14.前田と奴隷契約
目が覚める。
もちっと柔らかいような、それでいて芯に固さも感じるもので頭を支えられていた。
所謂、膝枕だ。眼前には白い乳袋に包まれた、二つの南半球がどでんと鎮座し、私の視界を覆い隠す。
ちょっと身体を起こせば鼻先が触れそうなほどである。このまま屈伸されようものなら、膝とおっぱいの間に挟まる、ホットサンドの具になれそうだ。
昼下がりにむさぼる惰眠の心地よさに、頭がぼんやりしたままの私に――
「あら、お目覚めになりましたのね前田様」
声に聞き覚えがあった。丁寧な口ぶりと落ち着いた声のトーン。ギャル美ではない。この胸の厚と圧は、それ以上かもしれない。
改めて周囲を見回すと、そこはスキル鑑定を受けた大聖堂のホールだ。
となれば声の主は――
「ええと、ここは……君はシルフィーナさん……ですか?」
首というか身体ごと傾げ、乳天幕をずらして少女が顔をのぞかせた。まるで山の端から昇る朝日のようである。
水色のショートボブを揺らし、慈愛に満ちた青い瞳で私を見ると、小さく頷いた。
「どうやら意識も記憶も問題ないようですわ」
「は、はい。おかげさまで。ええと……状況を教えてください」
街道をギャル美と歩いていたら、魔王(正確には遠隔操作された傀儡)とエンカウントしてバトル。勝利するも自爆に巻き込まれたところまでは覚えている。
もしかして、アレは全部夢だったのだろうか。もしくはなんらかの力が働いて、時が巻き戻ってこの地点に戻された?
異世界だけに、何があってもおかしくはない。
シルフィーナは私の頭を優しく撫でる。ああ、年下の少女に膝枕をされながら、よちよちしてもらうなんて。大人としていかがなものか。
「勇者様が仰るに、前田様は魔王インドーアの自爆に巻き込まれたそうです」
「そ、そうだ! ギャル美……木柳さんは無事ですか!?」
「はい。勇者様はそれはもうたちの悪い呪いを受けていましたので、わたくしが解呪いたしましたわ」
良かった。なんだかわからないが、私たちは助かったらしい。
シルフィーナが私の頭を両手で持つと、膝枕を外してスッと立ち上がる。その際にも二つの小玉スイカがゆっさりたゆんと、たわわするのが確認できた。
見ている場合ではない。
急に支えるものを失い側頭部を床の敷物に打ち付けてしまった。
「痛ッ……前触れも無く立つのやめてくださいシルフィーナさん。立つなら立つと一言あってもいいじゃないですか?」
「あら失礼。けれど前田様の痛覚が確認できてよかったですわね」
「痛覚の確認……ですか?」
寝転んだまま見上げると、神官服にしてはやや短めな丈のスカートの中身が……股間に吸い付く薄布が、がっつり見えてしまった。
蝶のパターンのレースで彩られた……黒ッ!? 聖職者イメージで簡素な白だという先入観は、ものの見事に裏切られた。
美女が衣服もレベルが高い異世界だな、ここ。
彼女は説教台をテーブル代わりにして、スラスラとペンを走らせると一枚の書類を私の眼前に突きつけた。
蘇生費用の借用書。額は……1000万Gとある。
あれ? なんだろう。
国王からの支度金が100万Gで、便利な背負い袋とか、私の護身用の長剣とか、各種道具類を買いまくったんだけど。
それでも半分は残ったのに、蘇生費用1000万って。
いや、待て。
蘇生って!?
「もしかして、私……死んだんですか?」
思わず跳び上がるようにして立ち上がった。
「ええ、それはもう見事な死にっぷりだったと」
「この世界だと、生き返ることが可能なんです?」
「神に祝福を与えられし者のみですけれど」
桜色の唇を緩ませて上級神官戦士はニッコリ。
「甦らせていただいて言うのもなんですが、ちょっと……高くないですか?」
ゲームではレベル1の冒険者の蘇生費用って、もっと安いと思うんですが。
シルフィーナは目を細める。
「前田様のスキルは希有で風変わりで常軌を逸していますので、一般通過冒険者の凡庸な有象無象のモブモブしい皆様方よりも、上乗せされてしまいますわね」
「それ誰も褒めてなくないですか?」
「あら、お気づきになられましたのね。賢い賢い♪」
うふふっと上品に笑う。あれぇ……土下座して謝ったのに、もしかしてあの謝罪って、私じゃなくてギャル美に向けたものだったりします?
「ちなみに、一般的な相場はおいくらぐらいなのでしょうか?」
「レベルにもよりますけれど、1000Gくらいからですわね」
「ぼ、ぼったくりだ!! 転移者差別だ!!」
「あら? 死んだままがよろしかったのです? でしたら」
シルフィーナは説教台の下から棘付き鉄球棍棒を取り出した。
「命の返品作業をいたしますわね。安心なさい。死は救済なのですわ」
「ちょ! 待った! 待って! 待ってください! すごく痛そうじゃないですかそれ!」
「わたくし、他に方法を知りませんもので」
神官「戦士」だった。この人。
軽々とメイスを振り上げる。ブンッという勢いだけで、風切り音が大聖堂の高い天井に綺麗なエコーを響かせた。
「わ、解った! 解りましたから! 今すぐに返済は難しいので、ローンを組ませてください。できれば無利子無担保で」
シルフィーナはメイスをペンに持ち替えた。
「そういうことでしたら、前田様には光輝神教会から特別な返済プランをご提示させていただきますわね」
ヤミ金かな? ヤミ金なのかな? これってヤミ金なんじゃないのかな?
