09 ローレンツ編 十四歳
シュテファンとの出会い編です。同級生と言いながら、全く接点がなさそうだったので、書きました。「つり目」でちらっと出て来た話の詳細編です。
俺は十四歳になり、王立ロザリファ貴族学園に入学した。
とは言え、男爵子息なので、あまりウキウキ気分ではない。
気まずくなったとは言え、先に卒業した兄フレディに、忠告を受けていた。
「良いか。なるべく上位貴族と仲良くなれ。そうすれば、ある程度守って貰える。ローレンツは優秀だから、恐らく、突っかかってくる奴も多い。気をつけろよ」
珍しく、真面目な表情で真剣にいうので、動揺しながらもうなづいたが、これが後に、大当たりになる事は、この時あまり想像していなかった。
俺の学年は、何と王太子と同じ学年だった。なので、王太子と仲良くしたい者が殺到し、互いに剣呑な雰囲気が漂っていた。
王太子は、淡い金髪に碧眼の美形だった。やっぱりただの平民だった俺とは、何もかもが違う。
そんな王太子と、一緒のクラスになってしまった。
だが関わる事はなく、何となく気が合った、クリスト・パリッシュ子爵子息と、エリク・カーフェン伯爵子息とよくつるむ様になった。
そして、一番初めにある中間試験。
何と俺は、中間試験で男爵初の一位をとってしまったのである。
これには、クリストもエリクも絶句した。
すると、意外な人物が、俺の前に現れた。
「君が、ローレンツ・ベック? 私の事は知っているか?」
「……勿論です。シュテファン殿下」
この国の王太子様が、俺の前に降臨したのだ。
「実は私より実力者が居る事は知っていたのだ。だが、誰かはわからなかった。……こんな近くにいたとはな」
綺麗な碧眼をキラキラさせながら、俺を見つめてきた。
「友人になってくれないか? 今、私の周りに気が合う者が居らんのだ」
「俺の友人とも、友人になってくれるのであれば」
「勿論だ」
「殿下。俺は、あまり頭が良くありません。それでも良いのですか?」
クリストが軽く手を挙げながら訴えると、シュテファンは構わないと言い切った。
「私は優秀な人が好きだが、それ以上に、気の良い者と一緒に居たい。其方とは相性が良さそうだ」
王族なのに、気さくな所が、俺は気に入った。
こうして、四人(王太子の従者を入れると五人)で行動する事になった。それがきっかけで、男爵である俺に困難が降り注いだ。
ある日、突然俺は十人くらいの子息達に囲まれてしまい、校舎裏へと連れてかれてしまった。
「おい! ベック!! 何でお前みたいな下等な奴が、王太子とご友人になってるんだ!? 俺らこそ、選ばれるべきだろう!! なぁ? 皆!!」
リーダー格の男が声を上げると、周りにいた上位貴族達はこぞって「そうだ! そうだ!」と囃し立てた。
「俺は、平民出のお前なんかとは違い、由緒正しい貴族の人間だ! すぐにご友人の座を明け渡してもらおう」
正直俺は、「それは俺ではなく、王太子本人にお願いします。王太子の友人になりたいとの申し出に、下等な男爵出の俺に、断ることが出来るでしょうか?」 と言いたかった。
けれど相手は、上位貴族。十分こちらを潰せる、伯爵位の人間だった。
家に危険が及ぶため、言い返す事ができない。
黙っていると、相手は俺の胸ぐらを掴んできた。
「……まだ、わかっていないようだな。上位の人間に下位の人間が、逆らうなと言っているんだ……よ!!」
俺は腹に、膝蹴りを入れられ、「ゴホッ!」 とうめき声を上げた。
そして、しゃがみこんだ俺に近づき、髪を引っ張られた。
「さっさと言う事を聞けよ!! 下等生物」
周りの人間も、ニヤニヤとこちらを見下ろしてくる。
「……何をしている」
声がする方へ、その場にいた皆が、一斉に振り向いた。
そこには、綺麗な顔をした魔王がいた。
「お……王太子殿下」
「君は確か、伯爵位のご家族の人間だったかな?」
