天文学ガイダンス
学園の授業は主要科目として、言語学、数学、自然科学、社会学の四つが採られている。その他、学年毎に変わる必修科目に魔法、戦闘技術、応用科学などが加わり、どの学年でも履修できる選択授業にさらに多種多様な学問が用意されていた。
勉強は楽しい、ような気がする。
クバトラスとして洞窟に篭っているうちはできないことなのは間違いない。
どちらがいいかは比べられないけれど、学園に入ってしまっている以上、とりあえず目の前の勉強に打ち込んでみようと僕は思った。
その日は、4次限目に初めての選択科目2の授業があった。カーズとハルと一緒に選択した天文学の授業だ。
「2人はもう夜空を見たかしら? ここの夜空は本当に綺麗よ」
ハルが校舎屋上へ向かう階段に登りながらそう言った。
「そうなんだ。そういえば山の天気はいつも雪の嵐で空なんて見えなかったね。しっかり見たことないなぁ」
「空なんかみて楽しいか?」
カーズは欠伸しそうな声で言う。
寝不足みたいだ、また寮で夜通し遊んでたんだろうか。今日は遅刻しなかったけれど。
「なんで天文学とったの?」
「そりゃなんとなく。家族仲良く一緒に勉強すればいいだろぉ」
別に一緒に勉強することは構わないけれど、カーズは起きていられるんだろうか。ただでさえ空になんて興味なさそうなのに。
階段を上り切った先の細い扉を開けると、広々とした屋上が広がっていた。前に来た時は雨と曇り空であまり印象に残らなかったけれど、快晴の今日は一変して、どこまでも続く空の中にできた浮島みたいに、遮るもののない青空と浮き雲が僕らを囲んでいた。
屋根型のテントがいくつか、大きなテーブルと数個の椅子のセットが3つ。
前来た時と違う点は、その勉強用らしき机とそれを覆う屋根ぐらいだった。
天文学の授業を受ける生徒は僕らの他にもいるようで、数人が既に席についていた。
天文学の教師であるタカ先生は、授業の準備のために、大きなイーゼルに大きな本を置いているところだった。
「また席替えをするが、とりあえず好きな席に座りなさい。」
先生は僕らを見つけるとそう言って、テーブルを指差す。
しばらくするとまた数人の生徒が屋上に現れて、9人になったところで授業の鐘が鳴った。
先生はイーゼルの横にやけに足の長い椅子を置いて、ほとんど寄りかかるように浅く腰掛けた。
「では、天文学の授業を始めようか。」
ハルは向かいに座る僕を見ると、嬉しそうに笑った。よほどこの授業を受けられることが楽しいらしい。ハルの横で、早くも肘をついて手に頬を乗せているカーズに気がつくと、腕をつつて先生の方を見るよう無言で促した。
「このイーゼルの上に乗っているのは、エデナ教真実学会出版の天文図解だ。」
タカ先生は組んだ腕の肘で、ひと抱えはある大きな本を指す。
「イムランダーの奥地にある教会で、学者たちが数十年かけて夜空を観測し、この一冊の本にまとめた。暦の算出方法についての詳細な考察も書かれている。星一つ一つの動きについての何人もの学者の論説もある。」
俯き加減に先生は僕ら生徒の顔一人一人をちらとみていった。
痩せ削れた骨のような顔に深い影ができて、怖かった。
「まずはこの学者たちに敬意を示せ。彼らの労力、頭脳、犠牲。それらの上で今のエデナ世界は成り立っている。」
バタン、と音がして驚くと、目の前でカーズが額を抑えていた。こんな時に眠って額を机にぶつけたらしい。
タカ先生は当然ながらカーズを睨みつけた。けれど、まるで無視するみたいに、何も言わない。
「イだ!」
カーズが叫ぶ。ハルが腕を強くつねったからだ。
「この天文学の授業をとる生徒には2種類いる。非常に雑な言い方だが、この学問を学ぶ意味がわかっている者とわかっていない者だ。前者と後者では教えられる内容が違う。だからグループを二つに分ける。学園には許可を得ているから不満には思うな。今からテストをする。そのあとで寝たければ寝なさい。」
先生は立ち上がると紙を生徒たちに配った。
配られた紙は白紙だった。
紙の上部に名前と学年を書くように言われる。心配でうかがうとカーズもちゃんと名前は書いているようだった。
「テストは一問。私が終わりと言うまでの間に考えた答えを紙に書くこと。何文字でもいい、図示したければ絵を書けばいい。」
先生は席に戻ると僕らを見下ろした。
テストと聞いて僕は緊張した。何を試されるんだろう。
「では今から問題を言うから、聞き漏らすなよ。」
僕以外の生徒も集中しているようだった。
誰も無駄なことを言わない。
「星について知っていることをかけ」
はい、始め。と先生が言うと、みんな黙ってテストに取り組み始めた。
僕は、ふと、さっき先生が言っていたことを思い返してしまった。
