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体調崩しました
すでに一週間が経過していた。
希子の護衛自体は特に問題も起きず、滞りなく進んでいた。
だが、あの会議から白嵐会には連絡がつかない。
夜堂は東条相手に連絡を送っていたため、激高した東条の愚行と判断していたが、白嵐会上層部へと当てた連絡も返信が来る事は無かった。
何かがおかしいと判断したF上層部は夜堂を白嵐会の事務所へ向かうよう要請をしていた。
「雪、明日は通常監視任務じゃない。白嵐の事務所に顔出しに行くぞ」
夜堂は車の中で携帯電話を操作しながら、明日の予定を伝えた。
「あれ? 夜堂さん俺は?」
運転していた鈴がバックミラー越しに目を合わせてきた。
夜堂は首を振って返事をした。
「お前を連れて行ったら現場をどうするんだよ」
現場を任せられる人間全員を連れて行くわけには行かない。
「なんかあったら連絡入れておいてくれ」
「わかりました」
「あ、雪今日はどうする? お前帰るのか?」
どうせ明日は夜堂の車で白嵐へ向かうことになる。わざわざ夜堂のセーフハウスに向かう手間を考えれば今日はそのまま泊まり込んで行った方が早い。
「どうしましょうかね…そう言えばフィアさん居るんですか?」
「確かまだいるぞ」
「じゃあ行きます」
雪はフィアと非常に仲が良かったと夜堂は思い出した。
「わかった。飯追加と伝えておく」
夜堂はフィアあてにメールを送信した。
「夜堂さんまだフィアさんに家事やってもらってるんですか?」
雪が少々冷ややかな目で夜堂を見ている。
「え…あぁ やってくれるって言うから…」
夜堂はフィアの好意に甘え、フィアが居る間はフィアに家事全般を任せていた。もっとも、其れは生活能力に乏しかった夜堂を見かねてフィアがやってくれていた事である。その関係が今に至るまで続いているのだ。
「はぁ…フィアさんに負担かけないでくださいよ」
雪にため息を吐かれ夜堂はいたたまれない空気の中帰宅した。
‡
車を横づけにし、雪と夜堂は降車した。
「じゃ明日も頼む」
「わかりました」
夜堂と運転席から二、三言交わし、鈴は車で走り去っていった。
「夜堂さん。寒いです。さっさと中入れてください」
「いつも思うんだけど、お前俺に対して辛辣だよな」
「いいから早くしてください」
せかされながらカギを開けた。
「帰った」
「お邪魔します」
夜堂は靴を脱ぎ、さっさとリビングへと向かって行った。
「チッ」
舌打ちをしながら夜堂の靴をそろえ、自分の靴もそろえて脱いだ。
リビングへと向かうと早々に夜堂がソファーにもたれていた。キッチンには紫色の髪をまとめた女性が立っている。
「フィアさんお久しぶりです」
フィアが、鍋を見ていた手を止め雪へと目を向けた。
「おぉ久しぶり~今日止まるんだっけ? 布団は私と一緒になるけど我慢してね」
「布団が一緒? 全然大丈夫です」
フィアが料理に戻り雪も料理を手伝おうと考えたが、雪も家事や料理の類をしないので邪魔にしかならないと考え自重した。
夜堂のもたれるソファーに無理やり座り、夜堂にもたれ料理の完成を待った。
「なんだ、なんだ? 重いぞ」
「最低」
「あ、はい。すんません」
夜堂はこれ以上追及できず、雪の重さを料理の完成まで支える事にした。
特に何かが起きる訳でもなく、フィアが米をよそい始めたので雪は手伝いに行った。
雪のソファーと化していた夜堂は机の下に座り、食事が並ぶのを待った。
「夜堂さん。据え膳食うつもりですか?」
なんの手伝いもしないつもりと思われる夜堂に睨みを効かせた。
「あ、はい」
夜堂も自分の分の食事を机へと運んだ。
フィアに笑われながら運んでいたが、フィアを睨むと雪に睨まれ、大人しく手伝いをしていた。
食事を済ませ、ソファーにもたれに行こうとすると雪はまた睨みを効かせ、夜堂に食器を片付けるようにと意思を飛ばした。
また、とぼとぼと食器を運んで行った。
「俺の方が偉いんだけどな…」
食器を片付けた夜堂はやっとソファーにたどり着けると思ったが、すでに雪とフィアにソファーは占領されていた。
やる事も無いため、夜堂は風呂でも沸かしに行くかと風呂場へ向かって行った。
軽く風呂を掃除して栓を閉めて風呂を沸かす。
バスタオルとバスマットを用意してリビングへと戻った。
「フィア~風呂沸かしたぞ」
「あ~ありがと~」
「一緒に入る?」
少しふざけてみた。
「えぇ…風呂場あんまり大きく無いじゃない」
特に否定が来るわけでもなく、夜堂の想像とは違った返答と雪の怨嗟の視線が返ってきた。
