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渋谷の焼き鳥屋で、雨と短銃を読む

還暦前のフリーライター、修善寺大地が仕事で出かけた先で、好き勝手に本を買い、本を読み、酒を飲むだけの話。


 最近の言い回しを使うなら、こうしたものは「解像度」を高めた方が絶対に愉しいからだ。


と、「異形コレクション 秘密」に寄せた短編で澤村伊智が言っていた。


 ホラー作家が怪談とホラーを考えるという流れの中での台詞だが、これこそが物書きというものだと感じ入った。

 物書き、というほど売れた身ではないが、解説記事とか、紹介文とかは、読者の「解像度」を上げるものになれば、価値が出る。ただ資料を写すだけじゃなく、ちょっと情報を足してやり、解釈を加えることで、面白くなる。


 ……そうは言っても、そうそううまくはいかない。


 PR誌の記事では、クライアントの意向があってのものだ。

「えー、そこが推しなの?」

と、ZOOM経由で流れてくる商品解説資料を見ながら、呆れ返ることもある。ユーザー目線で言えば、もっと推すところがあるでしょうに。編集さんにダイレクトメッセージでアイコン「ちらちら目線」を飛ばすものの、会議画面の中の編集さんは、「まあ、御社のご意向がそうであれば・・・」と営業トークで答える。バックグラウンドのチャットで「役員さんのこだわりポイント」と飛んでくる。

 それ、仕事を受ける前に言ってよ。



 オレ、修善寺大地はフリーランスのライターだ。


 編集部のアルバイトから始めて30年。なんでも書くのが取り柄のフリーランスだ。


 一応、専門はサブカル方面で、普段はマンガの紹介記事をウェブサイトに書いたり、ゲーム系の学校で非常勤講師をしたりしている。雑学関係の仕事も多く、歴史もそれなりにはやる。


 今日の仕事の依頼は、デビューの頃、企業系のPR記事で世話になった編プロなので、断り切れずにお手伝い・・・だったはずが、ページ多くない?


 コロナのおかげで、ZOOM会議で即仕事なんて話もあるが、いやもう、そういうのはもっと若いのに言ってよ。ちょうど空いてたし、恩義もあるから受けたけれど、ストレス溜まる仕事だな。


 資料を全部パワポに貼るにもやめて。

 画像ファイル分けて。


 仕事が息詰まると、本屋に行きたくなる。

 悲鳴を上げつつ、ノルマをこなし、渋谷まで出て、本屋による。

 さて、本がほしいな。


 還暦前で、老眼も出てきたので、すかっとするマンガがいいので、井の頭線の高架下にある本屋へ行く。JR寄りのスペースで、マンガやライトノベルを見て回った後、地下に降りると、小説の棚へ。


 どこかで見た青い表紙がある。


 伊吹亜門「雨と短銃」。


 明治初期の京都を舞台にした連作ミステリー「刀と傘 明治京洛推理帖」の作者じゃないか。あれは面白かった。明治維新直後の京都を舞台というのがいい。

 以前、知り合いの幕末ゲームのムックを手伝った関係上、幕末はそこそこ押さえているのだが、あの話の場合はまさに、「解像度」がすっと合う。主人公である尾張藩公用人、鹿野師光は架空の人物らしいが、出てくる連中、出てくる連中。幕末のあの時、京都を走り回っていた、あの時、あれが大騒ぎでねえ、というのが見えてくる。


 「雨と短銃」は、時代を遡った幕末、薩長盟約を企てる坂本龍馬が依頼人。


 いいね、いいね。


 こいつはビールと一緒に読むしかない・・・・


 ストレスも溜まっているし、酒も飲みたい。

 裏路地にある鳥の釜焼の店に飛び込む。


「ビール、骨付き鳥の窯焼き、若い方。ゴーヤの土佐和え、あと、塩むすび」


 ビールが来る前に、「雨と短銃」を開く。

 折返しにある内容説明が「慶応元年」と始まるのがよい。

 薩長盟約の前夜だ。


 坂本龍馬という人は、色々伝説がある人物だが、この盟約に関わり、色々動き回った、という点で面白い。日本海軍の父とか言われた時期もあるが、どちらかと言えば、独特の才覚と政治感覚、交友関係を乗り切って、幕末を駆け抜けた志士の代表だ。足で江戸と京都を往復し、後半は幕府や各藩の蒸気船に乗って時節を説いて回る。会社を作って商売をしたり、時代を代表するかというと、また違うし、独特の立ち位置が印象的。NHKの「龍馬伝」が記憶に鮮明だが、今年の「青天を衝け」だと、一橋家に士官した渋沢栄一および徳川慶喜の目線なので、ほとんど出てこなかったりする。


