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07 夕焼け色のプロポーズ

まずは、06話を読んでから、この話をお読みください。



 あれは、フレディが十八の時だ。


「ベック家とダナー家の関係を強固なものにするため、フレディには、ダナー家のご令嬢、アンネリーゼ嬢と婚約してもらう事が決まった」

「決まったとは……私の気持ちは無視ですか」

「政略だからね。よっぽど相性が合わなければ、彼女の妹になるのだけれど、まだ八歳だからね」

「その……アンネリーゼ嬢は?」

「十五歳だ。今は学園に通っているよ。ちょうど今は長期休み中で帰って来ているんだ。会ってくれるね?」

「拒否権はないのでしょう? 会います」

「申し訳ないね。こちらの事情で」

「有益な関係を得るためには、仕方がありません」






 ダナー家といえば、元々は農民だった。

 ある日現在のダナー男爵が、こだわった果物を作ろうと、平民向けの果物を育てる間に、一部では品種改良した果物を作り始めた。

 そして品種改良した果物は、高い値段設定にも関わらず、飛ぶように売れ、特許も取得した。

 ここでしか買えないとあって、ダナー商会は益々売り上げを伸ばし、いつの間にか大商会になり、果物御殿と言われる家も立ててしまった。

 その後も、ジャムやワインも好評で、売上は安定的だ。 

 元々、研究熱心なところも評価され、国から陞爵を受け男爵になった。


 一見、縁がないような関係ではあるが、日用品を売り出しているベック家からは、よく果物を収穫するためのハサミやナイフ類を卸したり、試作品を提供し、使い勝手の感想もマメにもらっている関係であった。


 今現在、伯爵以上は別の派閥にいることが多く、同じ派閥内で、強固な関係になろうという動きが多発していた。

 

