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1-3

「殿下!」


 それまで見守っていたハロルドが、エディの行動を止めた。

 エディは彼をにらみつけて、「手出しも口出しもするな」と目で制止する。


 エディの誘いに乗るかたちで、ジェイラスも剣を抜く。

 圧倒的に力が足りない彼女だが、技術はそれなりだと自負していた。ところが、いざ剣を手にすると、いつもの数倍重く感じられた。

 自分から言い出してしまった勝負だ。簡単に負けるわけにはいかない。


 健康な体だと、ここにいる者たちに見せつけるだけでいい。そう自分に言い聞かせながら弟の出方をうかがう。


「では、参ります!」


 ジェイラスが宣言とともに、踏み込んでくる。無駄のない動作から繰り出される剣を、エディは全力で受け止めた。


(……重い!)


 半年の差で誕生した弟に力で敵わなくなったのは、数年前だ。それでも、エディは努力を重ね、俊敏さを生かしてなんとかごまかしてきた。

 万全の体調で闘っても勝てないのだから、今のエディが相手にするのは無謀だった。

 エディは弟の剣を必死で受け流すが、反撃すらできない状況だ。

 まだなにもしていないのに、すでに息があがっている。


(どんなに無謀でも、一撃だけは――)


 ジェイラスの攻撃の隙を見定め、エディは攻勢に転じた。体力がなくなる前に、闘えるところを見せておく必要がある。

 けれど、間合いを詰めようと地面を蹴った瞬間、エディの視界が揺らいだ。


(また目眩だ――)


 そう自覚しても、相手の動きは急に止まらない。

 ぼんやりとした視界に映るのは、大きく剣を振りかざすジェイラスの姿。その直後、エディの体に衝撃が走る。


「……くっ」


 まともな受け身も取れずに、エディは後方に吹っ飛んだ。

 左肩、少し遅れて臀部や背中が激痛に襲われた。


「兄上!? 申し訳ありません」


「よい……。気に……するな……」


 視界が暗くなり、油断すると意識を失いそうな状況だった。

 困惑した様子のジェイラス、それから駆け寄ってくるハロルドの姿があった。

 エディは朦朧とした意識の中で、痛む左肩を確認する。着ていたシャツは破れ、一部が赤く染まっていた。刃を潰してある剣だとしても、まともにくらうと怪我をするのだ。

 切り傷は大したものではない。どちらかというと打撲の痛みがつらかった。


 今、気絶したら誰かが勝手にエディの服を脱がせ、手当をするかもしれない。

 とにかく起き上がらなければいけないのに、エディの体は動かない。


「殿下、出血があります。すぐに応急処置をいたしますので……お許しください」


「必要ない。離せ」


 ハロルドがエディのそばに膝をついて、シャツを脱がせようと手をかけた。

 エディの左腕は痛みで震え、思うように動かせない。なんとか右手で彼の腕を掴み、拒絶の意思を見せる。


「なりません」


「必要ないと言ったのだ。二度も言わせるな……」


「……その命令には従えません」


 ハロルドはきっぱりと断言し、エディの抵抗を無視し、シャツのボタンに手をかけた。


「や、やめろっ!」


 油断すると意識を失いそうな状況では、まともな抵抗すらできない。

 鎖骨や、その下に巻かれていたさらしがあらわになったところで、彼の手がピタリと止まる。


「殿下……」


 ハロルドの目が見開かれた。

 さらしが巻かれている部分をしばらくじっと見つめている。


「……お願いだ。言わないでくれ……黙っていて。……これにはわけが……」


 沈黙に耐えきれなくなったエディは、声を震わせ、小声で懇願した。


 まだ大丈夫。ハロルドはきっと主人を裏切らない。彼以外の人物は、まだ第一王子の秘密に気がついていない。彼が見なかったことにしてくれるだけで、この場をやり過ごせる。


 そんな願望混じりの言葉が、次々にエディの頭に浮かんでは消えていく。


「申し訳ございません……。殿下の(めい)には、もう従えません」


 それは無慈悲な宣言だった。


「メイスフィールド侯爵。兄上のお怪我は!? 大丈夫なのか?」


 異母兄を気にかけるジェイラスが、エディの怪我の様子を確認しようとして近づいてくる。

 するとハロルドは自分の上着をサッとエディにかけ、彼女の肌を隠し、そのまま抱き上げた。


「ジェイラス殿下。私はエディ殿下をお送りして参ります。……エディ殿下は、女性――王女であらせられました。のちほど、私から報告をさせていただきますが、一旦失礼させていただきます」


 きっと、心が凍りつくというのはこういう状況を言うのだろう。

 エディはハロルドに抱き上げられたまま身を小さくして、ギュッと目を閉じて嗚咽をこらえた。


 もう誰の顔も見たくなかった。声も聞きたくなかった。

 彼女の願いはその部分だけは叶えられたのかもしれない。ジェイラスも、その侍従も、言葉を失い、沈黙だけがその場を支配した。

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