40 勇者アベリアの事情
「ちょ、お嬢待ちなさいっ」
「急がなくていい!もっとゆっくり進みなさい!」
聖王国を出てすぐに街道を外れ逃げる様に山に分け入った。逃げる様に、というか逃げている。
勇者アベリアは逃げているのである。
(ちくしょう!誰があんな国の為に戦ってやるものか!ついて来るな‼︎ 聖教会なんて滅びてしまえ‼︎)
2歳で聖教会に拐われ、お前は【勇者】だと言われ育った。聖王国を、聖教会を救う為だけにお前はいるのだと。
その割に待遇は良くなかった。教会内の孤児達に混じって放り込まれ教会の司祭どもからは疎まれて育った。
お前の母親は【勇者】だったが魔王に敗れて死んだ。弱い勇者だったのだ。
お前は強くなって母の分も聖王国に尽くさねばならないのだ。
強く、強く。敵を蹴散らせ。
親代わりの聖教会司祭長は常に厳しくアベリアを追い立てた。
剣の稽古を強制的に受けさせられ魔力を鍛える荒修行を10年続けた。10年経って…破壊兵器が完成した。
自分は何でこんなに辛い目にあうの? 母親を恨んだ時もあった。しかし憎み切れなかった。会いたかった。愛しかった。唯一の形見、【聖剣】を常に抱き抱え眠り涙を浮かべる日々だったのである。
そして12になったその日に【勇者】として解放された。魔王国内で好き勝手に暴れて来る様命令を受けたのである。お目付役に若い女の魔道士と体力のある神官を付けて。
アベリアは堰を切ったように暴れ回った。溜まったフラストレーション、溢れ出る魔力が各地に災害を巻き起こした。直接獣人どもを殺す事はしなかったが巻き込まれて死んだ者もいるかも知れない。知った事か。私より幸せな者など皆死んでしまえ‼︎
その様を魔道士と神官は仲間を見る目ではなく野獣を見るような目でアベリアを見ていた。
アベリアには仲間などいなかった。
母の形見の聖剣だけが【身内】だった。
その聖剣が折られた。悪魔の様なハイエルフに。勇者の魔力も通じなかった。奴は笑いながら二つに折れた聖剣を投げ付けてきた。
泣けて泣けて涙が止まらなかった。
神官の転移魔術によって辛うじて脱出出来たがアベリアはすっかり心を折られた。もう外になんか出たくない。あたしに命令なんかするな。従わせたければ聖剣を元通りに治せ。出来ないうちは何もやらん。
聖剣は高位のドワーフが精霊の力を駆使して打ち上げたオリハルコン製の最高品。聖王国にいる人間の鍛治師が何百人束になっても修繕出来る者はいなかった。
アベリアは折れた聖剣を抱え泣き伏す毎日だった。
そんなアベリアに追い討ちをかける凶報が届く。
聖王都にあの悪魔の様なハイエルフが現れ聖教会の大聖堂を破壊した。奴は自分が『魔王の長子』だと名乗り勇者アベリアに宣言した。
『△の月1日魔王都ギルド学院にて勇者を待つ‼︎結着をつけよう‼︎』
冗談じゃない‼︎ 母様の聖剣を折った悪魔だぞ‼︎
聖剣の修理も出来ない私達が勝てる訳がない‼︎
拒んで拒んで拒んだ。すると司祭長はこう言う。
「万の軍勢でお前を守る様に命じよう。戦争の開幕だ。」
すぐに国内から兵という兵をかき集め始めた。市民や挙句は孤児院にまで徴兵をかけた。この国は戦争を始める気か。そもそもそんな戦力で敵うはずがない。
アベリアはとことんこの国に絶望していた。
だから軍勢が纏まる前に聖王国から出撃した。逃げ出すように。
本当はこのまま何処か知らない所に消えたい。だがそれだと全く非のない市民が大量に死ぬのだ。幸せに暮らす奴らの事などどうでもいいとずっと思っていた。そのはずなのに…教会での孤児の顔がちらつくのだ。
そしてアベリアは覚悟を決める。
一人ハイエルフと戦って死ぬ道を選んだのだ。
寄りすがる二人の従者をどんどん引き離し、更に雪が残る山の中に分け入る。どうやら二人も振り離せたようだ。
気が抜けたように雪山の中ひとり佇むアベリア。このまま雪の中で意識を無くせば…母様の所へ行けるだろうか…?
そんな事をふと思っていた時、
目の前にハイエルフが現れた。あの悪魔の様なハイエルフが。
「ぎゃあああああああ‼︎‼︎」
腰を抜かしてその場にへたり込むアベリア。意外な反応に俺は戸惑う。まるでお化けでも見たかの様だ。
「な、なんでこんなとこにいるんだこの悪魔っ‼︎」
悪魔扱いか。魔王の子供が悪魔ならお前も悪魔だぞアベリア。
なんでここにいるかというとセ◯ムのおかげです。アベリアがこっそり最東端の街マービンを抜け出した姿を監視カメラは捉えていたのだ。
カナコがその段階で監視ドローンを派遣、対人センサー搭載で手のひらサイズのエグいやつだ。んでずっと追っかけてた。なんで仲間を撒くような事をしてたのかよくわからんが。
「なんでこんなとこにと言われると…△の月1日の打ち合わせかな?」
「はっ⁉︎なんだそりゃー⁉︎」
「まあ落ち着け。俺はお前を呼び出したが戦う気なんてさらさらないんだ。」
「へ⁉︎」
アベリアの腰の折れた聖剣が目に入る。
「…折れた剣を身につけているのか?」
「貴様に関係ない!…これは…これは亡くなった母様の唯一の形見だ…。」
母親が死んだと教わって来たのか。引き離しておいて嘘を吹き込むとは残酷な事をするな聖教会。
「それな。アベリア、お前のお母さん生きてるぞ。」
両目を見開いて俺を見つめるアベリア。さあ交渉の時間だ。




