第二十八話 お姉ちゃん争い
「母上は直ぐに屋敷にお戻り下さい」
「そうです。当面はお体を大事にして下さい」
お母さんから離れた兄様は、直ぐにお母さんに屋敷に戻るように言っていた。
そりゃそうだよね。
本当はベッドで寝ていなきゃいけない人なんだから。
「息子にこういわれてしまったら、素直に戻るしかないわね」
お母さんもその辺は理解している様で、あっさりと了承していた。
「クロノも今日はもう大丈夫だ。明日朝もう一回王宮に来てくれ。これからの事を話さないとならない」
「なに、もう存在を隠すこともない。私達はいつでも会えるのだから」
「はい、分かりました。お母さんがしっかりとベッドで寝ているか監視します」
「うう、再会したばかりの息子が酷いわ」
「「「ははは」」」
お母さんがウソ泣きをすると、僕達は顔を見合わせて笑ってしまった。
さて、僕はお母さんと一緒に帰るのかな。
そう思っていたら、僕の隣にいた人が手を上げた。
「じゃあ、私がお母さんとクロノと一緒にいきます」
「私もお母さんと一緒にいきます」
おいおい姉様、元気よく手を上げて何を言っているんですか。
お母さんが姉様に淑女の訓練が必要って言ったことが良く分かったよ。
きっと兄様にダメ出しくらうのではと思っていたけど、事態は僕の予想外の方向に進んでいく。
「母上、宜しければ妹も連れて行って下さい。宮殿内は暫く騒がしいでしょう」
「私からもお願いします。母上の所に重要人物が固まってくれれば、護衛もしやすくなります」
「「やったー!」」
あ、そういう事か。
大量に腐敗貴族が捕縛されて、ある程度まともな貴族が残っているとはいえ宮殿内は暫く混乱するだろう。
だから、関係者をまとめておけば兄様としても安心できるし、警備面でも楽なんだ。
スカーレット姉様とリリアン姉様は、話を聞いて飛び上がって喜んでいるけど。
あと、僕は気になっている事を確認しておこう。
「兄様、僕はポーション作りをしなくても大丈夫ですか?」
「作ってくれるとありがたいが、無理強いはしないよ」
「それに薬師ギルドがきちんと動き始めれば、市中にも十分な量が行き渡る」
「じゃあ、無理のない程度にポーション作っていきますね。少なくとも薬師ギルドがいつからちゃんと動くか分からないですし」
僕としても、ただ何もしないでお母さんの実家にいるのは嫌だなあ。
今までずっと働いてきたのもあって、何もしないのはなんだか落ち着かないんだよね。
それに街の人の為になるのなら、僕も頑張ります。
という事で、兄様はこれから会議で、僕とお母さんと姉様は、近衛騎士団が用意してくれた馬車に乗ってライングランド男爵邸に向かう事になりました。
一緒に兵も着いてきて、暫くは交代で屋敷の警備にあたるそうです。
「ふふふ、お泊まり楽しみ!」
「久々の外泊ね!」
姉様も着替えなどを持ってきて準備万端。
見た目は小さなバッグなのに、いっぱい物が入るんだって。
僕がいうのもなんだけど、魔法って本当に不思議だよね。
皆で馬車に乗って、いざ出発です。
因みにお母さんは杖をつければ歩けるので、車椅子は馬車の荷台に置いていきます。
「僕が来た時は朝早かったから気が付かなかったけど、王都は本当に人が多いですね」
「そりゃ国の中心だからね」
「多くの人が働いているから、私たちも生活できるのですわ」
馬車は宮殿を出てゆっくりと貴族の邸宅があるエリアを進んでいきます。
通りは多くの人が行き交い、正に国の中心であると印象つけます。
そして、何軒かの貴族の屋敷には兵が沢山入っています。
きっと不正を行った事に対する捜索が行われているのでしょう。
そんな事を思いつつ、馬車は進んで行きます。
やがて、馬車はライングランド男爵邸に到着。
先ずは体調が完全に戻っていないお母さんを馬車から下ろしつつ、僕と姉様も馬車から降ります。
既に先触れの兵が来ていたのか玄関には侍従が待っていて、お母さんは車椅子に乗せられて直ぐに寝室に向かって行きました。
