『I love you』が訳せない
英語の勉強をしていると、割と『I love you』の文を見かける。テキストの傾向によって異なるのかもしれないが。
かの夏目漱石が『月が綺麗ですね』とでも訳しなさいと言ったエピソードはあまりに有名である。二葉亭四迷は『私死んでもいいわ』と訳したらしい。
このように、『I love you』の訳し方に文才が出るというのはよく云われている。
俺はこれを翻訳するのが苦手でたまらなかった。
『私はあなたを愛しています』以外、なんと言えばいいのか。
⋯⋯というのを、友人の家に来て駄弁っていた。
「日本人は『我君を愛す』とも『愛してる』とも言わないかもしれないけど、イギリス人だって『月が綺麗ですね』とは言わないし」
「まぁ確かに」
友人はゲームで、必死に海の幸を採っている。俺の話も半ばにしか聞いていなさそうだが、構わずに話し続ける。
「英語で『I love you』以外に愛を伝えようとしても『the moon is beautiful(その月は美しい)』には絶対ならなくない?」
「あー⋯⋯、せめて『You are beautiful like a moon (あなたは月のように美しい)』とか?」
「月が出てればそれもアリかもだけど、『I love you』出てくるとき月ってそんなに出てこないんだよ」
「訳せないってそういうこと?」
友人は目当ての海の幸捕獲に飽きたのか、ゲーム機をスリープ状態にしてこちらを向いた。
「シチュエーションの問題?」
「うーん、そんな感じかなぁ。結局どんな場面で出てきても『愛してます』はそれなりにしっくり来るよ。変に気取って訳してもさ、雰囲気壊しかねないし」
「つまり、なに、状況に合う訳を探したいの?」
「ぴんと来ればね」
「もうそういうボードゲームでも作ればいいと思う」
「え、例えば?」
変わったことを言い出したぞと、俺は目を輝かせて見つめた。この友人はたまに、割と面白い発想をする。
「なんかさ、シチュエーション書いたカードをめくって、それっぽい『I love you』の訳を言うんだよ。で、アリかナシかで相手が判断するの。可決多数でポイントゲット」
「え、それ今やる!?」
「カード作る気しないから口頭で出題でいいなら」
そんなわけで、新しいゲームが始まった。
「じゃあ俺から出すね、食事中に『I love you』!」
「食事中に変なこと言うなよ」
「そういうゲームなんだよ」
「えー、⋯⋯『あなたと食べるご飯が美味しい』?」
「お、なんかよさげ」
アリ、と押して友人が照れる。
そして友人が出題したのは、
「何気なく『I love you』」
中々頭を悩ませる一問だった。
何気なくって、意味が広すぎない?
うんうん唸っていると、友人はくすくす笑いながら生暖かい視線を向ける。
腹が立ったので、なにかひねり出してやろうと閃いたのは。
「⋯⋯『今、幸せです』」
「! ⋯⋯もうそれ優勝でよくない?」
「うん。男ふたりで虚しいし、やめない?」
なおその後、このゲームが気に入ったので、他の友人を混じえて時々行うことになるとは、まだ知らなかった。
2021/01/15
逆にI love youの意訳である『月が綺麗ですね』は、『The moon I see with you is the most beautiful』になるのか、それとも『You and I see the moon is most beautiful』とかになるのかと考えたのですが答えがわからなかったです。