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居酒屋で夢枕獏を読む

還暦前のフリーライター、修善寺大地が、本屋へ行って本を買い、飲み屋で酒を飲みながら、本を読むだけの話。



「ライドンキングが読みたい」と妻が言った。


 講談社から出ている馬場康誌のマンガで、プーチンみたいな外見の某国大統領が異世界転生して、ファンタジー世界のモンスターを次々乗りこなしていく。魔法も使わず、拳やロシア式格闘術が次々炸裂し、倒されたモンスターは主人公の乗騎になる。

 異世界ファンタジーとプーチンのネタをくるりと混ぜて見せた怪作である。結構、面白かったので、続刊を買って読むことにした。妻はプーチンっぽい主人公が好きだという。むぅ。



 オレ、修善寺大地はフリーランスのライターだ。



 大学を出てアルバイトを転々とした挙げ句、編集部でバイトしたのをきっかけにフリーライターになってもう30年。還暦間際の今でも、いくつかの編プロや出版社の仕事をもらって何でも書く。


 若い頃は、ゲーム攻略記事もやっていたが、最近は目と反射神経がシンドいし、体当たり現場取材、例えば、一日10件ラーメン屋めぐりとか、一日張り付きのイベント取材はもう身が持たない。最近はもっぱら、ウェブサイトの記事をしたり、あまり知られていない作家の研究本を書いたり、週に何日かは、ゲーム系の学校で、記事ライティングや企画書作り、雑学などを教えている。


 昔ほどではないが、それなりに調べ物ができるのと、長年のテクで穴埋め原稿を書くのは早いから、安いリリーフ原稿なんてのがよく飛んでくる。


 ウェブ書店にリンクしたマンガの紹介サイトに紹介文を書くのもそういう仕事のひとつだ。単発の依頼なら、3000円、企画記事なら10000円。ウェブの場合、文字数制限がゆるくて、編集者がほとんど放置プレイなので片手間に書けるのがよい。


 スマホ・ゲームのシナリオが書ければ、もう少し収入もよくなるが、あれはあれでこつがあり、オレは合わなかった。まあ、それもしかたない。



 この日も昼過ぎまでは授業で、学生に「ガンダムネタなら、『閃光のハサウェイ』見てから言え」、とか、「ゴジラVSコング、最高! IQ低い」とかいう授業をした後、南インド料理屋で、かなり遅い昼食であるカレーバイキングを食っていたら、マンガ紹介サイト「コミック・フォールアウト」から記事依頼が飛んでくる。



 「コミック・フォールアウト」はタイトル通り、ちょっとセンスがおかしいマンガ紹介サイトで、電子書店へのリンクを貼ったアフィリエイト手数料を稼ぐ。とにかく、新刊を幅広く、素早くカバーするのが特徴だが、特に、出版社系列でもないマイナーサイトなので、基本、発売日に依頼が来る。名目上、ボランティアやファンも寄稿する投稿型サイトだが、それだけだと偏るので、批評家や有名人が好きな作品を紹介する記事で、客を引く。


 おかげで人気の新作は、そういう目玉のゲスト・ライターが持っていくが、広く作品をカバーしたいので、落ち穂拾いのような抜け落ちネタを補い、サイト全体のバランスを取るような投稿記事をこっちに回してくる。



「いい感じの新作5-6本、企画があれば、適宜よろ。締め切りは今週中」



 編集長のサックリー岡田氏の依頼は超「ざつ」だ。

 投稿型レビューサイトなので、ライターが直接、タグを打ってアップロード。編集長はページを確認して公開設定をオンにする。

 一応、書く前に、やりたいネタをリストにしてSlackに上げる。

 前はLINEで依頼が来たが、さすがにヤバいでしょ、とSlackになった。

 妻の言葉を思い出して、「ライドンキング」を提案、6冊まとめて企画扱いになった。


 最新刊を買っていなかったので、ネタ探しも兼ねて本屋へ行く。最近、人気の中華後宮物の新作を漁った後、ふと見ると秋田書店の棚の前、「バキ」の隣に「小説ゆうえんち バキ外伝」が並んでいた。「バキ」は説明の必要もないだろう。アニメにもなった格闘技マンガの傑作で、作者は板垣恵介。圧倒的な筋肉と格闘技描写の迫力、ケレン味あふれるストーリーさばきで熱狂的なファンを誇る。


 「小説ゆうえんち」は、「バキ」の外伝小説で、作者は夢枕獏。

 歴史伝奇、格闘技、オカルトから登山ネタまで、独自の筆致で描き出すベストセラー作家だ。格闘小説の傑作「餓狼伝」を板垣恵介が漫画化していたから、その縁だろうが、もう70近いはずだ。

 獏さん、週間連載なんて。


「ひゅおおおおおおお」


 思わず、「キマイラ・吼」めいた雄叫びを上げそうになった。

 一気に3冊買ってレジに向かう。


 どこで悩んで時間を使ったか分からないが、本屋を出ると夕闇が迫っていた。

 滑り込みで、鳥貴族に入り込み、ビールとつくねを頼む。


「アルコール、ラストオーダーです」


 2021年7月5日、コロナ蔓延防止のため、東京都内のアルコール提供は19時までだ。追加でレモンサワーを一杯。知り合いのシナリオライターがそうやっていた。


 それより獏さんだ。


 焼き鳥をかじりながら、「小説ゆうえんち」を開く。

 まず、「コミック・ノベル宣言」という前口上。獏さんの人徳が伝わってくる名文だ。ビールをぐいっとあおる。


 そして、本編は「喜谷君平の証言」から始まる。「バキ」本編で多用される、目撃者からの証言。早くも、獏さんは「バキ」のコンセプトをぐいっと掴み取ってくる。

 そして一行目。


「おれは、花山薫だね。」


 この言い切り方がいい。

 強い男の話をする時、バキの登場人物たちは、こういう風に断言する。

 ためらわない。

 奴らは強い男を知っている。喜谷君平もそうだ。

 誰が強い? という話になれば、ためらうことなく、喧嘩屋の花山薫を上げる。


 そして2行目。


「まっすぐだからね。」


 分かる、分かる、分かる。

 喜谷、おめえ、わかっているじゃねえか。

 それだよ、それ。


 いつの間にか飲み干していたビールを横に置き、レモンサワーで乾いた唇を湿す。

 4行目には、文成仙吉ふみなり・せんきちの名前が出てきて、バキ・ワールドが獏ワールドに合体する。もうこの二つが地続きになっちまった。

 名人の文章ってヤツだよ。


 1章目、最初の場面は屋台のラーメン屋だ。


 太い指をした親父が少年の前に、ごとりとラーメンの丼を置く。


 ごとり。


 ああ、ここだけでいい。

 そして、藤田勇利亜の力強い絵が突き刺さる。


 ああ、いいねえ。


 さて、小説を肴にもう一杯、とレモンサワーを持ち上げたが、もう空だった。


「ラスト・オーダーです」


 店員が済まなそうに言う。蔓延防止のため、飲み屋も8時で閉店だ。2年前には想像も出来なかった話だ。まあ、後は家で飲もう。妻が「ライドンキング」を待っている。



Twitterで、「孤独のグルメ」の読書版みたいなのがほしい、という声を聞いたので、書いてみました。


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