「いや、言ってみただけ。間に受けるな」
なるべく雪を見ない様にと、ソファーに背を向け雑誌を読みながら風呂が沸くのを待ちぼうけた。
フィアの言う通りそこまで大きく無い風呂はすぐに沸く。
夜堂は待つのが嫌いなので沸かしきる前に、水量が増えるとすぐに入ってしまう。
夜堂は風呂場へ向かって行った。
「あ、また夜堂がフライングした」
「ほんとですね」
雪が同意しながらフィアへと徐々に距離を詰めて行く。
「夜堂さんなんでフライングバスするんですかね?」
フィアは雪ににじり寄られているのに気づいていない。
「あいつ待てないのよ。昔から」
「私も待てそうに無いです」
「⁈」
雪はフィアに飛びついた。
フィアは驚くが、抵抗出来ないようホールドされてしまっている。
「な、なに?」
特段痛みがある訳でもない上に、雪を気づ付けたくない。フィアは雪をペシペシと叩く。
「前からこうしたいって思ってたんです」
フィアの腹目掛け顔を埋めてくる。
くすぐられているかの様な感覚に身を捩るが雪はホールドを緩めず、むしろ逃げようとしていると感じホールドを強めてしまった。
「苦しぃって、なぁに? 雪ちゃんレズなの?」
フィア自身は他性愛者だが、好意を向けられるのはやぶさかでも無い。くすぐったさを我慢しながら雪の背中に掌を這わせる。
「別にレズと言う訳では無いです。ですけどフィアさんが気になります」
酒など飲ませて居なかったか、と記憶を探るがそんな記憶は無くどうしたモノかと頭を痛くする。
もちろん雪は飲酒や薬物摂取などはしていない。だが、夜堂と同様に他人との距離感が図れない人間なのだ。
「まぁいいけど何をしたいわけ? 昔は夜堂の事好きそうだったじゃない」
「その話はしなくていいです。アレは未だ夜堂さんが小さかったから…」
両性愛に正太郎コンプレックと少々風変わりな様子だった。
今の大きく成長してしまった夜堂には興味が無いのだろう。
「今の夜堂さんはあんまり…」
「本人傷つきそうね…」
「夜堂さんもうちょっと図太いと思います」
「そうね…」
会話が途切れる。
特に何かが続くわけでは無い。フィアは雪を腹に据えたまま本を読み始めた。
‡
「何してんの?」
夜堂は風呂から上がり、リビングへと戻ってきた。
戻ると、ソファーでフィアと雪が抱き合っていたのだ。頭に疑問符を浮かべて眉根を寄せるのも当然だろう。
「気にしないでいいわ」
「気にしないでいいです」
「お、おう」
食事の時と同じく、また軽くあしらわれてしまった。
夜堂はドライヤーなどを使わない。バスタオルでガシガシと髪を拭きながら冷蔵庫へコーラを取りに向かう。
雪が風呂に入るため身を起こした。
「フィアさん一緒に入ります?」
「狭いから嫌よぉ」
夜堂と同じ様にあしらわれ雪は意気消沈のまま風呂場へ向かう。
風呂場の壁からしょぼくれた視線を飛ばすも、フィアは全く気付かないのだった。
「あいつにあんな面があったとは…」
普段見る事の無い雪の一面を見る事になるとは思っても居なかった。しかも見てはいけないモノを見た気分にもなってしまう。
「あんた上司なんだから把握しておきなさいよ」
「いや、Fそういうの無いじゃん」
「あたしが襲われたらどうするのよぉ」
「えぇ…別に」
夜堂はフィアが雪に襲われようと気にはならない。と言うかフィアは雪に襲われるとは到底思えないほど強いのである。
フィアの半眼になった眼から冷たい視線が飛んでくるが無視する。
特段やる事も無く冷蔵庫から取り出したコーラをもってそそくさと自室に向かった。
夜堂がリビングからでる寸前、
「明日何時?」
フィアから起床時間を問われた。
「十時」
「はいはい~」
なんやかんや言ってもフィアと夜堂は一番古い付き合いである。半ば家族として付き合っており、その関係を維持しようと心掛けている分、家族よりも関係は良好と言える。
夜堂は明日のための準備に取り掛かった。
鉄板入りの扉の鍵を開けた。
鍵は厳重に上下二つワンドアツーロック。それもロータリーシリンダー錠とディンプルシリンダー錠が取り付けられ、ピッキング対策の施されたモノだった。
部屋に入り、内側から鍵を閉めた。
部屋の様子自体はいたって普通の部屋である。特段何かがある訳でもない。なぜ厳重に施錠されているかが伺えない部屋だ。
夜堂は真っ先に机へと向かう。明日、白嵐会へと向かうのだ。何かあってはいけない。明日の装備を整えるための準備を始めた。
デトニクスの分解、清掃を済ませる。組み立てスライドの擦り合わせやハンマーの動きを確認した。
新調したコンシールドキャリー用のホルスターにデトニクスを差す。弾倉用のホルスターを選びに席を立った。
