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今朝はフィアに蹴り起こされ、希子の護衛にあたっている部下に連絡を取るところから始まった。
今日から新体制で取り掛かると言うのに、現場責任者がこの体たらくとは少し心配になる。
今日は愛車でもバイクでも無く、チームの車での行くことになる。
遅れれば部下に迷惑をかける事になってしまう。
急ぎで準備し始めた。
夜堂は希子に接触されも怪しまれぬようにと、フィアに選んでもらった服を着始めた。
黒のシャツにリーバイス501、コンシールドキャリーのデトニクスを悟らせる訳には行かないのでジャケットも必須である。黒尽くめは特段珍しいわけでは無いが、少しでも注目されるのを避けるのにグレーのジャケットを羽織り中和しておく。
ビィィイイイイっと玄関の呼び鈴が鳴った。
「おわっと、二人とも来たか!」
夜堂の部下が迎えに来た様だった。
夜堂はフィアに手を振り、玄関へ急ぐ。昨日の革靴に足を通しかけ、急いで隣に並べられたショート丈のエンジニアブーツに履き替えた。
「遅いです」
夜堂が玄関を開けようとすると、もう扉は開けられ半眼の男の姿が有った。
ご機嫌とは行かない表情の部下に視線があちらこちらへと泳いで行く。
「さっさとしてください。夜堂さん」
車のそばで外を見張るもう一人の部下がけだるそうにため息をついた。
「お、おう」
夜堂は右側の後部座席に転がり込むように入って行った。
けだるそうにドアを閉められ、部下二人がシートベルトを締めるとすぐに出発し始めた。
「今日どうしたんですか?」
部下の一人が自分の服の襟もとを引っ張りながら、夜堂の服装について言及してきた。
「いやぁ、ほら、昔の知り合いにちょっとはカッコつけたいって言うかな? うん。そんな感じか⁇」
普段は色違いのスーツを着まわして居た夜堂は、部下の前で改めてこう言った服装をするのは少し気恥しかった。
「まぁいいだろ。雪も少しはスーツ以外も着ろって言ってたじゃん」
雪と呼ばれた部下はまた、けだるげにため息をついた。
「違いますよ…私は普段の仕事でそれも家族を装う必要があったにも関わらずスーツで来たから言ったんですよ」
雪はぶつぶつと普段から溜まりに溜まっていたモノを一から言い出し始めた。
「いつもそうですよ。夜堂さんあんまり人の話聞かないじゃ無いですか、人の名前も覚えないし、知ってますよ、私たち以外の人たちの事あんまり覚えて無いでしょう」
すべて今まで夜堂がしてきた事なので言い返す余地が無い。
四面楚歌である。
話に入ってくる気配の無いもう一人の部下に助け舟の出港予定を尋ねに行った。
「鈴~」
バックミラーで半眼と目が合う。
「まぁ、雪の言う事も分かる。あと服を選ぶのは面倒くさい。男はスーツ着てれば多少浮いたとしても問題なく切り抜けられる事が多いでも夜堂さんがスーツ以外を着るようになったんだ。今後も改善できるところを改善していこう」
鈴が出した船は助け舟では無かった様だった。
雪が渋面で頷き、夜堂に精進する様に言った。
「もうそろそろか」
踏んだり蹴ったりだったが、希子の通う高校の近くまで来ていた様だ。
希子が登校する前には高校近くへと着いておく。当然朝の通勤時間と被り、高校にたどり着く残り五百メートルが長かった。
夜堂は先に車を降りて、二人に近くの駐車場に止めるよう指示を出して行った。
夜堂は希子に会いたい反面、余り会いたくないとも思っている。
自分が近づく事で希子の日常が崩壊してしまうかもしれないと、思っているからだ。いまだに希子が狙われていると言う事を本人に伝えられて無いのはそう言う思いが邪魔をしているのだ。このままGが何もせず夜堂達だけで処理できれば最高だと思っているが、希子本人に狙われている事と夜堂と希子の父の事を伝えなければいけない。そんな時が刻一刻と迫ってきていた。
「悠久にはお前で決めろって言われてるしな…」
高校の正門が見える位置で居座るために普段から利用するカフェに寄ろうとした。
「なに?」
カフェのドアには臨時休業の四文字が書いてあり、居座るための場所の確保から始めなければいけなくなってしまった。
仕方が無いので取り合えずと歩き始めた。
結局何も無く、希子の登校が迫ってきている。
希子に接触する事に問題があるわけでは無いが、そわそわと浮足立ってきた。
「うむ」
いっその事、希子に一言挨拶してもいいのではないかと思い始めた。
夜堂は希子とさりげなく対面するのを演出しようかと、高校の正門から少し離れた場所で待機し始めた。
腕時計を確認して普段、希子が登校する時間が迫っているのを確認する。
