98 師匠の頼み事
トリーン師匠は竜車の中でも無口だった。小さい組が親父の修行時代の事とか聞きたがったようだが人見知りが激しいらしい態度はなかなか軟化しなかった。思い通りのスイーツが食べられなかったリィカの無言のプレッシャーもあるかも知れない。そんな威圧的な眼で見るなリィカ。龍眼の威圧ってヤバすぎる攻撃だろう?
屋敷に竜車が着くと珍しく親父が竜車を迎えに出る。子供達の面倒を見たカトレアさんを労わるつもりの行動だろうが竜車から真っ先に降りて来たのはカトレアさんでも子供達でもなく…
「マサオ〜〜〜‼︎」
「し、師匠⁉︎」
がっつり40過ぎの男にしがみついて泣き出す幼女であった。
ぽかんと見ているミーユとマリージュ。唖然としているカナコら年長組。カトレアさんは今にも気を失いそうだ。
「また何かやらかしたんですか師匠?」
「街のみんながひどいのだ‼わしをいじめるのだ‼︎︎ ほとんどの店がわしを出禁にしおったのだ‼︎」
「やらかしたんでしょ?いじめられた訳じゃないと思いますよ?」
「うわーん」
再び泣きじゃくるトリーン師匠。
「落ち着いてくださいねー師匠の好きなカタクリ粉に砂糖とお湯を混ぜたやつ作ってあげますから」
「うん…アレ好きなのだ」
あーアレは俺も大好きだ。小さい頃風邪ひいた時に母ちゃんが作ってくれたっけ。あれ親父に教わったんだな…
「何それお父さん、ミーユにも作ってー‼︎」
「簡単葛湯って言ってな、父さんが子供の頃に爺ちゃんに教えてもらったおやつだ。よし、みんなの分も作ってやろう。ユート、カタクリ粉あるか?」
「…あるけど葛粉もあるよ。普通に葛湯も作れるけど?」
親父はしがみつくトリーン師匠を見て
「カタクリ粉でいいよ」
と言った。そちらの方が師匠が慣れているのだろう。粉と砂糖を俺の【ボックス】のストックから出すと親父は人数分の器に粉を入れてお湯で溶いた。
透明でトロッとした甘いスライムみたいなやつをスプーンで掬って食べる。うん単純な味だ。でも病気の時や弱ってる時には身体に染みる。
不思議そうな顔をしてミーユやマリージュが舐める。世界樹ちゃんも舐める。甘いので単純に喜んでいる。親父が作ってくれたので尚更嬉しいのかも知れない。カナコもしみじみ舐めている。小さい頃作ってもらったのかも知れない。リィカとレンは…
「なんかスライムみたいなのじゃ」
「もう少し硬くして糖蜜かけた方が美味いと思う」
レンよそれはもう違う甘味だ。
まあ、文句を言いながらこういう何気ないやりとりが家族の思い出になっていくんだよな。
トリーン師匠はニコニコしながら簡単葛湯を舐めている。幸せそうだ。カトレアさんも大事そうに舐めている。初めて親父に作ってもらったのかも知れない。
親父は落ち着いたトリーン師匠に語りかける。
「相変わらず閉じこもって研究ですか?甘い物が欲しくなると街に足を運ぶんですよね?」
どうやら親父はトリーン師匠のおおよその行方を知っていたらしい。サークライにはそれを教えていないのか。さっきサークライの名前を出した時の師匠の反応を見てると何となく分かってきた。師匠に頼まれたのだろうな。
「研究所での常食用に毎回販売用を買い占めておったらやめてくれと言われて出禁になってしもうた…」
「毎回店舗で山ほど食ってついでに買い占めですからお店も嫌がるでしょう」
「わしのエネルギー源なんじゃもん仕方なかろうが」
聞くところによると師匠の食事は甘い物が主食のようだ。何百年もそれで生きているらしい。割とエネルギー効率が悪いんじゃないだろうか。難儀なお身体だ。しかも自分は料理が壊滅的に苦手らしい。だから人が苦手で人里に近づきたくないのに常に人里に出て補充しなければならないというジレンマに陥ってるそうだ。
