08 ローレンツ編 七歳
「ドリス」完結後初の更新は、ローレンツ編から始まります。
今日から4回、ローレンツの過去と、最後に「つり目」のちょっと未来を書きました。
以前、王の影の話を更新した後に、すぐ更新する予定だったのが、このローレンツ編です。
1回〜3回目は出しても良かったのですが、4回目の話は「ドリス」終了後が良いと思い、ローレンツ編自体を先延ばしにしました。
俺が七歳になった時、家の中が一変したのを今でも覚えている。
「フレディ、ローレンツ。今から、大事な話がある」
食事の後に父にそう言われ、「なんだ?」と兄のフレディと顔を合わせた。
「何かな?」
「さぁ?」
母がテーブルの上の食器を片付ける。まだ、小さい弟のヴェンデルは、お行儀よく椅子に座っていた。
母が戻り、椅子に座ると、父は朝にあった出来事を話した。
「本日、ロザリファ王に呼ばれ王城へ上がった。そこで、男爵の地位を賜った。本日より、我が家は、ベック男爵家となり、貴族になった事を報告する」
その場にいた皆が目を見開いた。
「え? どういう事でしょうか。父上」
「平民から貴族になると言う事だ」
「それは……もう、ディモとも気軽に話せないという事でしょうか?」
「あぁ! パン屋の倅か。表向きは、言葉遣いに気をつけてくれれば、付き合っていいぞ。他にもいるんだろう? 友人が」
「……えぇ」
父にはバレている様だった。
実は、フレディと俺とディモは、他に遊び相手が欲しくて、浮浪児の子ども達とも仲良くしていた。
そんな彼らに、着なくなった服を持って行ったり、ディモの家の残ったパンを持って行ったりする事を条件に、徐々に仲良くなった。今では、遊び仲間として、しょっちゅう遊んでいる。
「ただ、これから忙しくなるぞ。貴族教育が始まる。今まで以上に勉強に力を入れねばならない。わかるな」
「はい」
「それまで、時間はまだある。今の内に遊んでおきなさい」
父は意外な言葉を俺達に掛けた。
「とりあえず、報告に行くか」
「だね」
俺とフレディは、ディモをパン屋で拾ってから、浮浪児達の所へ遊びに行った。
「ブルーノ!」
「おぉ! 来たか」
ブルーノは浮浪児達のリーダー的存在だ。
一番力が強くて、一番頭が良い。
それに、貴族の子息ではないかと思うくらい、綺麗な顔立ちだった。
後に、貴族の子息だが、捨てられたと聞かされ、納得した。
「パンと……今日は報告があって……」
「何だそれ?」
まだ伝えていなかったディモも、ブルーノと同じ表情をした。
「俺達、貴族になる事になった」
「え!?」
「何? 階級は?」
「男爵、一番下」
「お貴族様かよ。じゃあ何か? 俺らと縁が切りたいと」
「そうじゃない! 続けていきたいと思っている」
「でも、言葉遣いに気をつけて欲しいんだって」
「そりゃ当然だろ?」
「俺はこのままがいいな」
「隠れた所ではこのままで良いだろう。けど、俺は丁寧な言葉なんて、知らねぇぞ」
「それは教えるよ」
「うち、店やってるし……それで良いなら、パン届けるついでに教えるよ」
「おぅ! 助かる」
「それで、ついにやっちゃったの? ブルーノ」
「何を……あ。情報屋な」
つい、フレディがからかって、こんな職種があると教えてしまった事が発端だった。
ブルーノは、王都で色んな言葉を聞いているせいか、ロザリファ語だけでなく、ミーシェ語もマスターしてしまった。
それに、色んな所に伝手があるのか、とても情報通だった。なので、フレディがからかって、情報屋になったら稼げるんじゃないかと言ってしまったのだ。
「情報料も貰えるし、良い事教えてもらったよ。いつかこいつらに、自力で食わしてやりたいしな」
「悪い、ブルーノ。あれは冗談だったんだ。……いや、ブルーノが情報屋になれないって言ってるんじゃない。危険なんだ。情報を売るのは」
「……どういう事だよ」
