パーティの仲間に逃走時の囮にされたんだが悪いのは俺
「き――聞いてない! あんな強い魔物がいるなんて……!」
「あんたが選んだダンジョンでしょ、ジェイ! 責任取りなさいよ!」
「二人ともうるさい、走って、もうすぐそこまで来てる……!」
慌てる三人の声を聞きながら、俺は殿を走る。その後ろを、赤色リザードマンの群れが追って来ていた。
剣士のジェイはひどく狼狽えて真っ先に逃走の判断を下した。ドワーフの職人に融通してもらったそのご自慢の剣を手に戦う気力はないらしい。
コーラルは危機を脱したわけでもないのに責任のありかを語っている。威力は落ちるがすぐに撃てる詠唱破棄の魔法を足止めに試してもいいだろうに。
ヘナも冷静なように見えて追い詰められているようだ。逃げると決めたのなら脚力・スタミナ強化の支援魔法を使うべきだが、その判断ができていない。
「この……ままじゃ、追い……つかれるッ……!」
コーラルが息を切らしている。彼女がこの中で一番体力がない。彼女に比べれば体力はある二人も、このままではいずれ体力の限界を迎えるだろう。
「オ、オレは……こんなとこじゃ死なねえぞ」
ジェイが何か心を決めたかのように呟く。
そして、身体を反転させるとこちらに向かい思い切り体当たりをしてきた。
完全に油断していた。
まさか――そんなことが現実に起こりえるだなんて、俺は考えもしていなかった。
俺は足を止めてしまう。
ジェイが、引き攣ったような笑みを浮かべ、声を上げた。
「ずっと――ずっと目障りだったんだ、役立たずのブラック! せめて最後に俺たちの役に立て!!」
そう吐き捨てるように言うと、ジェイはすぐにコーラルとヘナの後を追って走り出した。
ジェイの行動を、二人は咎めない。こちらを気遣うような視線すら投げてよこさない。
ジェイが言った言葉。このくらい役に立て、と彼女たちも同じ気持ちなのだろう。
そうか。そうか――俺は。囮にされたのか。
はあ、と溜息を吐く。
背負っていたパーティ全員分の荷物が入った大きなリュックを下ろして、腰から剣を引き抜いた。
「だから――ブラックは俺たちを庇って、一人でダンジョンに残って……!」
「そうよ、悲しいけど……もう……」
「あんな凶暴な魔物がいるダンジョンを野放しにしてるなんて、この街のギルドはおかしい」
「そうだ……! あのダンジョン、いやギルドが悪いんだ! 俺たちのブラックを返してくれ!!」
「お前たち……そんなに俺のことを想っていてくれたのか……泣いてしまいそうだ」
「へ」
「えっ」
「は……?」
ダンジョンを抜けて拠点となる街に帰り着いた俺は、パーティの三人がいるであろうギルドへと足を運んだ。
案の定、三人はギルドの受付嬢に詰め寄り騒ぎを起こしていたようだった。
「な――なん、ブラック……!?」
ジェイが口をパクパクとさせる。コーラルとヘナも大きな目を丸くしていた。
「なんで生きてるんだ!? あんな数の魔物に襲われて、生きていられるはずが――」
「なんだよ。生きてちゃマズイのか? あんなに悲しんでくれてたのに」
「ッ、それは……」
バツが悪そうな表情を浮かべる。
まあ、そりゃあ囮に斬り捨てた男が生き残ってたら不都合しかないよな。合意の上での囮じゃないし。
「そ、そんなことよりなんで生きてるのよ、怪我もないし、どうやって帰ってきたの!?」
「いや、普通に……」
普通に戦って歩いてダンジョンから帰ってきたけど。
荷物から赤色リザードマンの素材をどさどさと取り出しながらそう言うと三人は信じられないものを見たかのような表情になった。
五体分ほど出したところで受付嬢の視線を感じる。ここで全部出すのはマズイか。あと二十匹分くらいあるけど。他の冒険者の邪魔になるな。
「なんで……なんで、役立たずの、荷物持ちの、寄生野郎のブラックが……?」
ヘナがわなわなと唇を震わせる。ひどいな。俺のことそう思ってたのか。
でも多分、これは俺が招いた結果なのだろう。
彼らを甘やかしすぎたのだ。
俺には生まれつきの特殊能力がある。
それは人の強さを数値化して見ることができるというものだ。
その強さ――レベルを見られるのは世界中で俺だけ。人よりレベルが高めだった俺は魔物を狩る冒険者となった。戦いを繰り返すにつれ上がる自分のレベルを見るのが楽しくてどんどん魔物溢れるダンジョンに挑み力をつけていった。