六発弾倉のデトニクスでは予備の弾倉を持ちたくなる。十発以上欲しい夜堂としては予備弾倉一つで一ダースだったが、それでは十五発弾倉の拳銃に弾数で劣ってしまう。弾倉三つの計十八発にしようと、夜堂は弾倉二本差しのホルスターを探した。
デトニクスと同じく黒いレザーのホルスターを見つけたので弾倉を差しておいた。
——ピピピピ
通知音が鳴った。バイブレーションで携帯電話が机から落ちそうになっている。
「おおおっと」
すんでの所で携帯電話を取り、電話に出た。
「はい、夜堂」
電話の向こうからは万泪の声が聞こえてくる。
「なに? 深山用の警棒が届いたのか。明日で良いんじゃないか? あいつもつれて行くし。おう。それでなに?」
電話をしながら明日の装備構成を整えていく。
「明日はどの程度の装備か? どうしようか 俺は普段の装備に防弾プレートくらいのつもりだけど、まぁレベルDの装備を目安に行くぞ。あぁ分かった。ん? 切れた…アイツ…」
万泪が聞きたい事は聞けたのか、電話は切られてしまった。夜堂も電話を一方的に切るので万泪にとやかく言う権利はない。
万泪のおかげで明日の装備構成を連絡していない事を思い出した。
だが、雪については普段からレベルDクラスの装備をしているので無視することにした。
問題になるのは深山である。六道組も白嵐会と連絡が取れていないのだ。Fとの交流も含めて一度行って欲しいとの要望があった。夜堂は六道の中では一番仲の良い深山を指名した。
Fに比べ力の弱い六道がどの程度の装備を用意するか分からないのだ。それに装備していもしていない。夜堂の落ち度だ。そそくさと深山用に拳銃を取り出しに行く。
深山は夜堂と同じか少し大きい。体重は確実に夜堂より重い。わざわざ低威力の拳銃を選ぶ必要はない。
夜堂はFで一番最初に貸与されるブローニング・ハイパワーを取り出してきた。
プラスチックケースを開き、錆を防ぐための油紙に包まれたハイパワーを机に出した。
デトニクスを貰う以前まで使用していたため、まだ錆などは浮いていない。
一通りの清掃を終わらせ、組み立て、駆動部の確認をした。
しばらくの間使って居なかった弾倉のバネを確認する。このバネが弱っていると給弾不良を起こす危険性が跳ね上がる。十三発の標準弾倉と二十発の延長弾倉の二つの確認を済ませ、弾倉へ弾を込めた。
もう使わないと思っていた9ミリ弾を消費出来る。
昔使っていたショルダーホルスターを取り出してきた。
左わきに銃を差し、右わきに延長弾倉を差しておいた。
拳銃の準備は終わった。
フィアには戦闘用としてプレゼントされたナイフだが、あくまで御守りの様なモノとして携帯している。高確率で問題の起きそうな場合は別のナイフを用意しておくのだ。
革張りの小さなトランクを取り出した。
特に鍵など掛けられてはいない。突起をスライドし、トランクを開いた。
中には大小様々なナイフが収められていた。
夜堂は何かが有った、と言うか人を直接殺傷した物を持って置きたくはないのだ。何かに備える時に携帯するのは一万円以下の量産品を好んでいる。今回手に取ったのは刃渡り十センチほどのナイフだった。厚さは三ミリほど、グリップは紐が巻かれているだけのシンプルなモノだ。
カイデックス製の鞘に入れ、デトニクスの隣に並べた。
最終確認を終え、夜堂は床に就いた。
‡
フィアに何度か起こされ、やっとの事で起床した。
雪はすでに起床しており、夜堂を冷ややかな眼差しで見据えている。
既に時計は十時を差しており、あと一時間で打ち合わせの時間である。
早々と準備を済ませ、デトニクスを左の鼠径部にナイフを右の鼠径部にそれぞれ固定し、後腰に予備弾倉を取り付けた。
スーツのジャケットを羽織り、革靴に足を通す。
「雪、装備は整っているか?」
夜堂は目付きを変え雪を覗いた。
「もちろん。レベルD装備です」
「よし」
二人はコートを羽織り、セーフハウスを出た。
少し道を歩き万泪の運転する車に乗り込んだ。
「深山は?」
万泪は右後部座席に座る夜堂に問いかけた。
「別で拾わせた」
別動隊の車ですでに深山は白嵐へと向かって居る。
万泪は頷き運転集中した。
正午に差し掛かろうという所で白嵐会へと到着した。正確には白嵐会近くの路地だが。
深山がセダンから降車してきた。夜堂達も車を降りて集まった。
「大方は昨日のメールの通りだ。基本は武力行使はしない方向で行く。問題が起き次第連絡が行く。その時は突入しろ」
夜堂の部下たちが頷く。
部下たちを路地に待機させ、夜堂、万泪、深山、雪は白嵐会が所有するビルへと向かって行った。