「知ってはまずい情報というのを聞いてしまうと、それだけで殺される事もあるんだ。やっている事は密偵と同じだからな。このままだと、命に関わるぞ」
「……それでも俺には、これしかないと思ってる。やれるだけやるさ」
「ブルーノ」
「お前らからは、高額で取るからな」
「……あぁ。たんまりとくれてやるよ」
俺たちは、互いにニヤッと笑った。
それから、ベック家は見る見る内に変わってしまった。
元々家事は、雇っていた侍女に任せていたが、食事だけは母が用意していた。
だけど、それも料理人が作る事に。
貴族の礼儀作法、立ち振る舞いも、皆で覚えた。
使用人も増えて、心安らぐ家ではなくなってしまった。
そして貴族として、他の子息・令嬢と接する内に、自分の顔が兄に劣っている事に気がついた。
顔はどうにもならない。なので、剣術や乗馬、勉強などに取り組む事にした。
久々に、ディモと一緒に、ブルーノ達の所へ行く事になった。フレディには、断られてしまった。最近、少し気まずい。
「どうしちゃったんだよ、フレディは」
「多分俺のせいだ」
俺が勉強などに力を入れていたせいで、いつの間にかフレディを超えてしまっていたらしい。それに焦りを感じていると、侍従からこっそり聞いた。
「そう言えば、ブルーノ達。パトロンが出来たんだって」
「パトロン?」
「そう。今、家に住んでいるらしいんだ。場所は危険な場所だからって、いつもの所でパンの受け渡しをしてる」
今日は、事前に伝えていたせいか、ブルーノが立っていた。
「よ! 久々、お貴族様」
「久しぶり、ブルーノ」
久々にあったブルーノは、身なりが少し良くなっていた。
髪は整えられ、上質とまではいかないが、平民の標準的な服を着ている。
「パトロンが出来たんだって?」
「あぁ。情報屋がたまたま功を奏した。良い人に拾ってもらってな!」
「場所はどこなんだ?」
「南だよ」
王都の南側は、歓楽街もある、大人な街だ。
ただ、王都の子どもは、そこには行くなと教えられる。
大人達が怪しい取引をするのに打ってつけの場所だからだ。
「南か……」
「ギリギリ子どもでもうろつけるところだ。来るか?」
「いいの?」
「お前らは特別だ。許可ももらってる」
勇気を振り絞り、ディモと目を合わせてうなずいた。
「行く」
「俺も! どこに住んでいるのか知りたい」
「教えるが、これは他言無用だ。フレディには教えて良いけど」
そう言ってブルーノに着いて行くと、路地を入った奥に、地下へと続く階段があるところについた。そこには、見張り役で俺達ともよく遊んでいた奴が立っていた。
「来たか。……フレディは?」
「今日はパスだって。今、ちょっと気まずくってさ」
「え? 嫌な奴になってないよな?」
「それはない。プライドの問題」
「ならいいけど……」
「おい! 早く来いよ」
「悪い」
中へ入ると、思ったよりも広くて綺麗な空間に出た。
「あ! ローレンツ!! ディモもいる~!!」
「久しぶり!! 元気してた」
「身長抜かされた~!!」
久々の再会に、皆も興奮しているようだ。
「パトロンの人に挨拶した方が良いの?」
「それは言えない。教えられないんだ。……わかるな?」
ブルーノの瞳は、本気だった。
ビリビリと警戒の空気を纏う。
「わかった。聞かない。それより、俺達が来るときは顔パス?」
「一応、合言葉があるが……しょっちゅう変わるからなぁ。基本は事前にディモに連絡してからにしてくれ。突然来たときは、いくつかこちらから質問させてもらう」
「フレディにも言っておく」
「頼む」
「パンはどうする? ここ直行?」
「いや、いつもの場所でいい」
「了解!」
「ブルーノ。情報が欲しい時は、頼むよ。勿論弾む」
「そうこなくっちゃな」
以前と変わらない笑みに、俺は密かにホッとした。
今回は大きなネタバレがなくてすみません。
次回、ローレンツ編 十四歳




