立ち位置
別れて一人になった少しの時間だけは、至福の時なのかもしれない。勿論、直ぐに独り身の寂しさや、孤独感の様なものが襲ってくる為、その至福の時は一瞬であるが…。
振り返ってみれば、ひかると付き合っていたのは、業務の延長線上にある様なものであった。いつでもひかるに気を使い、とにかく恋愛と言う名のゴマスリをしていただけだと。それが良いとか悪いとかではなく、そう言う感情にしかなれなかったと言う事は男女関係にとっての死刑宣告の様なものであった事に違いは無い。
別れて良かった。そう思うのはきっとそんな関係を続けても幸せは掴めない事が、確信出来たからである。それがひかると留土羅双方にとってベストな選択だと留土羅は思った。付き合っている人がいようがいまいが、やるべき事はやらなければならない。仕事に私情は挟まないのが、サラリーマンの定石であり、常識である。
留土羅はこれだけモテるにも関わらず、その口の固さからプレイボーイだとか、やり手の若手と言う様な評判は一切立っていなかった。とにかく真面目で、口の固い男として、上司からの評判は良かった。ただ彼をよく知る人間からはそう言う良い留土羅として、評価されてはいなかった。
それはここまで見てきた様な事を踏まえれば、分からなくもない事ではあると思う。仕事にもようやく慣れ、亜細亜出版に入社して3年が経過した。その間留土羅は、浮き名を流す事なく仕事一本で真面目にやり通した。留土羅としては、女性と付き合いたいと言う気持ちが全く無い訳では無かった。相手もいる事だし、中々思う様には行かなかった。これは仕方が無い事ではある。
後輩も続々入社して指導に力を入れる留土羅はやがて、中堅社員として頼れる先輩としての地位を確立して行く。とにかく締切日が近くなると社内は戦場と化す。恐らくそれは亜細亜出版に限らずこの業界にいる者ならば、締切日の重要性をよく認識している。そう言うピリッとした雰囲気の時に活躍するのが、若手有望株の留土羅の様な所謂エース社員の存在である。汚れ役にあえて徹して、とにかく自分の担当している項が終われば、後はひたすらサポートに徹して部下の信頼を勝ち取る。
留土羅は要領の良い人間であった。自分の仕事が人より早く終わってしまう為、他の仲間の分まで出来てしまう能力を持つ。それは天武の才なのであるが、そこで仕事を切り上げない事が留土羅の評価を上げた。とにかくペースの遅めな人間を率先して手伝う。良く出来た上司。それが留土羅が亜細亜出版で確立した立ち位置であったのである。




