第六話 兄アルスの決意
僕はアルス。
この国の王子であり、放蕩王として有名な国王陛下の息子でもある。
ここ数年、僕は父と母とまともに顔を合わせた事がない。
父は放蕩王として色々な女性に手を出す最悪な大人で、常にお酒臭い匂いも漂わせている。
小さいながら、僕とカーターは父が何をしているか理解している。
というか、理解してしまったのだ。
父は人間として最低で、僕は父に似た金髪を恨めしく思った事もあった。
そして母は欲にまみれ贅沢をし、更には自分に都合の悪い人物を消し去る最悪な大人だ。
黒い噂を聞かなかった日はなかった。
僕を将来の王にする事に執着し、僕自身を全く見てくれなかった。
僕は、父、そして母を自分の親として見る事が出来なくなっていた。
弟であるカーターや妹のスカーレットとリリアンにとっても父は憎むべき存在であって、カーターとスカーレットとリリアンの祖父である宰相も稀代の悪人の為、僕達兄弟は人間不信に陥ってきた。
でもそんな事を表に出す事は出来ないので、ひた隠しながら生きていた。
もしかしたら、僕も父の様になるのではないか。
そんな不安もよぎっていた。
そんな中、僕達の前にマーガレット先生が現れたのだった。
マーガレット先生は僕達に熱心に勉強を教えてくれて、時には親身になって相談も受けてくれた。
マーガレット先生の熱意は直ぐに僕達に伝わり、僕だけでなくカーターとスカーレットとリリアンも先生の事が好きになっていった。
マーガレット先生は僕達がつらい思いをしているのを知っていて、何度も抱きしめてくれた。
そういえば、僕は実の父と母から抱きしめて貰った事ってあったっけと記憶を辿る事もあった。
僕達にとってマーガレット先生は、親代わりの様な存在だった。
マーガレット先生に出会えていなければ、僕達兄弟の心は滅茶苦茶になっていたと断言できる。
しかし、父が最低な事をマーガレット先生におこなったのだ。
勿論王族とはいえ、普通に考えれば許される行為ではない。
しかし、王の行った行為という事で、全てが不問とされた。
その時僕とカーターは、僕達にとって大切なマーガレット先生を守れなかった事に、二人して無力さを呪ったのだった。
そして、マーガレット先生は父の子を宿した。
経緯はどうであれ、僕達の弟か妹だ。
僕達はマーガレット先生の子どもの誕生を心待ちにしていた。
生まれてくる弟か妹には、マーガレット先生の様に優しく接したいと思ってた。
だが、ここでも僕達の無力さを知る事となる。
誕生したマーガレット先生の子どもが男児と分かると、母と宰相は結託してマーガレット先生に子どもを殺すか捨てるという非道な選択を迫ったのだ。
産まれたばかりの我が子を森に捨ててきて身も心もボロボロになっていた先生の事を、僕とカーターは見捨てる事は出来なかった。
だけど僕たちにできることは、マーガレット先生に引き続き教えを乞う事。
マーガレット先生が森に我が子を捨てに行っている時に思い切って母に相談したら、あっさりと認められた。
教育の効果は十分に出ている事もあったが、父が不摂生の為に不能になったのでこれ以上父の子どもができないのが一番の決め手になった。
マーガレット先生の事を守るのと併せて、僕とカーターはある行動に出た。
一つ目は、表面上は僕とカーターは仲違いしているとみせる事。
母と宰相が僕とカーターのどちらを次期国王につけるかで争っている事は分かっていたので、争いを逆に利用したのだ。
スカーレットやリリアンは勿論だが、先生にも事情は伝えた。
「殿下、その決意に私は感動しています」
「軍も殿下にご協力します。いや、是非協力させて下さい」
二つ目はこの国の悪を駆逐する為に、母と宰相の確固たる犯罪の証拠を掴む事。
その為に、僕とカーターは近衛騎士団長と軍務卿に秘密裏に協力を仰いだ。
近衛騎士団長と軍務卿は直ぐに僕とカーターの考えに賛同してくれて、色々と行動をする事になった。
表向きは国の軍務を学ぶ事にして、定期的に報告を受ける事になった。
そして、三つ目は弟であるクロノの行方を探す事。
まるで雲をつかむ様な事だが、この事には特に近衛騎士団長が賛同してくれた。
先生が自らの手で我が子を森に捨てたのを間近でみて、無念を感じていたという。
勿論軍も協力してくれて、街道の魔物討伐の際に弟の捜索をしてくれた。
勿論、マーガレット先生から教わる事も真剣に学んだ。
法律の事、農業の事、商業の事、民の事。
マーガレット先生も僕達に勉強を教える為に、自ら図書館で様々な本を読んで勉強していた。
僕とカーターは勿論の事、スカーレットやリリアンも真剣に勉強していた。
「兄上。マーガレット先生から勉強を教わる度に、国の将来に対する不安が増していきます」
「それは僕も同じだ。しかし、今は特に国の上に立つ者に危機感が全くない」
「悔しいですけど、僕達は何もできません」
「今はじっくりと力を蓄える時だな。来るべき時に備えて」
僕とカーターは度々隠れて相談している。
僕達がまだ幼くて何もできないのが口惜しい。
しかし、機会はきっとやってくる。
その日に向けて、僕は今日も勉学に励むのだった。