池の上の立呑酒屋で「ベルセルク」41巻を読む
還暦前のフリーライター、修善寺大地が仕事で出かけた先で、好き勝手に本を買い、本を読み、酒を飲むだけの話。
暗い道だった。
池の上の住宅街で資料の受け渡しをし、駅に帰る途中、下北方面へ抜けようと北に曲がったら、それなりの太い道なのに、なんとなく道が暗い。下北沢や池の上の南側、徒歩10分。商店街ではなく、住宅と商店の入り交じる中規模の通り。冬至もすぎたばかり、5時すぎでもう暗い。
寒い。
今年は暖冬だというが、さすがに12月。寒い。
こんな状況で暗い道を歩くのは、心も寒くなってくる。
唯一の救いは、さっき、寄ったコンビニで買ったShot & Breakとコミックが一冊。Shot & Breakは、ジョージア・コーヒーの今年の新作で細身のペットボトル(195ml)が特徴。考えれば割高かもしれないが、350mlと違い、ポケットにすっと入るのがいい。どっちかと言えば、栓の出来る缶コーヒーだ。微糖の方を愛飲している。
それよりも、コミックの方が心を急かしている。
「ベルセルク」41巻。アニメにもなった三浦建太郎のダーク・ファンタジーだ。
それは、剣と呼ぶにはあまりにも大きな鉄の塊であった。
今から30年あまり前、20代の頃に出会った漫画にハマり、いつかあんな物語を書いてみたいと思ってきた。未だに果たせないまま、フリーの物書きをやっている。
そして、今年夏。作者が急逝した。
心臓だという。
オレよりも年下だ。
コンビニに寄ったら、その最後の巻が出ていた。ああ、これがクリスマス・プレゼントなんだな、と思った。早く読みたい。今日預かった資料よりも、先に堪能したい。家に帰ってゆっくり読むのか、いや、多分、駅について、電車に乗ったらむさぼり読む。
そう思って、暗い道を歩んでいたら、目の前に看板があった。
「角打ち、やってます」
気づいたら、店に入っていた。
角打ちとは、酒屋が売った酒をその場で飲ませるやり方で、まあ、酒屋の隅に立呑屋がついているようなものだ。昔は、これで帰りに一杯やっていたものだ。
店はややおしゃれな洋酒系の店で、カウンターがあり、ちょっとした立呑用の高くて丸いテーブルがある。ドライフルーツ、ジャーキーなどのつまみもある。ミード(蜂蜜酒)まで置いてある。なかなか面白そうだ。
カウンターに並んでいるのは、洋酒、それもテキーラっぽい。
「メスカルです」
オーナーが教えてくれる。
「テキーラは竜舌蘭から作るお酒ですが、テキーラ村産のものに限ります。メスカルも同じ酒ですが、その周辺9か村でしか出来ません」
メスカルは初めてなので、というと、入門用ならこれですね、と言いながら、粘土を焼いた土器のような盃についでくれる。つまみは、店で買ったパイナップルのドライフルーツ。後はスパイス塩。
塩で蒸留酒を飲むなんて、どこの酒飲みも一緒だな。
一口、メスカルをなめるように飲む。
これは三浦先生への献杯。
「ベルセルク」を描いてくれてありがとうございました。
41巻は、妖精の島編だが、最初に出てくるのは、グリフィス側のエピソード。
鷹の帝国を樹立したグリフィスが民を救うために優れた政策を推し進めていく様子が描かれる。世界を救いつつあるのは、魔の存在になったはずのグリフィス。白き鷹の理想国家が進んでいく様子は、美しすぎて幻影でもあり、それこそが望むものであり。
メスカルをもう一口。
あの宰相が、毒気を抜かれたようにきれいに。
そして、物語は、妖精の島に戻る。悪夢の中からキャスカの魂を連れ戻した一行のエピソードは、心安らぐものだ。キャスカとガッツの間に残るトラウマの障壁は悲しい。
年を取ると分かる気がする。
思わず、ぐいと盃を干してしまい、もう一杯。
「もう顔が赤いね。弱い方?」
こういう場合は水だ。トニックウォーターを一本買ってチェイサー代わりに。
盃をなめては、トニックをぐびり。
そうするうちに、最後のページに達してしまった。
分かっていたけれど、この1枚に心が震える。
この話を描いた後、三浦さんは行ってしまった。ああ。
もう一度、献杯。
ありがとう。そして、ありがとう。
干した盃をカウンターに返し、店を出る。
寒くて暗い道がそれはそれで心地よい。
グルメと本という話。
「ベルセルク」は私の代表作であるダーク・ファンタジーRPG「深淵」に大きな影響を与えた作品である。三浦先生、ありがとうございました。
舞台のモデルは、池の上にある万珍酒店。
先日、meadbar.jpの集まりで、ミード(蜂蜜酒)を飲んだ。知り合いのミード醸造人、エリック(Wicked Mead)の新作がメイザーのミードコンテストで賞をもらった祝いを兼ねて、伺った。