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誕生日の翌日。偶然訪れたチャンスにハロルドは動き出した。
エディ本人が積極的に助かろうとしない状況だ。これ以上のんびり機会をうかがっていたら最悪の事態となる可能性があった。
エディは秘密を暴露したハロルドをにらみつけ、裏切りだと言って泣いていた。今までどんなに不遇でも、決して涙を見せなかったのに。
彼女に嫌われてもハロルドが共犯者になることは絶対にできなかった。
ハロルドが第一王子の性別詐称に一時的であっても加担したとなれば、一緒に罰せられ、王宮から去ったあとの彼女の受け入れ先の候補から外れてしまうからだ。
彼女が憤る理由は、おそらく保身のためではない。
ハロルドを巻き込まないように、これ以上自分のせいで不利益を被らないように――そんな内心が透けて見えた。
彼女が他人ばかりを優先して自分の身を大切にしないなら、誰か一人くらいエディという名の少女のことだけを考えて行動する者がいてもいいはずだ。
エディに自害しないように釘を刺したハロルドは、毒の件を含めすべてを国王に報告した。
施政者としては無能というわけではないのに、私人としては完璧とは言い難い。ハロルドから見た国王は、そういう人物だった。
今回、私的な過ちが王位継承や外交にまで影響を及ぼしたのだから、世間の評価は変わっていくだろう。
「アビゲイルの周囲に何人集まろうが、王位継承者がエディであることは揺るがない……そう思っていたのだがな……」
報告書に目を通した国王が、まず心配したのは王位継承問題だった。
アビゲイル・カーシュと第二王子にどれだけ取り巻きがいようと、継承順はあくまでエディが上だった。
(もしかしたら、国王は無意味にカーシュ夫人に甘いわけではなかったのか……?)
甘い汁を吸うことだけに熱心な人間が誰か――それをわかりやすくするために、国王はあえてカーシュ夫人に近づく者を排除せずにいたというのだろうか。
そしてエディに王位継承の可能性がなくなり、ジェイラスの周囲に不安を感じた――そんな様子だった。
結局、ただエディに無関心だっただけの国王が罰せられることはない。
王族が愛妾を持つというのは、この国では特に悪いことだという認識がないからだ。
それでも優秀な後継者に無関心で、愛妾と第二王子の取り巻きに対しなんの対策もしてこなかったつけはきっと国王自身が払うのだろう。
日を改めて、ごく一部の重鎮だけが集められ、第一王子の性別詐称に関わった者たちについての処分が話し合われた。
主犯の王妃は、隣国との関係悪化を避けるために、処刑ではなく幽閉となった。
そもそも王妃が愚行に及んだ原因は、国王にある。下手をすれば、友好のために送り出した王族を蔑ろにしたことが発端となり、戦争になりかねない。
だから毒の件は隠蔽され、王女の性別詐称の罪のみで、関わった者たちへの処分が決まっていく。
この処分には納得できないハロルドだが、同時にエディのためには最善だともどこかでわかっていた。
母親に毒殺されそうだったという事実は、たとえ彼女自身が気づいていたとしても公にしないほうがいい。
エディの幸福な未来に、その真実はあまりに重すぎて邪魔だった。
最終的に王妃は幽閉、医者は終身刑、女官たちは都からの追放――という罰が妥当という結論になった。
そして、エディにはどこかで静養という案が提示されていたが、ハロルドが彼女の降嫁を強く望み、それを押し通した。
名誉を保ったままの死を望んでいたはずのエディの行動を止めたのは、ハロルドだ。
静養ならば、穏やかに暮らすことだけは保証されるが、ただ生かされているだけ。
降嫁し、貴族として暮らすのならば、好奇の目に晒され、辛いこともあるだろう。けれど彼女にはそれでも自由に生きてほしいとハロルドは思った。
王妃や国王――彼女を愛さなかった者を見返すためには、誰よりも幸せになるしかないのだ。
そうして、ハロルドはエディを迎え入れる準備を調えた。
彼の推測では、可愛らしいものが大好きな彼女のために、これでもかというほど甘い雰囲気の部屋を用意して……。
◇ ◇ ◇
新婚初夜。晩餐のあとしばらく領地関係の書類と格闘していたハロルドのところへ、グレンダがやってきた。
「申し訳ありません……。エディ様は本日、大変お疲れのご様子でして、その」
新婚だというのに、花嫁が早々に眠ってしまうという事態に、彼女は困惑している。
ハロルドにとっては想定内だった。
「わかっている。エディ様は離婚したいそうだから、白い結婚を貫くつもりらしい」
「……離婚、でございますか?」
「心配する必要はない。どうやら私のためを思って、身を引きたいらしい。あの方がおかしな行動をしても、広い心で受け流しておいてくれ」
ハロルドは書類を片付けてから立ち上がり、就寝の支度をする。
それから主寝室には行かず、堂々とエディの私室に向かった。夫婦なのだから、ハロルドの行動を止める者は誰もいない。
唯一、その権利があったはずのエディは、薄情にも先に眠ってしまったのだから。
ハロルドはエディの隣に寝そべり、彼女を後ろから抱きしめた。
「残念。あなたの考えなどお見通しなもので」
使用人の前で夫婦の不仲をアピールするつもりなのだろう。
彼女の年齢や、体調を考慮してすぐに本当の夫婦になる気はないハロルドだが、仲を深める努力はするべきだと思っている。
「……かなり苦労したんですから見返りくらいいただかないと」
エディからの返事はない。ただ、スー、スー、と穏やかな寝息が聞こえる。熟睡しているのをいいことに、ハロルドは彼女の頬に触れ、唇を寄せた。
「りこん……」
「離婚……なんて、笑わせないでくださいね?」
王位継承権を失い、重大な秘密からも解放されたエディは、案外わかりやすく素直だった。いじらしく、ハロルドのために離婚しようと奮闘しているのだ。
それは無駄な努力だった。
メイスフィールド侯爵家は、利益をもたらさない花嫁を選んだ程度では揺るがない。
それに、エディは役立たずの花嫁ではないのだ。王子時代に培った知識は、きっとハロルドの助けとなるはず。
できることなら、自分でそれに気づいてほしいと彼は望んでいた。
「……可愛いな。同情だけではここまでしませんよ」
「ん……、離婚しろ!」
「しろ! って……。せいぜい足掻いてください。本当に退屈とは無縁でいられそうだ」
エディが身じろぎをすると、彼女が抱えていたらしい、ふわふわとしたなにかがハロルドの手に当たった。
「ウサギは見たくないとおっしゃっていませんでしたか?」
嫌いな男からの贈り物を抱きかかえて眠る女性がいるのだろうか。
そういう詰めが甘い部分があるから、ハロルドは彼女と離れられないのだ。