「まさか身体で払えなんて仰いませんよね? は、ハハハ」
「教会に対する侮辱と挑戦と受け取ってもよろしくて?」
「いいえ滅相も無い。ですが、私は木柳さん……勇者様と西の遺跡調査に行かなければならないんです」
「ですから特別なのですわ。二秒でサインなさってくださいまし」
契約書を私の名前をサインする空欄を指さすシルフィーナ。
目が据わっている。
「契約内容くらい読ませてもらってもよくないですか?」
「グズグズしていると天に召しましてよ」
メイス握るのやめて! 本当に怖いのは人間っていうオチのB級ホラー映画じゃあるましい!
ざっくり目を通したところ――
「遺物の回収……ですか?」
メイスのシャフトを手のひらでポンポンしながら神官少女が微笑む。
「ええ、まさしく。勇者様が封じられし遺跡を解放なさった際に、旧時代の遺物が見つかることもあるでしょう。たしか王命は魔王が手にしていたという支配の錫杖を探す……でしたわね?」
「仰る通りです」
「王錫以外にも、世に出て混乱を招く品々が発見されるやもしれませんの。そちらを無料査定し高額買い取りいたしますわ♪」
なるほど。それなら冒険の最中に見つけたレアアイテムで謝金返済ができるというわけか。
搾取だコレーッ!?
「あの、見つけたものは全部持っていかれるのでしょうか?」
「不要品のみと考えてくださって結構でしてよ。遺物には勇者様の旅の助けになるものもあるかと思いますし」
あーはいはいはい。なるほど融通は利かせてくれる……と。
何やらきな臭さは感じるが、使いどころ無いレアアイテムを買い取ってもらえるなら悪くは無い。
いや、不当に押しつけられた負債な気もするけど。
今後、魔族との戦いで死ぬこともあるかもしれないし、教会との関係は良好に保っておきたい。
「わかりました。サインします」
私はさらさらっと紙にペンを走らせた。
説教台の裏から前に出てきて、神官少女がぺこりとお辞儀する。
「では、これからよろしく頼みますわね。前田様」
「は、はぁ。ええと……はい?」
「参りましょう。冒険の旅へ」
「いや待ってください。ちょっと! なんか、一緒に行くみたいな空気出してますけど!?」
神官少女が契約書を裏返した。追記:勇者の護衛と債務者の監視のため、上級神官戦士シルフィーネの帯同を認めます。
だって。
「ズルいですよこれ! 消費者センターに訴えます! 覚悟の準備をしてください!」
「裁判も教会の管轄ですわ。わたくし、上級神官ですので判事と検察と弁護の資格も持っていますけれど……」
「なッ!?」
「きちんと裏面まで確認しない前田様がいけませんのよ」
こうして、勇者パーティーに新たな仲間が加わった。
膝枕と南半球とパンツを見ただけで1000万の借金を背負った……高い。あまりに代償が高すぎる。
言葉を失う私にシルフィーネが首を傾げる。
「それにしても不思議ですわね。蘇生費用が1000万Gにもなるなんて。前田様のスキルが規格外ということは確かですけれど」
「次に死んだらどうなるんですか?」
「レベル鑑定して能力強化が成されれば、ますます蘇生費用も上がりますわね。教会の収入源としては……おっと、失礼しましたわ」
完全にカモに見られているんだが。
「あ! もしかして私、レベル上がったりしてません?」
「魔族が自爆した時に死んでましたから、経験値はすべて勇者様のものとなっていますわ」
喜んでいいのか、悲しむべきか微妙なところだ。
いや、良いニュースとしておこう。自分でも、さっぱりわからないが、ギャル美を守れたのだから。
シルフィーナが眉間に皺を寄せた。難しそうな顔である。
「だいたい、目の前で魔族が自爆して、前田様が死ぬのはわかりますけれど……その後ろにいらっしゃった勇者様を、どうやって破壊スキルで守ったのでしょう?」
謎は残ったままだ。あの瞬間は、ただただ必死だった。
「あのシルフィーナさん。私の左手に破壊の力が宿っているみたいなんですが、詳細な鑑定はできないのでしょうか?」
「どうでしょう。ひとまず手をお出しくださいまし」
言われるままに左の手のひらを神官少女に差し出した。
彼女はじっと見ると、両手で私の左手に触れて、ふにふに揉み揉みしてくる。
「なんの変哲もありませんわね」
と、そこへ――
「マエセン! 生きてるッ!?」
ギャル美が大聖堂の扉を開く。同時に、私の手を両手で握って真剣な顔をするシルフィーナと、ギャル美の視線が重なり合った。
「あら、勇者様ではありませんか」
「な、な、な、なんでシルぴがマエセンの手をニギニギぎゅーしてるのかな? かな? かなぁ? あーし……ちょっとオコかも」
ほっぺたをパンパンに膨らませたギャル美と合流する。
元気そうでなによりだが、彼女の目は真っ赤に腫れ上がっていた。




