男の娘じゃない!
僕はこの世界で目覚めてから洞窟と学園以外に行ったことがない。
学園へも、ライラの魔法で魂になって呼び寄せられているらしいから、旅をしてここまできたというサラムに少し申し訳ない気持ちになった。
サラムはたのしそうに拡げた地図を指さした。
「ここがね、学園都市」
地図には土地の名前と簡単な絵と道を示す線が書かれただけの地図だった。縮尺もなければ方角も載っていない。
町を示す絵や、山や川が描かれ、そこに道のような線がのたうっている。
もしかすると、この世界にはこんな絵地図しかないのかもしれない。
僕の知っている、前世で見るような正確で細密な地図を作るほどの技術がないんじゃないんだろうか。
「それで、ここがイムランダー」
サラムは地図の端っこを指さした。
イムランダーの文字こそ描かれているが、地図外に何があるのかはもちろん全くわからない。
街の絵も、森の絵も、山の絵もない。
なんとなくそこが未開の土地だということはわかる。
「遠くから来たんだね」
「旅も楽しかったよ」
イムランダーから学園都市まで、山あり川あり、街あり荒野あり、絵地図を見ただけでも困難そうな旅だったことがわかる。
「ユウキくんは、ダースラン王国出身なの?」
ダースラン王国は学園都市があるこの国のことだ。
「ううん、違うよ」
と、言って、ここで僕はどこ出身と言えばいいのか困ってしまった。
正直に言おうかとも思ったけれど、なんだか自分で自分をキャラメイクしたことが言いにくかった。
「ユウキくんは'人間'だよね?」
サラムは僕の出身を聞こうとせず、問いかけてきた。
「え、と、一応……。」
顔を逸らしてモゴモゴ言ってみる。
ふと、視線を戻して見てみると、サラムは思い詰めたような表情をしていた。
「僕ね、実は……。」
その時ガサガサ、ドサッ、と外から音がした。サラムと僕の部屋には窓が一つある。音は屋外からしていた。
「なんだろう」
窓を覗き込むと、にゃおーんにゃおーんと猫のような声が聞こえてくる。
「猫かな?」
サラムが言う。
へー、この世界にも猫がいるんだな、と思ったら、
「ちょっと、あなた! 何しているの!」
と同じく外から誰かの怒号。
僕は急いで窓を開けて、外を覗き込んだ。
僕が窓を開けたことに、慌てて誰かが走り逃げていく物音がした。
僕は目を凝らしてフェンスのさらに奥の生垣を見つめる。夜だからもちろんよく見えない。
横から慌てた足音がして、すぐに壁沿いを振り返った。
後ろ姿がちらりと見える。
長い黒髪。
「どうしたの?」
サラムが不安そうに聞いてきた。
「誰かいた。黒い長い髪の。」
「え? それってもしかして?」
サラムも僕と同じように思い当たる人物がいるらしい。
黒い長髪といったら僕は午前によくよく見ている。
スアリー。
いや、でもまさか、覗きなんてね、女の子がするわけない。
「まぁ、気のせいだよ、うん」
ちょっと冷や汗かいてるけど。
「気のせいかぁ」
サラムは空々しく呟きながら笑った。
ところでね、とサラムは気を取り直して言った。
「僕、ほんとうにユウキくんと会えてよかったよ。友好度がいきなり星2つだけど、僕、間違ってないと思う」
「はあ……。」
サラムはいい子そうだし、仲良くなるのは別にいいとして、ちょっと気になることがあった。
金髪に白い肌に細身の体、性格もなんだか優しくて人当たりがいい。それに何より、男にしてはかわいい。
男子の制服を着ているからなんとなく、男に見えなくもなかったけれど、パジャマ姿の今はますます女の子度が増している。
それこそ、サラムは今まさに少女とみまごうばかりに、手を胸の前で合わせてお願いのポーズまでしている。
「だから、僕のことをちゃんと話しておきたいんだ」
「は、はぁ」
昨日会ったばかりの子にそんな告白されても、と僕はすでに混乱していた。
「僕ね、イムランダーのハーフアンヘルで、成人まで性別がないんだ」
「……は?」
イムランダーがナンダーって?
よく意味がわからない。
つまり目の前の女の子みたいな男の子には性別がないってことみたいだ。
どう言うことなんだろう。
「だから、ぼく、男子寮にいるけど、このことは誰にも秘密にして欲しいんだ。男ってことにして欲しい。」
サラムは懇願するようにぼくに詰め寄った。