日常
「ひなのー、そろそろ起きてー」
朝ごはんの用意を済ませたえーちゃんは、いつものようにひなのを起こしに2階へ上がった。
とある事情により現在一人暮らしをしているひなのの世話をするのは、隣に住む幼なじみの自分の役目であると彼女は自負していた。
まるで自分の家のようにひなのの家を熟知しているえーちゃんは、2階に上がってすぐ目の前にあるドアをノックした。
ドアのプレートには可愛い文字で「ひなのの部屋」と書かれている。一人暮らしをしているそらにとってドアプレートなど無用の長物であるはずだが、本人には何か特別な思い入れがあるのかもしれない。
「ひなの、入るよー」
果たして今日はきちんと起きてくれるだろか、そんな心配をしながらドアを開けたえーちゃんは眼前の光景に目を疑った。
「あ、えーちゃんおはよう。もう朝ごはん出来たの?ごめんね、すぐ下に行くね」
いつもならまだベッドの中で丸くなっていて、可愛らしい寝顔を自分に見せつけてくるそらが既に起きている。しかも、ご自慢の茶色いセミロングな髪をヘアブラシで梳かしてた。
いつもは起きたばかりで寝ぼけているそらの髪を梳かすのは自分の役目であっただけに、えーちゃんは普段とは違うひなのの姿に戸惑っていた。
「今日はちゃんと起きてるなんて珍しいね。もしかして成長期?」
戸惑いのあまり変な冗談がつい口に出てしまったえーちゃんを見て、ひなのは思わず笑ってしまった。
「えー、成長期ってどうゆう事ー?ほら、今日って始業式でしょ。だから何だかワクワクして目が冴えちゃって」
えへへ。そう笑いながら、ひなのは早起きの理由を説明した。
「ワクワクって…まあそうよね。ひなのが何の理由もなく早起きする訳ないよね」
ふふふ。と安堵の笑みをこぼしながら、えーちゃんはつぶやいた。
「まあ、とりあえず早く朝ごはんを食べよっか。冷めないうちにね」
「うん!」
いつもとちょっと違う始まりでも、結局いつも通り。そんな朝の会話を済ませた二人は1階のリビングで朝食を取り始めた。
今日は始業式ということで、いつも以上に腕によりをかけて作られた朝食。
それを美味しそうに食べるひなのと、そんなひなのを微笑みながら見つめるえーちゃん。
見る人すべてに幸せをもたらす光景がそこにはあった。
「さて、今日の占いはどうかなー」
朝食をあらかた食べ終えたひなのは、毎日の楽しみである朝の情報番組の占いコーナーを食い入るように見ている。
「今日の私は運勢は…、運命的な出会いをするでしょう?何だろう、楽しみー!」
疑う事を知らないひなのは朝の占いコーナーも本気で信じているようだ。
「ホントにひなのは占いが好きだね。この前も変な占い本買ってたでしょ」
一方えーちゃんはどうやら占いを信じていないようだ。今もテレビには目も向けず朝食の後片付けをしている。
「変な、じゃなくて血液型占い!いい、えーちゃん!占いを笑うものは占いに泣くんだよ!」
謎の理論を唱えながらひなのはえーちゃんにもの申す。
「なになに、えーちゃんの今日の運勢は…、ずっと秘密にしてた事が友達にばれるでしょう!あー、えーちゃん。もしかして私に何か隠し事してるの?」
にやにやしながら、ひなのはえーちゃんに尋ねる。そんなにやにや顔すらも愛おしく感じるえーちゃんだが、もちろん気恥ずかしいからそんな事は口には出さない。
「何バカな事言ってんの。ひなのへの隠し事なんて星の数ほどあるに決まってるじゃん」
えーちゃんの発言を聞いて目を丸くするひなのを見て、えーちゃんはくすくす笑う。
「嘘よ、嘘。それより、早く制服に着替えよ。そろそろ学校に行く時間だから」
そう言ってえーちゃんはリモコンを手にしてテレビの電源を落とした。
ちょうどニュースでは、現在注目を浴びている連続失踪事件を取り上げているところだった。
「あ、えーちゃん。今いいところだったのにー」
ぶつぶつと文句を言いながら、ひなのは制服に着替えるために自室へ戻った。
「じゃあ、また後でね」
と別れの挨拶を終えたえーちゃんも自分の家に戻って制服に着替えるためにリビングを後にした。
いつもと変わらない平凡な日常。明日も明後日も同じような平和な日々が続いていくんだと、その時のひなのは信じて疑っていなかった。