ペンギンの神様 クバトラス
その人は洞窟の入口から静かに現れた。
僕たち三匹は昼ご飯の後の昼寝の最中で、腹を天井に向けて寝ころんでいた。
「すいませーん、ちょっとおはなしいいですか?」
かがみがちにこちらをうかがう、長髪の女性が僕らにおそるおそる近づいてきた。
外はまだ嵐のはずだ。靴に雪がついていた。
でも不思議なほどその女性の体には雪がついていない。
「人間だ」
クエクェと父さんは鳴くと、すぐに起き上がって女性に近づく。
「わぁ、ちょっと、急に近づいてこないで、獣が苦手なんです私!」
女性は羽織っていた黒いマントを体に巻き付けるとあとずさった。
「俺たち家族を助けてくれ。嵐でこの洞窟を出られないんだ。」
クエクェと泣き続ける父さん。
きっとこの女性には父さんの言葉は伝わっていない。
「あぁ、ごめんなさい。何か言ってるみたいだけど、私クバトラス神の言葉は解せないのよね。山のふもとの神官ならわかるみたいだけど……。」
「クバトラス神?」
僕は母さんと顔を見合わせた。
「一応拝んでおこうかしら」
女性は手をすり合わせて目をつぶった。
「素敵な人と巡り合えますように」
小声で何かつぶやいている。
「おい、人間。なんでもいいから俺たちを助けてくれ、ここから解放してくれ!」
父さんは女性の足にすり寄って、ますますクエクェと鳴いた。
「きゃあ! だから私毛の生えた動物が苦手なの! 何か言ってるのは分かったから、ちょっと待って」
女性は僕らから数歩離れると、息を整えて目をつぶった。
小さな声で何かを唱えている。
その直後、彼女の体の周りを、光の帯が駆け巡った。
綺麗な光だった。
僕が前世で見たレーザーやLEDの光とは違う、不思議で柔らかな光。
「魔法みたいだ……」
僕はつぶやく。
「魔法なんですよ」
女性は僕を見て得意げに笑った。
「僕の言葉がわかるの?」
「今、魔法でね。あなたたちの言葉がわかるようにしたんです」
にこにこと笑顔でかがんで僕らを見つめるその魔法使いは、懐から紙片を一つ取り出した。
「これ、メーシです」
僕はその紙を両手に乗せてもらった。
紙には文字が書かれている。
〝ベルファング商会 顧問魔法使い ライラ・フィニエスタ″
父さんと母さんもその名刺をのぞき込んだ。
「社長から聞いたんですけど、この〝メーシ”なるものがあると、あなたたちは安心するんでしょう? 私にはこの文字は読めないけれど」
このライラという人は魔法使いでどこかの会社に所属しているらしい。
「魔法使い、ということはやっぱりここは異世界なんだな」
父さんが興奮した様子で言った。
「とりあえず、詳しい自己紹介やらお話はこれから……」
ライラはその場に座り込んで僕らを落ち着いた瞳で見つめた。