「は……はい!! 私の事を知ってくださっていたのですか!? 光栄にございます!!」
「そうか……。私が君について知っているのは、中間試験の改ざん、多数の下位貴族生徒への暴行行為……くらいかな?」
「……え?」
「私は君の事を、貴族として相応しくない人間だと思っている。……そう言ったんだ。わかるか?」
「え……と……」
「君の悪事はもう、先生方に報告済みだ。……そうそう。それは王城にも話が行っている。君のお父上は王城勤務だったから、すぐに話は伝わると思うよ」
すると、真っ青な顔になった伯爵子息を見て、周りにいる者達は蜘蛛の子を散らすように、立ち去ってしまった。
「お……おい! 皆!!」
「もう君も、教室に帰った方が良い。先生から、大事な話があるそうだ」
伯爵子息はビクっと身体を震わせた後、生気の抜けたような顔をして、その場を後にした。
「大丈夫か? ローレンツ!」
「シュテファン……助かったよ」
「先生への根回しで遅くなった。もう少し早く駆けつけてやれたら……」
「いいって」
「クリストとエリクは、ある教師に捕まって動けなかったんだ。そいつもグルらしい」
「そっか……俺のために動いてくれてたんだ。それが知れただけでも良かったよ……いっ……」
「大丈夫か!?」
シュテファンが俺の腕を自分の肩に回して、俺を立ち上がらせた。
「シュテファン様、私が……」
後ろにいた侍従が申し出たが……
「良い。俺がやりたい」
「……ありがとう、シュテファン」
「あぁ。私とお前の仲だろう?」
お互いに照れながら、保健室へと直行した。
俺を叩きのめした伯爵子息は、学園を退学処分になった。
しかも、廃嫡され、二度と社交界には足を踏み入れる事が出来なくなった。
そしてその親である伯爵も、元々王城では傲慢な態度で疎まれ、さらに息子の件で肩身が狭くなり、王城を辞め、領地へ引っ込んでしまった。
「他の取り巻き達にも、制裁を加えたかったのだが、あいつにくっついていただけの様だ。つまらん」
「一掃したいの? 王太子様」
「その通りだ、クリスト。俺は過激派を一掃したい」
「それは……すごい発言だね」
過激派とは、王の側女が入っている派閥としても有名だ。
側女にも子どもがいて、その子達は、シュテファンとも半分血が繋がっているはずなのだが……
「父上も同じ意見だぞ」
「……俺は聞かなかった」
「俺も」
クリストとエリクは、耳を塞いだ。
「あ。そう言えば、もうそろそろ、街に出たいと思っているんだけど、来る?」
俺がシュテファンに聞くと、きょとんとした顔でこちらを見た。
「馬車でか?」
「いや、徒歩」
「……お坊ちゃま方、失礼ながら、徒歩での移動は、禁止されているはずですが?」
「堅苦しい事言うなよ、侍従さん。これくらい、結構やっている奴いるぞ?」
「ここ、緩いからな。男なら、一度くらいはやっているよ」
真面目そうなエリクですら頷いているのを見て、侍従は目を見開く。
「ですが……」
「それに、行きたい所が、馬車では目立つんですよ。紹介したい相手がいまして……ちょっと治安が悪い所なのですが……」
「尚更許可出来ませんよ」
「でも、有益な人物かも知れませんよ?」
「どなたです?」
「情報屋です。俺の古くからの友人ですよ。同い年ですが、実力はあると思います。お金さえ払えば、情報をくれますよ」
「その人は、浮浪児では?」
「元、ですよ。今ではパトロンがいるそうです。誰かは教えてくれません。けれど、正確で確実な情報をくれます」
「……わかりました。そこまで仰るなら、私も怒られましょう」
「怒られる前提なのか」
クリストが苦い顔して呟く横で、ローレンツはシュテファンに空いている日を聞き出した。
「この日かこの日に会おうと思っているんだ」
「どちらも大丈夫だ」
「なら、手紙を出しておくよ」
その後、ブルーノから手紙が届き、次の休みに会う事になった。
次回、ローレンツ編 街へお忍び