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校内迷子 初級

「いや、こんなにワクワクするのは何年ぶりだぁ」


パーマのかかった黒髪を目の下まで伸ばしてうっとおしそうにしながら、その男子生徒は僕の肩を抱いて渡り廊下を歩いた。

肩に置かれた腕がもちろん邪魔だし、僕はそんなふうに親しげにされるのは嫌だったが。

そいつ、父さんが顔を真っ赤にしてとても嬉しそうにしていたので、なんとなく言うのはやめておいた。


「父さん、名前は?」


「俺の今の名前か? カーズって名前にした。ユウキ、お前はなんだ?」


その時、少し胸のあたりがもぞもぞした。

まただ。

でも今は気にしない。


「ユウキだよ」


キャラメイクの時に名前の変更もできた。でも僕は他の項目と同じように、とくにその部分を触らなかった。


「ちょっと」


突然、父さん、カーズは背後から肩を叩かれた。


「その子、迷惑そうにしてるだろ。腕下ろしてやんな」


僕らが振り返るとそこには、険しい顔をして僕らを見下ろす。背の高い女子生徒がいた。

茶色い長い髪を肩より下で束ね、腕まくりした制服からは筋肉質の腕がのぞく。そして何より僕らは驚いてしまったのだけれど、彼女の肌は灰色をしていた。


「聞いてるのかい? その寄っかかったような格好が私の気に触るんだ。その子に迷惑かけないように歩けない?」


その女子生徒はカーズに苛立っているようだった。

睨まれて父さんは背筋を正すと、首をブンブン横に振った。


「いや、別に寄っかかってないです」


「きみらは」


灰色の肌の女子生徒は気の強そうな目で僕を見つめた。


「入学前から知り合いなの?」


「そうだけど……。」


なんだか、怒られているような気持ちだ。


「……私レミーって名前。もし困ったことがあれば私にいつでも相談しな」


険しい顔のまま彼女は去っていった。


「キャラメイクのとき肌をあの色にしたのか?」


父さんは冷や汗をにじませたまま、平静を装うように言った。

入学早々締め上げられると思ったのかもしれない。


ブーン、と振動音がする。


また胸のあたりがもぞもぞしたので、胸ポケットに何かがあることに僕はその時初めて気づいた。

胸ポケットから手帳らしきものを取り出す。

見てみると、それは手帳サイズの機械端末だった。

機械端末の表面はほぼ同サイズのディスプレイで覆われている。

そこに「フランク・ベルファング学園 生徒手帳」と表示されていた。


「これ、生徒手帳?」

「へぇ、そんなのがあるのか、俺も今気づいた。……ユウキ、なんか右下にびっくりマークが出てるぞ。」


注意を引くように、画面の右下にびっくりマークと「新しいアンロックがあります」の文字。

僕は光るその文字をタップする。


すると、画面が変化した。


「友好度:ハルがアンロックされました。」

スキル「クバトラスの親子愛」1→2にレベルアップしました。

「友好度:カーズがアンロックされました。」

スキル「クバトラスの親子愛」2→3にレベルアップしました。

「友好度:レミー がアンロックされました。」


立て続けに文字が表示される。

意味がわからないまま画面を見ていると、表示されているページが変わった。


"ユウキ・カトー 友好度一覧"

