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遅れた('◇')ゞ




「夜堂君、煙草…あるかしら」

 香代子が心底疲れたと言う表情で煙草を要求して来た。

 夜堂は無言で応じた。

 机の引き出しを引く。二つある灰皿の内から使用跡の見られない新品の灰皿と、ビニールに包まれた新品の煙草を取り出した。

 机の上に灰皿と煙草を並べた。

「peaceか…巾木さんと同じなのね」

 夜堂の父、巾木はばきが好んでいたpeaceを夜堂は選んで出した。

 夜堂はフィアの分の煙草と、父が吸っていったpeaceを常にストックしていた。

「俺は煙草は吸わないからな…peaceくらいしか無かった」

「そっか、形見みたいな物か…」

 香代子はpeaceのビニール包装を破り、箱をスライドさせ銀紙をぺリペリと破いた。

 十本入った煙草の中から一本取り出し、咥えた。

 夜堂は先ほど着火具を出して居なかった事に気づき、机の引き出しを開け、マッチを手に取った。

 取り出したのはブックマッチと呼ばれるものだった。

 マッチを開き、マッチを一つ軸から千切り折る。蓋と擦り薬の間にマッチを挟み、マッチを引き抜き着火した。

 香代子はpeaceを緩く回転させながら、片焼けを避けるように火をつけた。

 peaceにキスする様に紫煙を口に含み煙をくゆらせた。

「まず…」

 香代子は煙の中、昼間、希子の前とは全く違った表情を刻んでいる。

「あの子の母親はもう居ないのは分かってるわよね?」

「あぁ」

「それでさ…父親まで死んだとなるとね…まぁFからの指示もあったし、あの子については研二さんが亡くなった時点で私が全権を持ってるんだけどね……そうは言ってもさ、私もあの子の母親を十七年やってたから流石に愛情? 見たいのも湧いてくるのよ…やっぱり。あの子に父親も母親も居ないって伝えるのはチョトね…自分から志願しておいて言うのは筋違い何だけど、自分の子供じゃない子供を十七年間育てるのはやっぱり辛いわよ」

 peaceは根本近くまで吸い進められ、乱暴に灰皿に押し当てられもみ消された。

「今あの子に何か言ってあの子に何かあった時の責任は…今の私には取れそうにないわ…」

「それは……」

 言葉は続かなかった。

 夜堂にも香代子の気持ちが伝わってくる。何を言おうにも人の感情は言葉では御せない。

 どうしようも無く、夜堂はソファーに腰掛け天井を仰いだ。

 ぷかぷかと煙を吐く香代子は視線を定めず、ただ機械的にpeaceを吹かしていた。




   ‡




「————おい! おい! 起きろ!」

 夜堂は肩をゆすられ目を覚ました。

「あ? …フィア…か?」

 夜堂が見上げるとフィアが上からのぞき込んでた。

 フィアは寝ぼけ眼の夜堂を押し、ソファーに体を滑り込ませる。

 乱暴に夜堂の膝に足を乗せ頬杖をついた。

「…だれ? その女」

 フィアがうつ伏せに寝てしまっている香代子を指さした。

「香代子だ」

「いや、意味わからん」

「萩田香代子だ」

「? 萩田?」

「希子の母親だ」

「希子の母親? なんで居るの?」

「香代子はFの構成員だ」

「⁇ そんな情報聞いてないけど」

「俺もさっき知った」

「まぁいいわ」

「そうか」

 夜堂は何か忘れた気がしたが、また眠ろうと体勢を直した。

「いや、寝るなよ」

「ぐえっ」

 またしてもフィアに起こされる。先ほどは肩を揺すられるくらいだったが、今回はわき腹をつま先でつつかれた。

 夜堂はわき腹をさすりながらソファーから降りた。

 まだ何かを忘れている。

「何だったっけ?」

 ソファーを降りて意識が覚醒してきたが、寝ぼけていた時の記憶がさらに希薄になった。

「…はぁ、その香代子とかいう女はなんで居るの?」

 夜堂は眉間に皺を寄せたフィアの言葉でやっと思い出した。

「あぁ、思い出した。そうだった、そうだった」

 フィアへの説明をしなければと思ったが、夜堂は寝起きで喉が渇いていた。

「その前にちょっとまて、何か飲むか?」

「えー んー 林檎酒シードルかなぁ」

「はいはい」

 夜堂はキッチンへ向かい、赤色のコーラと瓶入りの林檎酒を取り、棚からグラスを一つ取った。

「氷は?」

 冷凍庫にまだ氷が残っているのを思い出し、一応聞いた。

「大き目の一つ」

 夜堂は氷をグラスに放り込み、リビングへと戻り、机にグラスと林檎酒を置いた。

 冷蔵庫から取り出して、結露が出てきたコーラを開けた。

 プッシュ! といい音を立ててパチパチと炭酸のはじける音がした。

「話の続きだったな」

 糖分と水分を補給し、夜堂は活気が少し戻ってきていた。

「香代子は希子の母親だ」

「それは聞いた」

「あぁ、さっき話した。それで、香代子はFの構成員だ、希子の護衛と、希子の母親をFの指令を受けこなしている」

「それ、そのF構成員ってどういうこと?」

 フィアは落ち着いた様子でグラスを開けながら、夜堂に問いかけた。

「俺らには伝えられて無かったらしい、まぁ阿武隈の叔父貴や公河の叔父貴は知ってただろうな。いつものボスだよ。聞かないと教えてはくれない」

「はぁ、まぁボスだしね…」

「それでな、香代子は希子の母親、ここで言う母親は血縁って意味のな。まぁ希子の母親の妹らしい、希子の母親は希子を産んだ後に亡くなったらしいが、まぁ研二さん一人でシングルファザーは無理が有るってことで、選ばれたらしい」

