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式の日(1)

 裕司が死んだ。ガスの引火による住宅火災だった。

 周囲からは、一家心中という言葉があがった。現場から、故意に室内にガスを充満させようとした痕跡が見つかったらしい。八月最後の夜、僕が聞いた消防車のサイレンは、裕司の家に向かうものだった。


 町外れの小さな葬儀場に、クラス全員が顔を揃えた。

 教室ほどの広さの部屋に、裕司一家の祭壇はあった。参列者は僕たち以外に、裕司の父親と同年代らしき男女が二人。一番前の席に、痩せた男性が背中を丸め座っていた。

 

 とても暑い日だった。

 空には雲一つなく、太陽の光が降りそそぎ、木々の葉の色は濃く美しかった。

 こんなにも明るく健やかな日に、友人に別れを告げなきゃいけないなんて、最低最悪の冗談だ。

 花に囲まれた裕司の遺影を見たとき、なんだかドラマのセットみたいだなと思った。

 今にもひょっこり本人が出てきて、「ごめんごめん、死んだなんて嘘なんだ」と言ってくれないだろうか。僕は密かに期待していた。裕司が死んだなんて、きっと何かの間違いだ。


 式の間、女子の列からは小さく鼻をすする音が聞こえてきていた。堪え切れなくなったひとりが嗚咽を洩らすと、つられて幾人かの女子が泣き崩れた。

 式場を出ると、僕はそっとクラスの輪から外れ、植えこみの陰に身を隠した。周囲に人の気配はない。すぐ傍で、蝉たちが騒いでいた。

 片腕で口元を覆うと、声を殺し泣いた。


 式場にいた男女の会話を、僕は盗み聞いていた。曰く、裕司の家は生活に困っていたという。二人は今回のことを、困窮の末の不幸だと噂していた。

 そんな素振りなど、裕司は一切見せていなかった。

 どうして相談してくれなかったのだろう。裕司にとって、僕はその程度の友人だったのか。

 相談されたところで、僕には裕司を助ける術はなかっただろう。だけど、一緒に悩むことはできたはずだ。例えわずかでも、裕司の不安を取り除くことはできたはずなのだ。

 いつからだろう。

 一体いつから、裕司は窮地に立たされていた?


 裕司と過ごした日々、交わした言葉の数々を思い起こす。

 全身に寒気が走った。がくりと膝をつき、めちゃくちゃに頭を掻きむしる。

 僕は馬鹿だ。

 どうして今まで見過ごせていたのだろう。どうして裕司の嘘に気づかなかったのか。

 以前から、裕司は僕の前でほのめかしていたじゃないか。


 裕司が五月の遠足を欠席したのは、費用を工面できなかったからと考えられないか。昼食をパン一個で済ませていたこと、急にバイトを詰めこむようになったこと、きっとスニーカーを手に入れるためじゃない。

 裕司はその手で、家族の生活を守ろうとしていたのだ。


 小松原さんのことで悩んでいた僕に、裕司は絵を描いて見せてくれた。断崖絶壁に立つ人の姿。その後のやりとりにさほど役立ったといえない絵を、裕司はなぜ描いたのか。もしかしたら裕司は無意識に、自身の置かれた状況を示していたんじゃないか。自分はもう限界なのだと。助けてほしいと。あのとき確かに、裕司は僕にSOSを送っていたんだ。

 自然教室だって、最初は参加を渋っていた。だけど後になって、突然行くと言い出した。キャンプファイヤー係に立候補して、張り切っていた。

 あの頃すでに、山根家では一家心中の話が出ていたのだとしたら?

 裕司にとって自然教室は、最後の思い出作りだったのかもしれない。


「……ごめん。ごめん、裕司……」


 加納さんが集めていた金に手をつけたとき、裕司はこれ以上なく追いこまれていたのだろう。でなければあの裕司が、盗みなんかするはずない。盗んだ後で激しく後悔して、自分を責めたはずだ。だから翌日、裕司は一円も手をつけていない状態で、金を返した。

 もっと早く僕が異変に気づいていれば、裕司は手を汚さずに済んだんじゃないか。


「ひどい奴でごめん。何もできなくてごめん……」


 中学時代、精神的に参っていた僕に、裕司は寄り添い続けてくれた。

 自分は働きづめでくたくたなくせに、僕を心配して訪ねて来てくれた夜があった。

 いつだってそうだ。支えてもらうばかりで、僕は一度だって裕司に返せていない。


「的場くん」

 ふいに、背後で小松原さんの声がした。急いで立ち上がる。

 振り返ると、小松原さんは青ざめた顔で言った。

「えっと、帰り、先生たちが車で送ってくれるって言ってるんだけど……」


「うん」

 泣いていたことを悟られないよう、僕は視線を逸らした。


「さっき絵里奈ちゃん、過呼吸で倒れちゃって」

「安在さんが?」

「あ、でも今はもう大丈夫なんだけど。他にもみんなすごい泣いてて、なんかもうめちゃくちゃで……それで先生たちが手分けして、車でみんなを家まで送っていくってことになって……」

「そうなんだ」

「的場くんも先生の車乗っていくでしょう? ね、一緒に帰ろう?」

「僕はいいよ。歩いて帰る」

「でも、」


「大丈夫だから」

 会話を切り上げたくて、僕の声は冷たいものになった。

「小松原さんは先生に送ってもらったらいいよ。じゃあね」


 小松原さんはその場から動かなかった。


「あのね、的場くん。今は誰かと一緒にいたほうがいいよ。そのほうが気が紛れるし」

「気を紛らせてどうするの? 裕司は死んだのに、今裕司のことを考えてあげないで、一体どこへ気を向けてればいいんだよ」

「ごめん。そういう意味じゃなくて……」

「いいよ、ごめん。今ちょっと僕、変なんだ。平気。小松原さんは悪くない」

「ねえ的場くん、一緒に帰ろうよ」


 しつこいな。初めて小松原さんを煩わしく感じた。

 背中を向ける。

「悪いんだけど、今はひとりにして」


 小松原さんはそれ以上、何も言わなかった。しばらくの間、背後に彼女の気配を感じていた。僕は頑なに振り向かなかった。

 やがて地面を踏みしめる音が聞こえた。小松原さんが立ち去ったのがわかった。

 ひとりになったことを確かめて、僕は項垂れた。そのまま長いことむせび泣いた。


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