 龍馬が依頼人というのも面白い。


 ああ、ちょうどビールとゴーヤの土佐和えが来た。

 まずはビールをぐびり。


 ゴーヤの土佐和えは、さっと茹でた薄切りゴーヤと薄切り玉ねぎを、マヨネーズ、醤油、鰹節のタレで合える。さっと出来て美味い。ゴーヤの苦味と玉ねぎの辛味がタレでまとまっている。

 ちょいちょいつまむのによい。

 メインの窯焼鳥がだいぶ、脂ぎった代物なので、このさっぱり感がよい。


 序章は、時代を表現する4つのシーンからなる。

 坂本龍馬が奔走し、薩長盟約を進める話だが、長州は終わりだ、という桂のつぶやきから始まる。叡明であるがゆえに、色々見えてしまう桂に、飄々と龍馬が話しかけ、説得し、話を進める。西郷にも会う。そうして、この物語の登場人物が揃っていき、謎が始まる。


 後から読めば、ああ、そうか、というシーンもあり、深い。深い。


 神社の境内で人が斬られ、その犯人らしき人物が姿を消した。謎めいた殺人(未遂)。被害者は意識不明で、生死の境を彷徨いつつ、巻き込まれた鹿野師光は捜査を進める。

 ミステリーだねえ。


 もう一息ぐびり。


 師光の捜査を追って、読み進めると、「刀と傘」にも出てきた京洛の人物たちが次々に登場し、それだけでうれしくなる。お、こいつがここでこう来たか?


 ゴーヤをぱくり、ビールを一口。


 さらに、新選組まで顔を出した。

 東本願寺に居を移した頃の黒装束の新選組だ。

 土方歳三の曲者ぶりがまたよい。


 興が乗ったところで、骨付きの窯焼鳥。半分に割った鶏にスパイスをたっぷり、それを窯でじっくり焼き上げたもの。和風の味付けではあるが、とにかく、脂がスゴイ、そして、脂が美味い。


 本を仕舞い、かぶりつく。

 骨を持って食らう。

 がぶりと噛むと、じゅわああっと肉汁が出てくる。


 美味い。美味い。


 だが、口の中が脂まみれだ。美味いのに脂。

 口内をビールで一気に流し込む。


 ああ、酒が、アルコールが、脂を溶かす。

 そこでほのかに舌に残る旨みがいい。


 鳥の脂は流れても、そこに旨みのせせらぎが歌うようだ。


 これだから、肉とビールはやめられない。




 肉の味わいを求めてもう一度、がぶり。


 がぶり。

 じゅわああ。

 ごくごく。

 ぷはあ。


 合間に、ゴーヤの土佐和えで舌を変える。


 がぶり。

 じゅわああ。

 ごくごく。

 ぷはあ。


 あっという間に半羽分を食べ尽くし、骨までしゃぶった。

 それでも、残る脂。旨みの塊だ。


「はい、塩むすび」


 こいつは、このためにある。

 塩だけのむすびを残った脂につけて食う。

 塩と脂だけなのに、もう天にも登る思いだ。

 さらに、塩味のおかげでビールがまた美味い。


 ああ、美味い、美味い、しか言っていない。

 最近の言い回しで言えば「語彙が低下した」「IQが下がる(褒め言葉)」というヤツだ。


 解像度は上がったはずなのに、脳は退化している。


 それもそのはず、脂に塩に酒。

 どう見ても体によくない。


「美味いものは体に悪い」


と誰かが言っていたな。

 まあ、気にしないことにしよう。


 少しさっぱりした。

 いや、お腹は脂だらけだが。


「雨と傘」の後半は、明日のノルマをこなしたら、だ。




グルメと本という話。


コロナのおかげで飲みにいけないので、過去に飲んだ店をモデルに。

還暦の体には、脂がきついが、美味い店だった。


鹿野師光の話は、もっと読みたいところだ。


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