第五十二話 下賜されたワイン
応接室に戻った僕達は、ソファーの背もたれに寄りかかっていた。
ただ、裁判を傍聴していただけなのに、かなりの体力を使ってしまった。
紅茶を出されたが、誰も手をつけなかった。
そんな中、お母さんが僕達に話し始めた。
「人は、甘い蜜を得るともっとと蜜を欲してしまうものよ。蜜が甘ければ甘い程、盲目的に蜜を求める様になるわ」
お母さんの話は、とても分かりやすかった。
全員がお母さんの話に頷いていた。
「蜜が甘い程、蜜を手に入れる為に何が何でも動き始めます」
「王妃と宰相は、まさに権力と富という甘い蜜に溺れていたと言えますね」
お母さんの話にアルス兄様とカーター兄様が続くけど、蜜というよりも麻薬って感じなのかもしれない。
王妃と宰相は、甘い蜜がなければ生きていけないのだろう。
「この話は、貴族役人に知らせます。今一度自身を戒める意味も込めておきましょう」
「童話にして子どもたちの教材にしたり、教会の説法に入れても良いですね」
アルス兄様とカーター兄様は、お母さんの話を国としての教訓にする為に動く事にした様だ。
僕も、お母さんの話は広く広まってほしいと思った。
そして、今後の事がアルス兄様とカーター兄様から話された。
「既に死刑になった者も含めて、順に刑を執行する予定だ」
「ただ、王妃と宰相には兄上からワインが下賜される予定だ」
何故ワインを?
僕だけでなくスカーレット姉様とリリアン姉様も不思議に思っていたら、お母さんがアルス兄様とカーター兄様に少し微笑みながら話をした。
「二人とも、優しいのね。自裁をする事を許すなんて」
「国内外向けのものもありますが、罪が確定した以上は自分の罪を認めて欲しい気持ちも僅かながらにあります」
「身内として出来る最大限の配慮と言えましょう」
お母さんの話を聞いて、何となくワインを贈る意味が分かった。
きっと毒入りワインを贈って、自分自身の手で罪を償って欲しいのだろう。
スカーレット姉様もリリアン姉様も、少し神妙な面持ちになっていた。
「でも、先ずはこれで一息つくわね。後は体制を整えつつ、国民向けの王位宣誓に向けて準備を急がないとならないわね。私も最大限の手伝いを行うわ」
「私も手伝います」
「勿論、私も」
「僕も手伝います」
でも、これで王国が良い方向に向けて歩み出せるはずだ。
僕達全員で良い国にしていかないと。
そして、夜には王妃と宰相の元に毒入りワインが下賜された。
結果的には二人とも毒入りワインを飲んだのだが、ワインを飲んだ状況が違っていた。
王妃は裁判で引き起こした混乱が続いていたのだが、ワインを見ると目の色を変えていた。
勾留中は酒など飲む事ができるはずもないので、王妃はアルコールに飢えていたのだ。
ワインは丁寧にワイングラスに注がれていたのだが、あろう事か王妃はワイン瓶を手に取って一気飲みをしたのだ。
もう目の前にあるワインを飲む事に夢中になり、ワインに毒が入っている事を認識できていなかったのだ。
一気にワインを飲んだ事により王妃は激しく嘔吐し、嘔吐したものにより窒息してしまったのだ。
結果、王妃は毒入りワインを飲んだ事による自裁ではなく、嘔吐物による窒息でその生涯を終える事となった。
一方の宰相は、毒入りワインを出された意味を理解し、そして潔く毒入りワインを飲んだ。
更に宰相はワイングラスを割りワイングラスの柄を持つと、鋭く尖ったワイングラスの柄で自身の胸を深く突き刺したのだ。
刺し傷は心臓まで達し、宰相は毒入りワインではなく自傷により自裁した。
宰相は何を思っていたのか、今になっては伺い知る事は出来ない。
少なくとも、娘や孫に対する謝罪は最後までなかった。