「ふーん。で、なんで居るの?」

「あぁ、香代子がFの構成員って事や、研二さんが亡くなった事を希子に伝えて無い様だったから、そのあたりの話でな」

「まぁいいわ、そのあたりは、また知らない女セーフハウスに引っ掛けて来たのかと思ったわ」

「いや、あれはあいつ等が連れ込んだ女でだな…」

「いや、そう言うのいいから」

 そう言っていると、グラスの置かれた音がした。

 夜堂とフィアは振り返る。

「~~~~~~はぁ」

 香代子がグラスからぐびぐびと林檎酒をあおっていた。

 飲み干した所で、様子が変な事に気が付いた。

「…喉が…熱い…」

「お、おう、酒だからなぁ…喉も熱くなるだろ…」

「お酒…?」

 寝起きに若干の酔いが混ざっている。空きっ腹に入った林檎酒はどんどんと体に吸収されているようだ。

「お酒か~久しぶりに飲んだなぁ~何年ぶりだろ~じゅ…十七年ぶりかぁ~」

 香代子は希子の護衛と母親役をこなし、酒に浸る事もなく十七年過ごしてきたらしい。

 夜堂は悪酔いしそうだと思い、半分飲んでしまったコーラを出した。

「さすがに悪酔いする」

 香代子は出されたコーラを飲み干してしまった。

 しばらくぼーっとしていたと思うと、十本あったはずのpeaceの最後の一本を咥えた。

 ブックマッチはすべて擦りきられ、火を点けれない。

 香代子が周囲を探していると、愛煙家であるフィアがライターを突き出した。

 差し出されたライターにpeaceの先を近づける。

 フィアがライターのフリントを擦り、パチパチと火花スパークを立てて赤橙の炎が灯る。

 ゆっくりとpeaceを吸い、peaceに火が回って行く。

 

 〝フゥウ~〟

 

 煙が吹き出された。

 香代子の吸い方が巧いのだろう。peace特有の重く甘い匂いが立ちこめた。

 副流煙など気にする無粋な奴は居ない。

 peaceをアロマに飲み干されたコーラの補充にとソファーを立った。

「だいぶ…落ち着いて来たわ」

 peaceの半分が灰に落ちた頃、香代子は酔いに慣れたらしく、意識がはっきりとしていた。

 体質なのか頬は朱が差したままだ。

「…希子にはカギの事は伝えるのか?」

 夜堂が切り出した。

「…」

 沈黙。

 夜堂は思案の時間は十分にあると、新しいコーラを開けた。

 フィアは関わらないと決めているのか、何処吹く風である。

「私からは無理かなぁ…夜堂君には悪いけど、夜堂君から言ってくれないかな」

「……わかった。だが、ボスにはどう伝える? この件に関しての権限はどうなっている?」

 夜堂は問いかける。香代子の権限がどこまでの許可を与えられている、というのはまだ分からない。

「そこも含めて、研二さんが死んだ時点で私に権限が移行してるわ。だから希子についての情報を希子に伝える役を依頼するわ」

「わかった」

 夜堂は新たな役目を負った。


 香代子はpeaceを吸い終わり、灰皿に押し当ててもみ消しながら時計へと目をやった。

 時計は長針が十二を指し、短針が二を指していた。

 つまり午前二時である。

 香代子は寝すぎたと感じる前に、希子の心配をし始めた。

 携帯電話を確認する。自宅に貼られた防犯ネットワークへと接続し、侵入者及び不審者が居ないかと確認する。

 夜堂は香代子が希子を心配していると読み取った。

「希子なら心配ないと思うぞ、向こうから離れる時に、夜番よ奴らを回しておいた」

「なら良かった…でもそろそろ帰らなきゃね」

 香代子が立ち上がる。

「じゃあ私帰るわ」

 夜堂は立ち上がり、車のキーを手に取った。

「送る」

 そう言い、リビングの扉を開けて玄関に向かって行った。

 香代子も夜堂を追い、リビングを後にした。

 二人が出ていく背中を眺める。

 フィアも立ち上がり、リビングを後にした。

「まてまて~」

 玄関を閉めようとする夜堂を止めて、フィアも玄関をまたいだ。

「カギ閉めといてね~」

「おぃ…」

 渋い表情の夜堂。

 フィアはまるで見えていないかのように車の助手席に乗り込んだ。

 夜堂がセーフハウスのカギを閉めて運転席に乗り込んだ。

 

 夜堂の乗るランサーエボリューションⅥのエンジンをかけた。

 セルモーターの音に続き、低く太い音が響く。

 叔父貴が十分に作ったエンジン。水温計はもうじき動き始める。

 轟音を立ててアイドリングする。

 今では許可が出ないであろう音量の排気音がマフラーから放たれる。

 二百八十馬力に二千㏄近い排気量。

 夜堂はシフトレバーを左右に振り、ギアを確認する。

 水温計が動くのを確認した。

 サイドブレーキを下ろし、シフトレバーをギア一へと入れた。

 アクセルを踏み込み発進した。

 少し高くなった駆動音を響かせた。




   ‡




「送ってくれてありがとうね」

 香代子は後部座席を降り、運転席の夜堂に感謝の言葉を伝えた。

「ああ、じゃあな。コイツは些か五月蠅すぎる」

 笑ってハンドルを小突く。

「ふふっ…そうね。じゃぁまたね」

 香代子が小さく笑った。

 夜堂は香代子が家の中に入ったのを確認して、車を発進させた。 


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