第五話 坂本、嫌われる
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坂本は、手慣れた様子で自動車後部座席のドアを開け、百々花をエスコートする。
「こちらからお乗りください」
「ありがとう」
何か言いたげな百々花であったが、ここで揉めても仕方がないと素直にエスコートに従って自動車に乗り込む。
百々花が自動車に乗り込んだのを確認すると、坂本も続けて後部座席に乗り込んだ。
「出発してもよろしいでしょうか」
「いいわ」
「では、出してください」
「かしこまりました」
百々花の了承を得た後、坂本はドライバーへ出発の合図を出した。
「では出発いたします。飛行場までは5分間を予定しております」
「そう、意外と近いのね」
「はい」
もちろん百々花も屋敷から自動車で、飛行場までの道のりを行くことは数回あった。なので、屋敷から飛行場まで何分かかるかを予め知っていたのだが、あえて坂本を試すかの様な反応をしたのである。
もし、ここで坂本が狼狽えるようであれば、今回、初めて飛行場へ行くことがわかる。そうであれば、しめたものである。
飛行場の場所も知らないくせに、飛行機で学校に行く提案をするなんて、とんでもないことだ。
あわよくば、坂本に対して即刻クビを宣告することだって出来る。
正直、百々花は、坂本のことを良くは思っていなかった。もっと言えば嫌いであった。
何故か。
――百々花が坂本を呼んでから1秒で現れろ。
この尋常では無い要求を坂本は瞬時に了承した、即答した。有り得ないことである。
百々花は初対面一発目で、坂本にマウントを取ろうとした。しかしながら、坂本の即答により、失敗に終わる。
しかも坂本は、”当然のように”了承したのだ。百々花の目の前に、たった1秒で現れることを。
百々花の計算では、ここで坂本は狼狽し、身体をブルブルと震わせ怯えて、百々花に許しを乞う算段であった。
なのに坂本は、了承したのだ。
震えるどころか、百々花の目を真っすぐ見据えて了承したのだ。
これは、百々花にとって、恥をかかされたのと同義である。
百々花のイライラは、頂点に達する直前にまできていた。
だがしかし、何の根拠もなく坂本を叱ることは出来ない。子供では無いのである。
高校生にもなって根拠もなくイライラを爆発させることなんて出来ない。鬼龍院の名を語る令嬢なのだから、家名に泥を塗ることは出来ないのである。
ただ、百々花は考えていた。坂本を叱るネタが無いものかと。
百々花は、ふぅっと息を吐いた。
「ところで、1つ素朴な疑問があるんだけどいいかしら?」
「はい。なんなりと」
「さっきは家で、車が無いから飛行機で。って言ってたじゃない?」
「はい、確かに車がご用意出来ないと申しました」
坂本は言い切った。
瞬間、坂本から目をそらし百々花は俯いた。その表情は見えないが、笑っているようにも思える。
――勝った。
百々花は再び、坂本の方に向き直る。
「じゃあ、今乗っているのは何? 車じゃないの、それとも別のもの? 今すぐ答えなさい!」
「はい、お嬢様のご認識通り、車でございます」
「そうよね。車よね?!」
「はい。車でございます」
百々花と坂本の間で、初級英会話で話されるような対話が取り交わされる。ジョンとメアリーの会話の如く。
坂本の言葉の端々から、”百々花お嬢様は何故わざわざ、わかりきったことを聞くのだろう?” との思いが感じ取れた。
一方の百々花も、ここまで言ってるんだから察しなさいよね! と言う気持ちが強い語気から感じ取れた。
お互い、ちぐはぐである。
「そうよね。車よね! ここまで言ったら、流石のアナタでも私の疑問わかるわよね!?」
「いえ私は、百々花お嬢様のお気持ちを察することが出来かねます」
怒る百々花に、何の動揺もせず平然と言い切る坂本。
今まで百々花に仕えた執事史上、最も鈍感な執事に違いない。百々花は思った。
「ちょっと考えたらわかるでしょう!? この車で、直接学校に行けば良いんじゃなくて? 今、乗っている、この車で!」
流石の百々花も堪えきれずに、”百々花は何を怒っているんでしょうクイズ”の回答を坂本に伝えた。
百々花の怒号を聞いた坂本であったが、目線を右上に、首を上下にリズミカルに振った。今まさに自分の中で、百々花が怒っている理由を理解したようだった。
それでも坂本は、百々花のことを恐れることはなかった。
「いえ、この車は、お屋敷と飛行場を行き来するための車でございます。もちろん、学校側にも飛行場から登校用の車をご用意してございます」
「いやいやいや、そんなのありえませんわ! 今、この自動車で、このまま学校に行きなさい!」
「いえ、それは出来かねます」
「なんでですの!? あなた、執事の分際で私に逆らうつもりですの!?」
流石の百々花も平静でいられることは出来なかった。この怒りは、おさまることを知らなかった。
これでは坂本も前回の執事同様、クビになってしまうことは間違いなさそうだ。
坂本は、自分のクビがかかっていることを知ってか知らずか、依然としてマイペースである。
「はい。学校に行く途中、渋滞につかまり遅れてしまうこともございますので」
「今まで、自動車で何往復もしているけれど、渋滞にあったことなんてないですわ!」
百々花が渋滞にあったことが無いと言っているのは、彼女は車中、寝ていることが多く気づかないからである。都会のど真ん中、渋滞は茶飯事である。
――〇×道路、車の衝突事故により通行止めになっています。
百々花が否定した直後、ラジオから渋滞情報が流れた。
「学校までの道のりに渋滞が影響するかはわかりませんが、念のため飛行場に向かいます」
「そ、そうね」
「恐れ入ります」
事故のあった地点は、まさに学校に向かう時に使用する道路であった。
これは、渋滞巻き込まれ確定案件である。それでも坂本は、百々花の「渋滞にあったことなんてない」との言葉に対して、特にコメントすることは無かった。
飛行場は鬼龍院家の敷地内にあるため、渋滞に合うことは皆無である。敷地内に渋滞が発生するとしたら、百々花の誕生パーティ等、有事の場合のみである。
車を走らせて少しして、滑走路が見えてきた。広大な敷地の中、飛行機が数機止まっている。
出発ロビーに車が寄せられる。
すると、すぐに坂本は降車して、自動車の後ろから運転席側の後部座席にまわり、ドアを開けた。
「飛行場に到着いたしました。どうぞ」
「あ、ありがとう。ご苦労様」
普段、百々花は執事に対して礼を言うことなんて滅多にないのだが、この数十分の出来事に混乱したようだ。
礼に加えて労いの言葉まで出てしまった。
きっとこれが、素の百々花なのだろう。
「こちらでございます」
そして百々花は、一歩先を行く坂本の後ろについて歩いた。