「そこでじゃ。お前のエルフの娘っ子が言うには自分は各店舗のスイーツを再現出来る腕を持つというではないか。本当ならぜひ頼みたい事があるのじゃ」
そうだ割と口から出まかせ風にそんな事言ってしまったなぁ。お眼鏡に叶うかどうかわからないが【ボックス】からストックしてあるホールケーキ、プリンアラモード、マカロン、苺大福、塩せんべいなどを出してみる。
「な、なんじゃこれは⁉︎みんなスイーツなのか⁉︎」
この世界のスイーツは蜂蜜や果糖が中心なので現代地球の洋菓子・和菓子は知らないらしい。ふふふ生クリームの虜となられるがよい。
「兄ちゃん悪い顔してる」
「のじゃ」
案の定生クリームの魔力に負けたらしい師匠はそのままホールケーキをワンホールノンストップで食べ尽くした。続けてプリンアラモードでプリン初体験。ぷるぷるした感覚が新鮮らしい。次に塩せんべいを勧める。甘くないがしょっぱい物も大切なおやつのアクセントだ。しょっぱさに驚いたご様子だが止まらずバリバリといく。苺大福の小豆の和の甘味と苺の酸味のコラボレーションに舌鼓を打つ。締めに甘さ軽やかなマカロン。
「なんじゃこりゃあああああ」
昔の殉職刑事みたいなセリフを叫んで涙を流すトリーン師匠。どうやら気に入っていただけた模様だ。俺も何となく一仕事したような気になる。作り置きなんだけど。
「マサオ、お前の娘は天才じゃなかろか⁉︎店が持てるぞ‼︎」
「一応冒険者なんですけどね…」
するとトリーン師匠、今度は俺にすがりついて
「わしの家に来て専属パティシエになってくれんかのう⁉︎」
あー雇われるのは無理です。基本家族に作るためにやっているので。でもお店の味を再現して師匠の望まれるだけの数は作って差し上げる事は出来ますよ。え?それでいい?取り敢えずホールケーキを100セットと苺大福を200個?毎度あり‼︎ええ、代金は頂きますよ。
トリーン師匠は上目遣いでマサオを見つめる。うん可愛い。何百歳とは思えない。
「…仕方ないですねえ。わかりました私が持ちます」
親父が諦めたように呟く。どうやら親父はトリーン師匠には甘いようだ。まあ気持ちはわかる。可愛いものなぁ。
「その代わり師匠、うちの子供たちにも魔術を教えてあげて下さい。有望な子もいますよ」
「ああ、たまにわしがここに出張る時でよいならのう」
トリーン師匠は魔王とまで呼ばれる親父と魔大陸随一の魔導王サークライの師匠だ。特に【転移門】の謎を解き明かし自在に開けるようにしたのはこの師匠だ。元々魔導に優れていた人物が【転移門】を潜って悪魔化したのだ。更に凄い…はずだ。幼女にしか見えないが。多分魔術式に関しては最高の知識を持つ存在だろう。ぜひレンに教えてやってほしい。アリエルやアベリアも教え甲斐がありそうだ。…俺は魔術を精霊に頼りっぱなしだからなぁ。
取り敢えず注文された品物を作ろう。量が多いのでさすがにストックはそこまでないので精霊の力を借りて作ろう。俺は七柱の精霊を降ろしてエンシェントエルフになる。闇の精霊の力で時間を引き伸ばす事が出来るからだ。カナコから手に入れた電動ミキサーが役に立つ。プロ仕様の焼き窯などないのでひとつひとつスポンジをオーブンで焼いていく。100焼くのだからとんでもない時間がかかるが闇の精霊ね能力で一瞬で一つが焼き上がる。側でミーユたちが覗いているようだが早すぎて何をやってるかわかってないだろう。世界樹ちゃんは久しぶりに再会したトリーン師匠の側にいるようだ。ミーユたちにしてみれば気がつくと目の前に完成したホールケーキがひとつまたひとつと増えていくのだ。そうやって小一時間で全ての注文品が揃う。さて納品どうしよう?トリーン師匠の【ボックス】は時間停止で容量無限なのかな?