僕は姉様と共に応接室に移動します。
「おかえり、クロちゃん」
「ただいま、アンナお姉ちゃん」
応接室に入ると、先代様と孤児院のメンバーも揃っていた。
僕はアンナお姉ちゃんにただいまの挨拶をしてからソファーに座った。
「ほほ。そのお召し物を見るに、無事に事が終わった様ですな」
「はい、色々とご心配をおかけしました」
先代様もうんうんと頷いています。
という事で、皆で自己紹介をしつつ事のあらましを説明していきます。
「という事で、僕はこの国の王子となるみたいです。まだこれからどうすれば良いかも決まってないし、王位継承権についてもまだ審議中らしいですよ」
「へー、そうなんだ」
皆に僕の事を話すと、よく分かっていないライラちゃんが適当に話を返してくる。
まあいつも通りでお願いしますと言っておいた。
あ、ここで一つ確認しないと。
「先代様、その、これからはおじいちゃんって呼んで良いですか?」
「勿論だ、クロノは殿下であっても儂の孫に違いがないのだ」
「ありがとう、おじいちゃん」
この家の人は僕の家族にもなるのだ。
先代様も僕のおじいちゃんなのは間違いない。
先代様の事を僕がおじいちゃんって呼んだら、満面の笑みを浮かべてくれた。
そして、姉様と孤児院のメンバーが自己紹介をするが、ここでちょっとしたトラブルが発生。
「ドリーです。クロちゃんとはずっとポーションを作ってきました。お姉ちゃんとして」
ぴし。
まさかのドリーお姉ちゃんが、姉様に先制パンチを仕掛けてきた。
これで黙っている姉様ではない。
「スカーレットですわ。クロノとは血の繋がった姉ですわ」
「リリアンです。同じくクロノとは血の繋がった姉ですわ」
ピシピシ。
今度は姉様が血の繋がりをアピールしてきて、ドリーお姉ちゃんを挑発している。
あわわ、なんだかドリーお姉ちゃんと姉様の間で火花が散っているよ!
どっちが姉かを競い合っている。
「はいはい、その辺にしてね。クロちゃんは今まで大変な環境で育ってきたのだからね」
「「「はい……」」」
「第一、肝心のクロちゃんが困っているわよ」
「「「あっ」」」
流石はアンナお姉ちゃん。
僕を巡る姉争いに割って入った。
流石にドリーお姉ちゃんもスカーレット姉様もリリアン姉様も、僕が困り顔していたのに気がついた様だ。
そして、トドメになったのは無邪気な声だった。
「ライラはにーにの妹!」
ライラちゃんが、妹アピール全開でニコニコしながら僕の腕にぎゅーって抱きついてきたのだ。
これを見た三人は、流石に矛先を収めたのだった。
このタイミングで、更に別の人が会議室に入ってきた。
「はは、中々に面白い事になっているなあ」
入ってきたのはギルドマスターだった。
僕を巡る騒動をみていたのか、笑いながら入ってきた。
「先ずは無事に色々済んでよかったな。知っての通りバンザス男爵領にも捜索の手が入っている。若干領主邸で小競り合いが起きているらしいが、直ぐに収まるだろう」
あっ、そうか。
僕達のいた孤児院のある、バンザス男爵領も捜索の対象だったんだ。
孤児院の院長も、人身売買の捜査の対象になっているんだっけ。
「院長は既に拘束されているが、孤児院の中も捜索しないとならない。アンナとゴレスにドリー、すまんが俺と一緒に孤児院に行って皆の荷物を持ってきてくれ。恐らく孤児院には当分入れないぞ」
「あ、確かにそうですね。では、直ぐに向かう準備をします」
「悪いな。冒険者も手伝うと言ってきているので、遠慮なく使ってやれ。大きな物はギルドで一時保管しておく」
うーん。
僕の予想だと、もう孤児院には入れなさそうだ。
そりゃ事件の舞台にもなっているし、仕方ないといえば仕方ないけどちょっと寂しいな。
でも、ギルドマスターが出掛けに鍵をしていけと言っていたのは、誰かに証拠品を盗まれない様にする為もあったんだな。
流石はギルドマスターだ。