千歳烏山の立ち飲み屋でアブソルート・コールドを読む
還暦すぎのフリーライター、修善寺大地が仕事で出かけた先で、好き勝手に本を買い、本を読み、酒を飲むだけの話。
「お父さん預かります」というキャッチが気になっていた。
年下の後輩に誘われ、新作のマーダーミステリーを遊んだ帰り、千歳烏山駅のホームで見えた気になる立ち飲み屋に寄って、生ビールを一杯。そのまま一駅すぎれば、家に帰れるのに、無性に飲みたくなってホームから降りた。特急から各駅に乗り換えるたび、ちょうど階段に合わせるための目印にしていたので、ずっと意識にひっかかっていたのだ。
先週から色々あって疲れていた。
この猛暑で、肉体的にもヤバいが、メンタルがずるずるになって仕事にならない。
それでも、昔なじみの多いイベントに顔を出してあいさつ回りをし、編集部で打ち合わせし、誘われればゲームを遊ぶ。それぞれ面白かったし、刺激的だったが、とにかく、ぐったりだ。
年だな、と思う。
年を取って嫌なのは、エンジンのかかりが悪くなること、酒が弱くなること、目が弱ることだ。
還暦を越えて、めっきり瞬発力が落ちた。新しいものに飛び込む力が低下するのがわかる。億劫なのだ。それはフリーランスのライターとしての限界点が近づいていることを指す。メンタルをやっているのかもしれないし、男の更年期かもしれない。
そういうもので、頭と体のリセットをするためにも、飲み屋に寄る。
とりあえず生、と知り合いのライトノベル作家の真似をした後、メニューを見渡す。手前の立ち飲みのひとり客用にハーフメニューがあるのがありがたい。体調から見て刺し身系のりゅうきゅうは避けておこう。代わりに、名物らしい中津からあげと乙姫にんにくのひげ天を頼む。
マーダーミステリーでたくさん話した後、やはり生だ。
ぐいっとあおる。この一口が美味い。
唐揚げが美味い。
今日のゲームは作者がGMということで面白かった。
「大地さん、SF好きでしょ?」
誘ってくれた友人が言う。
ああ、今日のアレは、●●●●の●●●●を思い出したよ。
いい話だった。推理導線は・・・いや、あのキャラの人間関係がもたらした最後のためらい、その余韻を楽しもう。
そうだ。あれを読もう。
カバンの中から、結城充考「アブソルート・コールド」を取り出し、ページをめくる。
近未来都市見幸市の高層ビルの隙間に生きる技術屋の少女コチが仕事を終えてユニットハウスでくつろごうとした描写から始まる。エディ・ウィルソンの曲を骨伝導イアフォンで楽しみながら・・・という描写から続く暗転がよい。誤解を招きそうな言い方だが、そう、暗転だ、と気持ちが言う。正しい表現に悩むのは、仕事の原稿だけでいい。この暗転は、ショッキングであり、サイバーパンクな物語ならではの衝撃だ。
物語には現実との境界がある。そのセンス、その踏み込みが、作者と共有できれば、もうセンス・オブ・ワンダーだ。
乙女にんにくの髭てんをかじる。
揚げたにんにくのほっこりした味わい。
そのまま、生をぐびり。
次はカボスハイかな、と思いつつ、体にひろがる疲れを感じる。
無理はしないでいこう。
佐久間種苗という単語が出てきて、うれしくなる。
結城の作品『躯体上の翼』に出てくる巨大企業の名前だからだ。
今なら、よくある農業企業のような名前だが、結城充考世界の中では、世界を支配する巨大なハイテク企業だ。『シャドウラン』の十大企業、『サイバーパンク』のアラサカのような存在であり、その存在は世界の果てまで続く。
こういうくすぐりがサイバーパンク者にはうれしい。
ああ、そうだ。うれしい。
この本を買ったのも、うれしかったからだ。
数年前、Sという書評サイトのゲストライターになった。スタートアップのにぎやかしということで、安いけれど、自由に、好きなだけ書いてくれ、と頼まれ、読んだ新刊をはじから書評というか紹介文にしてアップした。200ほども書いただろうか? すでに大御所が硬いところを押さえていたので、俺は大御所が書いていない作品を選んで書いた。まあ、2010年すぎて、ベストSFのトップが『ソラリス』なんて、時代錯誤も甚だしいので、エッジな方が面白いと思っていた。そんな中、結城充考の『躯体上の翼』を書いた。主人公が素晴らしかったからだ。
Sというサイトは、その後、無事稼働したので、にぎやかしの仕事は終わり、数年後、閉鎖が決まった。ああ、いいサイトだったが、時代の流れかねえ。寂しいことだ。
その作家が、書評を覚えていてくれたらしい。ありがたいことだ。
物書きを続けていると、時々、こんなご褒美がある。
フリーランスのライターなんて、虚業だという割り切りはあるが、膨大な情報が生まれ、流れて消えていく日本のメディアの中で、自分の仕事を覚えていてくれる人がいるのはうれしいよ。
作品に乾杯。
もうしばらく、エッジな世界を楽しませてもらおう。
前回、投稿したのが2021年12月。
あれから還暦をすぎ、色々ありましたが、まあ、元気です(年の割には)。
ずいぶん酒に弱くなったとか、コロナとか、色々あって間が空きましたが、まあ、こんな調子で続けます。
今回の店のモデルは千歳烏山のウラニワ。
大分料理の出る居酒屋で手前が立ち飲み、奥がイスとテーブル。「お父さん、預かります」のキャッチに惹かれて、飲んで帰ってきたのは3月のこと。
本文中に出てくる書評サイトは「しみるぼん」で、今年閉鎖が決まった。数千本の書評があったはずなので、残念というか寂しい話です。
今年、日本SF大会にいったら、結城充考さんがあの書評を覚えていてくださったのはうれしいことでした。そういう訳で早速、最新作『アブソルート・コールド』を購入。相変わらず、エッジの効いた描写と、独特の世界観を堪能させていただいた。これだから、読書はやめられない。
体験したマーダーミステリーは『ゲノムの塔』。作者のしゃみずい氏に誘われて参戦。楽しい作品でした。余韻のあるゲームはよい。