝を屈した。
「う、うう! 前田殿の言う通りだ! 私はなんて浅はかだったのだろう」
わかってもらえたようだ。きちんと向き合い、時には相手に嫌われようと憎まれようと、正しい道を示す。
それが教鞭を手にした者なりの覚悟である。
が、反省を促した矢先に――
「うむ! では、きちんと前田殿を愛するために、もっと知り、私のことも知ってもらう必要があるな!」
立ち直るのも立ち上がるのも早ッ。
一度は落とした剣を手にして、鞘へとしまうと赤毛はスッと頭を下げた。
「これから世話になる」
「はい?」
「貴殿ら勇者一行に私も加わろうというのだ」
いやいやいやいや。なんで? なんでそうなる? 異世界人の思考回路がどこかで短絡していて、こちらの想定外な受け答えになっているのだろうか。
そもそもアリアドネがアホの子なのか。
青信号こと神官少女が不機嫌そうに口を尖らせた。
「わたくしは反対ですわ。確かにアリアドネの剣の腕は超一流。王都一と言って差し支えありませんし、勇者様の剣の師匠に当たりますけれど……融通は利かず頑固な上に理解力に乏しく、戦闘以外のすべてがダメな脳筋ゴリラで、思い込みも激しい問題児ですもの。前田様だけでも面倒を見てさしあげるのが大変だというのに、バカ二名のワンオペはいかにこの上級神官戦士のわたくしが有能であったとしても、荷が勝ちましてよ」
スラスラスラと一筆書きしたようになめらかに出る、上げて落とした罵詈雑言。
シルフィーナもよっぽどアレだと思う。
一方、言われっぱなしの(私ももらい事故したけど)アリアドネはというと。
「黙れ……」
神官少女を睨みつけて、覇気めいたものを背後に揺らめかせた。ドンッとかしそうな雰囲気だけで、饒舌さに対抗しようというパワープレイだ。
二人の少女の眼差しが、本パーティーのリーダーたるギャル美に注がれた。
「アリぽよなんかヤバげ?」
「は、はい。このまま王都に独り残ったとしても、帰る家もなく……冒険者になるしかありません」
「じゃ、あーしたちんとこおいで。マエセンもおけ?」
「え、ええと……」
ギャルは世界を救わない。ただ、自身の手の届く範囲内で、友達や仲間が困っていたら迷い無く差し伸べてしまう。
勇者とギャルの親和性が意外なところで発揮された。
アリアドネの加入に反対票が1。賛成票が1。
「木柳さんが良いというなら、私も賛成しますよ」
水色のショートボブをぶんぶん左右に揺らして「ありえませんわ!」と神官少女はイヤイヤ期の子供状態になる。
よほど馬が合わないのか。しかし――
アリアドネは私にとって拾いものかもしれない。なにせ、シルフィーナにやりこめられっぱなしなのである。
女騎士と共闘すれば、このパーティーの影の支配者にして暴君たる神官にも対抗できるかもしれないのだから。
アリアドネはギャル美に「おお! さすが勇者殿! お目が高い!」と声を上げた。
さらに私に向き直って、両手で手を包むようにする。
なぜかペンを握らされていた。これ、万年筆じゃないか。付けペンじゃなくてインク吸入式か? 毛細管現象を理解している証拠である。文明レベル高すぎなことについては……。
きっと過去の転移者のせいってことで、一旦置くとしよう。
赤髪が楽しげに揺れた。
「ところで前田殿のフルネームはなんというのか、教えてもらいたい。あ、ちょうどここにメモできる紙があるので、書いてみてはもらえないだろうか!?」
「テーブルがないので書けないですね」
「では私の胸は……おっと、板というにはあるので背中を貸そう。さあ、書いて書いて」
背を向けたマント姿の彼女が渡してきた紙は婚姻届のそれだった。
「どさくさに紛れて結婚させようとしないでくださいッ!!」
こちらに首だけ振り向いて「チッ……バレたか」とわるびれるでもなく、アリアドネは言うので――
「おっと手が滑った」
左手にもった婚姻届を破壊スキルで消滅させた。
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こうして四人パーティーとなった勇者ご一行様は、街道を西へと進みその日の午後には最初の宿場町シナガンに到着。
そこから街道を外れた森林地帯で特訓が始まった。主に私のレベル上げだ。
幸い、剣の修行はアリアドネがつけてくれた。
近くの森で素振りから始める。何事も、最初のうちは成長速度が早いものだ。
これは勝手な妄想だが、一振りごとに力がついていくような錯覚に陥った。
「おお! シルバーリーフ家の婿養子に相応しくなるための、たゆまぬ努力! 私は感動に打ち震えているぞ前田殿!」
と、私と婚姻するの前提で気合いの入った剣術指南をつけてくれた。
ギャル美とも模擬戦をして、コテンパンにされたものの、二人揃って「マエセンやっぱゲームとか好きじゃん。才能あるかも」やら「飲み込みも早く教え甲斐があるな! 前田殿は筋が良い!」とべた褒めだ。
多少の怪我は「はいはい、わたくしの出番ですのね」と、その場でシルフィーナが治癒魔法で治してくれる。
が、彼女の魔法……傷は閉じるけど痛みが引かない。
「痛みも和らげる治癒魔法はないんですか?」
「痛い目を見なければ身につきませんわよ♪」
ということで、寝食以外は剣の稽古という日々を過ごすこととなった。
その間、活動資金はといえば王からの支援もあてにできるのだが、シナガンの町の冒険者ギルドでギャル美かアリアドネが簡単なものを受けて、一人でクリアして報酬ゲットでまかなった。
二人ともシンプルに冒険者として優秀だ。
またシルフィーナも家庭教師やら解呪やら、神官的なアルバイトで小銭を稼いだ。
私だけが1Gたりとも稼いでいない。
大人の、教師の私がJKくらいの女子三名に養われてしまっているのである。
早く強くなって、エルゲート遺跡を攻略しなければ……立場がなくなってしまうじゃないか!
焦燥感ばかりが募っていった。