そんなある日、冒険者になったばかりの彼らと出会った。彼らは冒険者の先輩である俺に教えを請いたいようだった。その勤勉さと、レベル一桁で魔物に挑もうとする危うさが俺の心を打ち、俺は自分のレベルを上げることよりも彼らを一人前の冒険者として育てることを優先した。
ジェイには剣を教えた。コーラルには魔法の基本を教えた。ヘナには支援魔法を教えた。戦闘における立ち回りを教えた。俺の金とコネで装備を整えた。
面倒なギルド手続き、道具や宿屋の手配なんかは俺が全部してやった。彼らにはのびのびと成長してもらいたかったからだ。彼らが俺の元を巣立って一人前の冒険者としてソロでやっていくときにはまた一から細かい事務手続きなんかを教えてやろうと思っていた。
荷物持ちももちろん俺だ。ジェイはよく食べるから食材や調理器具がたくさん必要だし、コーラルは綺麗好きだから洗浄器具や着替えが多めに必要だし、ヘナは寝具にこだわりがあるから簡易テントでは眠れない。必然的に荷物が多くなる。成長期の彼らの身体に負担はかけたくない。大量の荷物は身体が出来上がっている俺が持つことになる。
そして、これが多分、彼らに役立たずの寄生野郎だと思われた一番の理由だが、俺は彼らのレベルが上がりやすいように戦闘で立ち回っていたのだ。
レベルが上がる条件は、魔物を倒し「経験値」を得ることだ。経験値は、魔物を倒す――絶命させた瞬間に手に入る。俺は彼らが経験値を稼ぎやすいように経験値が多めにもらえる魔物をわざと死なない程度に痛めつけて彼らに回していたし、彼らが魔物を倒す最中に邪魔が入らないよう雑魚の掃討もしていた。目の前の魔物で精一杯だった彼らには、俺が何をしていたか知らない――否、興味がなかったのだろう。だから、戦闘において口を出すだけで何もしない、討伐依頼の報酬だけかっさらっていく寄生野郎だと思われたわけだ。
「俺は悲しい」
「な、なに……」
まさか、赤色リザードマンごときに逃走し、更には非合意の囮まで使うとは。
彼らが悪いのではない。
俺の――育て方が悪かった。
「あの日……ひよっこがピヨピヨと懐いて来てなあ……俺はそれが可愛く思えて……」
“お兄さん、冒険者のひとですか?”
きらきらした目で見上げて来た三人を今でも昨日のことのように思い出せる。
「だからお前らを甘やかしてしまったんだな……」
自分の不甲斐なさに、声のトーンが低くなる。
真面目な表情を向けると、何故だか三人は凍り付いたように動かなくなってしまった。
「俺はな、ジェイ……お前があのダンジョンに行きたいって言い出したとき、嬉しかったんだぞ……」
三人のギルドランク、冒険者としての格は最低より少し上のCランクだ。ジェイが選んだダンジョンはBランクで、今の彼らには少し背伸びした場所だ。赤色リザードマン――Aランクの魔物が最近になってあそこに棲み付くようになったのは冒険者の間では有名な話だったし、向上心があるのだな、そのチャレンジ精神に乾杯、などと思っていたのに。
戦いもせずに逃走。そのうえで囮。
「いいんだ、お前らを責めるつもりはない。強さに固執した俺が愚かだったのだ。俺はあの時、お前らを一人前の冒険者にするって決めたのに……」
声に熱がこもる。
受付嬢は冷めた目で俺たちを見ている。
騒ぎを見ていた他の冒険者も引いた目で見ている。
三人は青ざめた顔でだらだと汗をかきながら怯えたように俺を見ている。何故?
「だから、これからは甘やかすのはナシだ。俺も心を鬼にして、ビシバシお前らを鍛えてやるから……覚悟しろ」
俺はお前らを見捨てる気はないぞ、と笑顔で伝えてやる。
それがどのように伝わったのか――三人はへなへなと膝から崩れ落ち、小さく開いた口からは、ゆるして、ゆるしてください、と力なく言葉が零れていた。
うむ。
反省しているのなら、まだ見込みはある。伸びしろがある。
頑張ろうな、お前たち!
一人前の、否、一流の冒険者になるまで!
「先輩、なんの騒ぎです?」
「世間知らず恩知らずのCランクが、最高位SSSランクの化け物に喧嘩売って返り討ちにあったとこ」
などという受付嬢の会話は、俺の耳には届かなかった。