モフモフのケモノ
コズミック的なフラッシュが展開されたあと。
僕の記憶に残っている異世界での最初の映像は、染色された布で飾り立てられた岩屋の神棚だった。
僕はそのまさに神棚の中の、何枚も敷かれた暖かい毛布の中にくるまっていた。
(きもちいいな。もうしばらくここで寝ていたいな。)
馴染み深い温もりを感じる。
誰かが僕の隣で寝返りをうっているのがわかった。
(父さんと母さんだ)
僕にはそれが両親であることに少しも疑念を持たなかった。
でも、おかしい。
すぐ隣にいるのだから、触れれば人肌ぐらいはわかるはずなのに。
どうにもモフモフしているし、触った時の弾力も強い。
僕は違和感を振り払えず、起き上がった。
目を擦ると顔がモフモフした。
見ると隣には大きな毛玉が2つ転がっている。
どうやら、この毛玉が僕の両親らしい。
ああ。
なんとなくわかったぞ。
僕は自分の手を見た。
鳥のような、ペンギンのような羽が眼前に現れる。
「人間じゃなくて、変な動物に転生したんだ。」
クエクェと聞こえた。
人間の言葉は喋れないみたいだ。
僕の声を聞いて両親も目を覚ました。
「どうだ、異世界に着いたか……。」
クエクェと聞こえる。でもその声の意味は不思議とわかった。
「父さん、これがその転生なの?」
僕はペンギンのような手を振りかざした。
「なんだこの動物。人間の言葉が喋れるのか」
僕の父親らしき丸い獣は僕を見てぼんやりした顔でそういった。
「父さんもそうだよ。自分の格好見てよ」
僕の父親らしき丸い毛玉は自らの背中やしっぽ、ゆるくカーブした腹や短い足を見た。
「ん? なんだこれは? なんだ? なんだ?」
'なんだ'と何回も言って辺りを自分の姿を見るためにくるくるとその場で回った。
「赤いペンギンじゃないか」
確かに、僕たち三匹は赤いペンギンだった。
ペンギンに似た異世界の動物だった。
僕らはしばらくクエクェと現状を確認するために相談しあった。僕の母は落ち着いた様子で微笑んでいた。
「話と違う」
父さんはそう言い出した。
「ほら、異世界転生といえば、あるだろ。勇者とか魔法使いとか。王族でも令嬢でもいい。あーゆうのだ」
父さんは変なことを言っている。
でも父さんはおかしい人だったのだ。
変なことを言うのは珍しいことじゃない。
「なんの話と違うの?」
母さんが珍しく尋ねた。
「……まぁ、それは、おいおい」
父さんは答えない。
「とにかく、この異世界の状況を確認しよう」
話をごまかすように、岩屋の中をペタペタ足音立てて探索を始めた。
しばらくしてわかったのは、どうやらここは洞窟の中で、宗教的な施設なんじゃないかということと、洞窟の外は雪が吹き荒れる嵐になっていることだった。
この岩屋から出るのは危ない。
幸い、供え物らしき僕らの食物が樽や木箱にたくさん入っていた。果物や乾燥した肉や魚だ。
外の嵐は止む気配がない。
しばらく出られないようだった。
僕たちペンギン家族は何十日もの間、神棚で寝て、供物を食べるだけの怠惰な生活を強いられた。
退屈だった。
「思ってたのと違うな」
父さんは魚の骨を噛んで遊びながら、そんなことを毎日呟いた。
あの人が来るまで毎日。