3.4時間目「剣術」
「はい、朝のホームルームはこれでおしまいです。」
担任のアクリス先生がそう言った直後、教室の扉が開いた。
「すいません、遅くなりました。」
言って入ってきたのは、ハルとカーズだった。
ハルは申し訳なさそうに頭を低くして席まで移動し、カーズは目を半分閉じたような情けない顔をしていた。
たぶんカーズは寝坊で遅刻して、ハルはそれを心配して迎えに行ったんだと思う。
そうだ。父さんは前世の時からそうだった。
仕事によく遅刻していたのを覚えている。
もう一度学生になれるのを楽しみにしていたと思ったのに。
自分の遅刻じゃないけれど、僕は恥ずかしかった。
「うーん、すごいな。授業初日から遅刻かあ。先生、褒めて伸ばすタイプだから、いきなり叱ったりしないけど、明日は遅刻しないようにね」
アクリス先生は汗を浮かべながら、カーズを注意した。
この先生、たぶんこれからすごく苦労するんだろうな、と僕は生徒ながら心配になった。
その日は数学、言語学の授業があって、その後が剣術の授業だった。
訓練場へクラスメイトが移動を始める。
「ユウキ、剣術だってよ! 興奮するなぁ!」
カーズが僕にハイテンションで声をかけてきた。
「カーズ、なんで遅刻したの?」
僕が怒っていることに気づいて、カーズは頭をボリボリ掻いた。
「寝てたら母さんが寮のインターホン何度も押して起こしてくれた。」
「同じ寮の人は?」
「一緒にリビングで寝てた奴と、俺たちを置いて登校した奴といた。昨日先輩たちとゲームみたいなのを夜通しやってたから、そのまま寝ちまったんだよな」
寮によってだいぶ雰囲気が違うんだろうか。
カーズのその話を聞いただけで、なんだか第一ニ男子寮のいいかげんな雰囲気を感じ取った。
「それより、なあ、剣術だぞ。異世界っていったら剣と魔法の世界がセオリーだもんな。やっぱりモンスターを倒したりするんだろうなぁ。」
「まるでモンスターが倒せるみたいにいうけど、僕らなんかが太刀打ちできるかもわからないよ」
「やってみないとわからんだろぉ」
更衣室で運動着に着替え、訓練場に着くと、そこにはすでに、剣術の先生らしき男の人がいた。
授業の始まりを告げる鐘が鳴ると、剣術の先生は生徒を自分の元へ集めた。
「私は基礎剣術の教師、マルクだ。この授業は週一回、授業時間を2枠つかって行う。名前の通り、剣術の基礎を習うと同時に、戦闘時の基本的な動きについて勉強する授業だ。筆記は基本的にない、ひたすら訓練場で身体を動かすから、覚悟するように。基礎中の基礎を修める以上この授業について来れない場合、体力不足か、または慣れが足りないせいだと考えられるので、週一回の授業だからといって気を抜かず自主練習で補うことが大事だ、わかるか。授業中に体力増強を目的とした訓練はしないから、自分たちで己を管理して体力をつけるんだぞ。これが分かってないと」
うんたらかんたら、とまくしたてる。
いつ終わるんだろうと思いながら話を聞いていると唐突に、生徒は立たせられ、木剣をつかまされて並ばされた。
マルク先生は手に機械端末を持って、それを確認しながら順に1人1人生徒を呼んだ。
「今、君たちの戦闘力の耐性、攻撃力ステータスをもとに、順に呼ばせてもらった。練習相手に実力差がでないようにだ。前後で相対しなさい。」
突然そう言われて、生徒たちはざわついた。
今の並び順が戦闘の強さ順ということらしい。
僕は最後から2番目に名前を呼ばれていた。
これはつまり、クラスの中で2番目に強いか、2番目に弱いか、ということになる。
僕は戦闘の経験なんてもちろんない。だから、普通に考えれば、弱い方から2番目ってことになる。
でもーー僕の後ろにはレミーがいた。
背が高くて、乙女ながらに筋肉がしっかりとついている彼女が、戦闘力でクラス最下位なんてありえるだろうか。ありえない。
クラスの何人かは順を見ようとキョロキョロと前や後ろを見た。
「すごいやユウキくん、戦闘力も高いんだぁ」
と、サラムが目立つような興奮気味の声で、誰にともなく言っていた。
いや、いやいや、たぶん何かの間違いだよ。
と、サラムに向けて手を振る。
「騒がない。さぁ、相手と間合いをとって対峙しなさい。」
マルク先生が声を張り上げた。
僕はそろりと隣のレミーを確認した。
クラスの人数は偶数なので、後ろから2番目の僕は最後尾の彼女と対することになる。
レミーと目があった。
「へえー」
レミーは僕を見てニヤニヤと笑った。
「ユウキ、強いんだな。変なやつにやたら絡まれてるから、てっきりいじめられっ子だと思ってたんだ。ごめんな」
レミーの想像はいろんな意味で間違ってない。
レミーはさっさと、僕と間合いをとって木剣を片手に構えた。
「まずは打ち合いからだ。剣を相手の頭をめがけて振り下ろせ、受け手はそれを木剣で受け止めろ。これを交互に繰り返せ。」
なんの指導もなくいきなり打ち合いしろと言われて、クラスの半分は慌てていた。
もちろん僕も慌てた。剣技なんてやったことがない。
けれど、隣を見ると、もう打ち合いを始めている組もいる。
後半に呼ばれて、あたふたしているのは僕くらいのものだった。
「ユウキ。かったるいのはわかるけど、やろうや。」
レミーが僕に言った。
もちろん面倒くさくて、すぐに打ち合いができていないわけじゃあない。
「レミーは剣術をどれぐらいやったことがあるの?」
「5年ぐらいだ。ユウキは?」
僕はレミーを真似て剣を構えた。
正直に言おう。
「僕はやったことないんだ……。」
「へえ〜」
レミーは不敵に笑った。
「まぁ、実力は打ち合えばわかる」
僕が嘘をついていると思っているみたいだ。
自分のステータスをちゃんと確認したことがないのは今更だけど後悔してる。でもきっと先生が見たステータスは間違いかバグだ。
もし、レミーが剣術の腕を見抜けるなら、すぐに僕の実力が知られて、順番も前の方に変えてくれるに違いない。
僕は、緊張する胸を押さえて、深呼吸した。
だって、剣を向けてこちらを見るレミーの気迫はすごかった。よく、逃げ出さないで立ってられるなぁ、と自分に感心するぐらいだ。
僕は改めて木剣を握り直した。