ハル   ★★★★☆

カーズ  ★★★★☆

???  ☆☆☆☆☆

???  ☆☆☆☆☆

???  ☆☆☆☆☆

???  ☆☆☆☆☆

レミー  ★☆☆☆☆

???  ☆☆☆☆☆


桃色の画面に星のマークが並ぶ。

下にスクロールしてみると、この表記は何十と続いているようだった。


「なんだろう。これ?」


カーズに見せてみる。


「さあ、父さん、機械音痴だからわからん」


カーズは前世と変わらない口調でそう言った。


「まあ、いいか」


僕は生徒手帳を再び胸ポケットにしまって、先に進もうとした。


「あれ?」


周りをはたと見る。


「どうした?」


「みんなは? 他の新入生。」


「いや、こっちに……。いないな。」


渡り廊下が縦横に伸びる中庭で僕らは立ち止まっていた。

網目のように何本か伸びる屋根付き廊下、立ち尽くしてくるりと回ったりしてみると、簡単に自分がどこからきたのか、どこへいくのかわからなくなった。

新入生だから、建物に見覚えもない。


「どこに行けばいいの?」


「さあ、父さん方向音痴だから……。」


カーズはまた前世と同じような口調で言う。


「カーズ、もう、自分のこと父さんっていうのはやめて。」


「なんでだ? まぁ、言わないようにするけど」


「とにかく、教室を探そう」


外は雨だ。渡り廊下の屋根がなければ当然僕らはびしょ濡れになる。

それでなくても寒くなってきた。





「ねぇ、ここどこ?」


「カーズは方向音痴だからわからん」


寒さにガタガタ震えている。


「ちゃんと一人称使って」


「わかったわかった。それより早く教室に連れて行ってくれ」


僕らは学園内を歩き回って、どうやら学園外にたどり着いたようだった。

知らない施設って、どうしてこんなに入り組んでいるんだろう。


学園の塀らしきものを横目に、今度は塀を境にどっちが内でどっちが外か分からなくなっていた。

塀と少し離れて平行に並び、空いっぱいに桃色の花を咲かせる並木がある。

並木がある方が内側だろうか?

もしかして外側だろうか?


屋根付きの道は内にも外にもどっちにもある。

なんで?


迷いながら並木を見ていると、桃色の何かがその下でゆらゆらと揺れていた。


雨と一緒に落ちてきた花弁かと思ったけれど、どうやら違う。


「おーい」


その何かが僕らを駆けながら呼んでいた。


「こっち、こっちー」


その'桃色'はフワッと一瞬浮かび上がると、どっと音を立てて落ちた。


「いったー、転んだー」


彼女は尻餅をついて、腰をさすった。

雨に濡れた花びらとぬかるんだ土に滑って転んだようだった。

その前に、よく傘もささずに外を走れるな、と僕は思った。


「僕、行くよ、まってて」


「あ、ああ……」


カーズを屋根の下に置いて、彼女のところへ向かった。

尻餅をついていたのは、同じ学園の女生徒のようだった。

肩まで伸びた桃色の髪にぽたぽたと雨粒がおちてきている。制服も濡れているし、靴も泥だらけだ。

もちろんスカートの尻のところも泥だらけになっている。


「大丈夫?」


声をかけると、女生徒は僕を見て、恥ずかしそうにした。


「いやもー尻が痛くて尻が……」


泥のついた手でうっかり頭を掻いてしまい、彼女はますますひどい様になった。


「立てる?」


立つのが難しいのかと思って、手を差し出す。


「え? あ、ありがとう」


泥まみれの手を出そうとして、急に申し訳なく思ったのか、わざわざスカートのポケットからハンカチを出して手を拭き始めた。

気にしなくてもいいのに。


「いやでも、尻尻言ってごめんなさい。なにこの女って思ったよねぇ? でも走るのなんて久しぶりで、地面はぬるぬるして滑るし……」


早口で言うと、彼女はやっと僕の手を掴んで立ち上がった。


「ありがとうありがとう」


恥ずかしそうに顔を上気させていた。


「ユウキくんでしょ、私同級生のユーリ。迷子になってるんだろうと思って探しにきたんだ」


ブーンとまた生徒手帳が震えた。

僕は生徒手帳を確認しようかと思ったが、思い直して、ユーリに話しかけた。


「それはありがとう、でもとりあえず屋根の下に行こう」


「そうだね」


「でも、よく僕らを見つけられたね。学園の中はもうわかるの?」


「ううん、知らないよ。なんとなく、勘で走り回ってたら見つけられたね」


ユーリはまるで昔からの友達のように、はにかんで笑った。

八重歯がのぞいたその笑顔にドキッとする。

その時また、生徒手帳がブーンと震えた。


なんなんだ?

この生徒手帳。


「ユウキくんと、カーズくんで合ってる? じゃあ、教室まで案内するね。」


ユーリに先導されて歩いた。


「いやぁ、助かったな。ユウキ、このまま教室にたどり着かなかったら大変だったぞ」


「ユウキくんとカーズくんは、入学前からお友達なの?」


ユーリは僕らを見比べていた。


「友達じゃないよ」


「そうなんだ」


「いや、そうじゃなくて」


友達じゃないのは確かだけど、親子だともなんだか言えない気がした。


「まぁ、友達かな……?」


カーズは嬉しそうにうなずいた。


「ああ、友達だ」


僕らは数分歩いてやっと教室にたどり着いた。


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