わかっている生徒といない生徒で教える内容が違う、と言っていた。単純に考えて、生徒を振り分けているんだと思う。優秀な生徒とそうでない生徒を区別している。
緊張するし、胸の奥を覗かれるようなきみの悪さを感じた。
星ってなんだ。
僕は星を見たことがあっただろうか。
「はい、終わり」
僕は答案を白紙で出した。
頭の中がはっきりしない。回答しようとすると眠る前の何回も繰り返される微睡のようにぼーっとしてしまう。
回収した答案をもとに先生は席を振り分けた。3つのテーブルに3人ずつ。
僕は先生からみて右端のテーブルに分けられた。同じテーブルにはカーズともう1人、ゆるいウェーブのかかった短髪の女子がいた。ハルは僕らとは違うテーブルに分けられていた。
「では資料を配る。私が書いた冊子だ。粗末に扱うなよ。」
そう言って先生は僕ら以外のテーブルに冊子を配った。
「今後はテーブルごとにグループになる。グループで研究、発表してもらうから、今から互いに自己紹介をしておきなさい。」
言われて僕ら以外のテーブルの生徒たちは自己紹介を始めた。
僕らは先生から資料が配られていないことを不安に思いながら互いに目を合わせる。
「なんで俺たちにはないんだ?」
カーズが不満げに言った。
「お前らは」
タカ先生が大袈裟に足音を立てて僕らのテーブルの前に立った。
「別授業だ。」
わざとらしく眉を吊り上げ、口を噛み締めている。
「サリーはいい。真面目に回答している。」
サリーと呼ばれた同じテーブルの女子はぽかんと口を開けた。
「だがお前たちの回答はなんだ。ユウキ、お前は白紙で、カーズ、お前は、ふざけているのか。」
テーブルに置かれた回答用紙のひとつは白紙。もう一つには絵が書かれていた。⭐︎マークだ。
「星だろ。何がいけねえんだよ。」
「ここは天文学の授業だぞ。その言い草がふざけているんだ。」
先生は頭を抱えた。
「あの、別授業ってことは、私たち、"わかってないグループ"ですか?」
サリーは力の入ってない口調でそう言った。
「さっきの言い方には語弊があったな。だが、たしかに、お前たちにはあることがわかっていないから、教えられないことがある。それがわかるまでは、許された範囲までしか私から教えることはできない。しかし、教えるのはまごうことなき天文学だ。残念に思う必要はない。サリー、君が書いた回答は素晴らしかった。きっとこちらのグループでも、いや、こっちのグループの方が君の知りたいことを学べるだろう。」
先生はそう言って僕らのテーブルから離れた。
僕は落第者になったような気がして落ちこんだ。でも回答を白紙で出してしまったのだから仕方がない。
「自己紹介、しようか」
カーズもサリーという名前の女の子も黙りこくっていたので、とりあえず声をかけた。
「えーと、まず、僕から。……僕の名前はユウキ・カトー。1年です。」
「俺はカーズ・マイロ。同じく1年。」
サリーは自己紹介の番が自分に回ってきたことに気づくと、小さく口をあけた。
「わたし、サリー・ウィンダム。2年だよ。」
胸ポケットの生徒手帳が震えた。きっとサリーとの友好度の部分の更新があったんだろう。いちいち気にしないことにした。
「なぁ、母さんはあのテストなんて書いたんだろうな」
カーズはサリーの前でも気にも留めずに、ハルのことを母さんと呼んだ。
サリーはぽかんとしてカーズを見たが、そこまで興味がないらしく、ぼーッとして何も言わなかった。
「わからないよ。僕にだって正解がわからないんだから」
「お前はわざと白紙で出したんじゃないのか?」
「なんでそんなことする必要があるの」
「お前は自分を低く見せようとするところがあるからな」
父さんはわかったようなことを言う。
バツが悪いので話を変えよう。
「ねえ、あの」
僕はサリーのことが気になっていた。
「ウィンダムさんはなんて回答したの?」
サリーはふと僕に視点を合わせると、手を小さく揺らした。
「サリーでいいよ。たぶんあなたたちの方が年上か同い年くらいだから。」
たしかに一年先輩とはいえ、サリーは僕らより幼く見えた。
「サリーは星のことをなんて書いたの?」
「わたしはおばあちゃんから聞いた星の見方について書いたの」
サリーは先生の言う通り真面目に回答したみたいだった。でも僕らと同じ落ちこぼれグループに振り分けられた。
なんだか気持ちが病んでしまいそうだ。
あまり考え込まないようにしよう。
「とりあえず、グループで協力して、勉強頑張ろうね」
サリーを元気付けるつもりでそう言った。やる気のないカーズの面倒は僕が見ないといけないだろうし、そうしなければ真面目そうなサリーがかわいそうだった。
「うん、と、……よろしく」
サリーは当然ながら僕の思いなど知るわけもなく。小さく頷き返してくれた。




