いなくなった日(4)
「事故の後は、想乃を許すも許さないもわたし次第みたいな空気があって、すごいプレッシャーだった。だって子ども同士だもん、仲直りするにしてもやっぱりぎくしゃくするもんでしょ? 普通はそういうところへ大人がうまく入って、色々と導いてくれるもんなんじゃないの?」
美南さんが両手で顔を覆う。
「ずっとひとりで考えてきた。一体何が正解だったの? どういう方法をとれば、想乃は自分を責めないでいられた? いつになったら、わたしは想乃を憎むふりをやめたらいいの? わからない。誰も教えてくれない」
今日会ったばかりの、小松原さんの叔母さんの様子が頭をかすめた。娘が家出したというのに、おろおろするばかりで、普段は蔑ろにしている小松原さんに頼りきっていた、弱い母親。
彼女はきっと、こじれてしまった娘と姪の仲を、自分がうまく取り持ってあげようなどとは考えもしなかったはずだ。だから美南さんが今日までひとりで、背負うことになった。
「わたしもう嫌だよ。想乃を憎んだり、攻撃したりなんかしたくないんだよ。想乃と仲良しのままでいたかった。本当は想乃と同じ高校に行きたいんだ。でも校内で想乃とどんな顔してすれ違えばいいの? わかんないよ。もう考えたくないよ。だけど想乃と同じ高校以外で、行きたいとこなんてないんだよ。同じ高校に行けないなら、進学なんてどうでもいい」
美南さんはその場で泣き崩れた。
おもむろに、小松原さんが動いた。正面から、美南さんをそっと抱きしめる。
「大丈夫だよ、美南ちゃん。全部大丈夫だから」
ドンとこもった音がして、ひと際大きな花火が上がった。
花火のあかりが、小松原さんの顔を照らす。小松原さんの唇が微かに動くのを、僕は目にする。
美南さんが顔を上げた。僕は息を呑んだ。美南さんの目の色は、直前までと明らかに変わっていた。表情にも光が差している。
「想乃~」
美南さんは甘えるような仕草で、小松原さんの背中に腕を回した。
「良かったあ、想乃と仲直りできて」
目を疑う光景だった。
今の今まで、美南さんは罪の意識に押しつぶされそうになっていた。ギリギリの精神状態だったはずだ。それがなぜか晴れ晴れとした顔で、小松原さんに笑いかけている。
「こんなことなら、もっと早く想乃に打ち明けていれば良かったよ。へへへ、ほんと今までごめんねー」
薄っぺらな謝罪に、違和感が募る。
何かがおかしい。
一瞬のうちに、美南さんは別人へと変わってしまったみたいだ。
動揺する僕とは裏腹に、小松原さんはあっさりと美南さんを受け入れていた。
「仲直りだね、美南ちゃん」
「ねえねえ、じゃあさあ、わたしも想乃の高校受験していい?」
「うん、もちろんだよ」
「入学できたら、想乃の教室遊びに行くね。お昼一緒に食べたりしようね」
「そうだね。楽しみだな」
「わたしもすっごい楽しみ。よーし、これから受験勉強頑張らなきゃ。帰ったら早速お母さんにやっぱり受験するって言おう。あれ? ていうか花火きれーい」
美南さんは今初めて花火に気づいたみたいな反応を見せた。誘われるように、視界の開けるところまで駆けていくと、こちらを振り返った。
「ねえ、覚えてる? ちっちゃい頃、ここで初めて想乃と花火大会見たとき、約束したよね。毎年二人で花火見ようねって」
そこで言葉を切り、美南さんは首を傾げた。
「でも……どうして?」
その顔に、困惑の色が浮かぶ。
「なんでわたしたち、今日まで一緒に花火見てこなかったんだろう」
冗談で言っているようには見えなかった。美南さんは本心から疑問に思っている。毎年一緒に花火を見る。その約束は、なぜ今日まで果たされなかったのか。
小松原さんとの間に、亀裂が入っていたこと。美南さんの頭からは、それが完全に抜け落ちてしまっている。
恐ろしい想像が、脳裏をよぎった。
(いや、まさかそんなこと、あるわけない)
必死に打ち消そうとしても、体から血の気が引いていくのがわかった。
「ねえ想乃、なんでだっけ?」
「え? ええっとね……」
美南さんの問いかけに対し、小松原さんは明らかに狼狽えている。そうして一瞬、僕のほうを窺った。
その瞳を見て、僕は悟った。
美南さんの態度がなぜこうも変わったのか。小松原さんが施した術。さらに彼女が今日までに僕やクラスメイトに対し、何を行っていたのかも。
僕の顔色の変化に気づいたのか、小松原さんは焦った様子でにじり寄ってくる。
「的場くん、あのね、違うんだよ、」
「来るな!」
反射的に、僕は叫んだ。
「こっちに来るな!」
大きく身を引く。
小松原さんが追い縋ってくる。
「話を聞いて、的場くん」
「嫌だ、聞きたくない」
「お願い、的場くん」
「うるさい。嫌だ、何も聞きたくない」
僕は激しくかぶりを振って、尚も後ずさった。
「ねえ、どうしたの二人とも。どこ行くの? 花火は?」
美南さんの声を無視して、僕は逃げる。すぐに小松原さんが追ってくる。
ふと周りを見ると、僕たちは高台の端まで移動して来ていた。眼下には、夜の街並みが広がっている。
「寄るな! やめろ! 話なんかしたくない! なんてことしてくれたんだよ! 僕は……僕はちゃんと裕司の死を悲しみたかったよ! 小松原さんはなんの権利があって僕の、僕たちの、感情を消したんだ!」
力の限り、僕は怒鳴った。耳の裏に、どくどくと血が流れるのを感じた。喉の奥がひきつり、頭がふらつく。慣れない大声を出したせいだろう、僕は激しく咳きこんだ。ぐるりと視界が揺れる。一瞬、宙に浮くような感覚を味わった。足を滑らせたんだ。そう気づいたときにはもう、僕の体は高台から転げ落ちていた。