希子の姿は未だ確認できない。
「おはよう!」
「ぬおっ⁈」
突然声を掛けられ思わず奇声が飛び出てしまった。
振り向くとスーツを着た深山が立っていた。
「どしたんだ?」
不審な夜堂の様子に苦笑と共に尋ねてきた。
夜堂は希子がいつ来ても良い様にと、視線は動かさず答える。
「希子に…いや、今回の護衛対象にあいさつでもと、思って…な」
深谷は素っ頓狂といった表情で夜堂を見た。
「? なんで?」
深山の当然の言葉に、ギクりとなった。
悠久から希子との関係性は自分で処理しろと、言いつけられている。当然希子と幼馴染だと言う事もフィアを除き誰にも伝えてはいない。
今、夜堂の周辺に居るのは表社会で生活した事の無い者達が大半である。周りと価値観が違うのを感じていただけに、表社会に憧れのある部下や表社会を嫌う部下も居る。夜堂は今の仲間や部下との間に決定的な違いを感じ、感じさせたくないのだ。
すべてを自分の中で終わらせたいとも思っている夜堂には、深山の質問に答えられなかった。
「あ、あれか?」
深山が携帯電話に映る希子の顔写真を見て、高校の正門へと向かう希子を見つけた。
「お、おう。今回の護衛対象だ」
先ほどまで考えていた事が散った。
希子は友人と思われる者達と談笑に興じながら歩いていた。
夜堂は一人浮足立っていたが、希子達の姿を見て挨拶にでもと、そんな思いが馬鹿らしくなった。
自分が立ち入っては行けないと思ってしまった。希子は久しぶりに会った昔馴染みくらいに思われるだけで良いのだ。と、そう思ってしまった。
「挨拶、行かないのか?」
深山に聞かれるが、夜堂は軽薄そうに笑って首を振った。
「いや、行かないよ」
「そう」
希子が無事に登校した事を確認した。
夜堂は深山に絶好の監視場所が無くなってしまった事を伝えた。
「いつもの場所が無くなった?」
「あぁ」
「なんで対策しておかないの?」
「ふがいない」
「俺も何も考えて無いんだけど」
「おい」
深山に詰めの甘さを指摘されたが、深山も同じく詰めが甘かったようだ。
「どうする?」
「どうしようも無い」
周辺に長居出来る場所は無い。正しくは、あの喫茶店が長居出来る唯一の場所だった。
取り合えずと、学校が視界に入る位置で歩いて話をしていただけだった。
すでに二時間同じ場所を歩き続けている。
こうして何度も同じ場所を回っているが、張り込みというモノは意外と気づかれない。
さすがに疲れ、誰も座らない石のベンチに腰掛けた。
「交代いつだっけ?」
護衛はシフトで組んであり、次の見張り要員が来る時間を確認した。夜堂は責任者になるのでシフトに囚われてはいない。
深山が再度腕時計を確認した。
「えーと…今、十一時になるところだな」
夜堂はシフト表を頭の中で広げる。
「交代は三十分後か」
ほかのメンバーも護衛についているため、護衛任務を一足先に上がっても問題は無い。だが、校門前の担当が居なくなるのは流石に面白くない。
二時間喋りながら歩いていたため、流石に喋るネタもない。
「そう言えば、夜堂」
夜堂はネタに尽きていたが、深山は違ったようだ。
「どうした?」
もはや顔を見る事も無い。
「今って武器もってるか?」
深山は、武器の携帯の有無を尋ねてきた。
夜堂はふと疑問に思ったが、特段不審な点も無いので答えた。
「持ってるぞ」
夜堂はそう言って、鼠径部の左寄りを撫ぜた。
深山は、夜堂が拳銃を携帯しているのを確認した。
「すまんけど、警棒とか持ってない?」
夜堂はやっと深山の意図に気が付いた。
見回すと、校門近くに先ほどまで居なかったスーツ姿の男がいる事に気が付いた。
深山は不審人物に対して、有事の際の近接用の武器を借りられないかと聞いてきたのだ。
「一応持ってきておいてよかった」
夜堂は太めのペンほどのモノを渡した。
深山は受け取ると、何度か重さを確認する。
スーツ姿の男に特に動きは無い。
無言でスーツ姿の男を眼で追い続けた。
やがて、男がどこかへ去っていく。追いかける事も視野に入れたが、ココを離れる事のリスクの方が多きく、スーツ姿の男がただの高校好きの変質者の可能性もあった。
「行くぞ」
立ち上がり、先ほどスーツ姿の男が居たところへと向かった。
「何もないな」
「あぁ」
先ほどスーツ姿の男が居た場所には特になにも無く、護衛の前に確認された時と同じ状態だった。
先ほどの男が何かをやっていたという訳ではなさそうだが、他のメンバーにも情報を回しておこうと連絡した。
今回は特に何も無かったが、次の保障は無い。
二人は険しい表情に変わった。
夜堂と深山は校門前から立ち去り、元のベンチに戻って行った。