 それに今回(はま)ったのが、ベック家とダナー家だったのである。





 その日から一週間後。フレディは父のティルと共に、ダナー家を訪れた。


「お初にお目にかかります。アンネリーゼ・ダナーと申します」


 可愛らしく整った容姿に、本当に元平民で、しかも農民だったのかと疑ってしまった。


「フレディ・ベックです。こんなに愛らしい方だとは思いませんでした」

「まぁ」


 クスッと嬉しそうに笑う。その笑顔に、違和感は感じなかった。

 挨拶もそこそこに、後は若い二人でとばかりに、二人きりにされてしまった。


「今回の話。突然で驚いたでしょう?」

「え? 私はお手紙で一ヶ月くらい前から知っておりましたが……」

「一ヶ月前!?」

「では、フレディ様は……いつ……」

「……一週間前」

「それは、突然でしたね。……よろしいのですか? 私はまだ、学園に通う身ですし、良い方が居るなら……」

「貴女には居るのかな? そんな人が」

「いいえ、全く。男爵位だからでしょうか。碌でもない男しか寄ってきませんわ」


 話を聞くと、大体アプローチしてくるのは、金目当ての上位貴族だと言う。


「私はこの話は、良い話だと思う」

「同じくですわ。ベック家とは末長く、良い関係でいたいですもの」

「弟のためにも?」

「えぇ。あの子が一人前になる前に、繋げるところとは繋いだ方が、良いですから」


 ダナー家には、アンネリーゼの他に、二人の弟妹がいる。

 まだ十歳の弟と八歳の妹だ。

 跡取りの弟のためならと、この婚約を受け入れたのだろう。







 フレディは、アンネリーゼに好感を持っていた。

 割とドライな考えも、良い。

 何より、苦手な人物ではない。


「アンネリーゼ。私の婚約者になって下さいませんか?」

「よろしいのです? 今、私は思いっきり猫を被っていますのよ。それでお決めになるのですか?」

「勘が良い方でね。貴女は、僕にとって嫌じゃない相手だ」

「……それは、商人としてはどうかと」

「女性に関する勘には自信があるんだ。大抵顔を見てわかる。君は、とても素直な人だ」

「……随分遊んでいるのですか?」

「色んな人と会っているからね。ほら、俺は商人だし」

「……良いですわ。元々、お受けするつもりでしたし」






 そんな会話から始まった、アンネリーゼとの付き合いは、気づけばもう、五年は経っていた。


 その間に、俺の助けになればと、アンネリーゼは情報屋として動くようになった。

 それがきっかけで離れていったものは多く、俺は少し罪悪感もあった。


「アンネリーゼ。無理して情報を集めなくても良いんだぞ。それに、男じゃなく、女からの情報だって重要だろう」

「男性からの情報を聞き出した方が、色々役に立つと思って。それに今更、女子に近づいたところで、私の事を警戒して、嘘を言う人もいるのよ? もう、女の友人は諦めたわ」

「アンネリーゼ……」

「そんな顔しないで!! 私は大丈夫だから!!」


 思えば、アンネリーゼは、俺や俺の家族、自分の家族がピンチになったと感じた時に感情的な行動を取る事があると気づいた。


 以前カミラの事を、ベック家を乗っ取ろうとしたと勘違いしたヴェンデルに助けを求められて動いた事もあった。

 

 幼いと思っていたが、それ以外は大人な事に、俺は気づかなかっただけだ。

 ()が、幼かっただけなんだ。


 ダナー家に着くと、すぐにアンネリーゼの部屋に通してもらった。






「リーゼお嬢様。フレディ様がお見えでございます」

「……通して」

「よろしいので?」

「……いいのよ」

「……かしこまりました」


 執事が戸惑うのも無理はない。

 アンネリーゼの顔は、泣いて、目は赤く腫れ上がっていたから。


 いいの。このまま振られてやるんだから!!






 ノック音の後、ドアが開くと、フレディが入ってきた。


「アンネリーゼ……」

「今日はごめんなさい。貴方にパーティーに出ない事を伝え忘れていたの」


 精一杯の笑顔で、フレディを迎えた。

 フレディはその顔を見て、眉を寄せ、苦しそうな顔をした。


「……俺のせいだ」

「え?」


 そういってフレディは、ベッドの上で布団に入っていたアンネリーゼをそっと抱きしめた。


「俺がはっきりさせないのが悪かった!! 君に、もっと大人になって欲しくて、保留にしていたんだ。済まない!! アンネリーゼは、俺のために色々耐えてくれていたと言うのに……」

「……婚約破棄するのでは……」

「誰に言われた? 報復してくる」


 目が()わっているフレディが、アンネリーゼを見た。


 こ……恐い。そんな顔、今まで見た事ない!!


「い……いいの!! 別にそれは……」

「……まぁいいや。それは後で聞く」


 ……聞くんだ


「それより、聞いて欲しい」


 ベッドに腰をかけていたフレディは一旦立ち上がり、アンネリーゼに向かってひざまずいた。


「俺と、結婚してください」

「は?」

「やり直しなら、何回でもする。だから、俺と一緒の人生を歩んで欲しい」

「そ……それは」

「何?」

「……お受け……しまず」


 最後だけ、嬉しくて涙が溢れてしまい、台無しになってしまった。


「遅くなってごめん」

「……ずっと、待っていたのだからね!!」

「うん。ありがとう」


 涙声のアンネリーゼを優しい声が包む。


 すると、再びベッドに座ったフレディはアンネリーゼの頬に手をやり、ぐっと引き寄せ、軽くキスをした。

 一旦離すと、また、唇を重ねた。今までの中で最長と言っても良いほど、甘く長い時間だった。


 唇を離すと、ぼーっとしたアンネリーゼに、フレディが(あや)しく笑う。


「プロポーズのやり直しは何回でもするよ?」

「……うん。そうして」

「何やらされるんだろう」

「……楽しみにしててね」


 今度は、本当の笑顔で、フレディに笑いかけた。






 あれから何年か経ち、フレディとアンネリーゼは、二人の男の子を授かった。


「クラウディオ!! フィデリオ!! 待ちなさい!!」

「嫌です!! 母上!!」

「スースーするのやだー!!」

「もう!! 女の子が生まれなかったのだから、貴方達がこれを着るのよ!!」

「横暴です!!」

「りふじんだ!!」

「あら~。よくそんな難しい言葉を知っていたこと!!」


 アンネリーゼは、女の子が生まれなかった代わりに、自分の子ども達に、ドレスを着せるのが楽しみでしょうがなかった。


「助けて!! 父上!!」

「兄上、ずるい!! 僕も助けて、父上!!」

「リーゼ。辞めなさい」

「フレディ! 貴方、勿体ないと思わないの!!」


 ちらりと自分の子ども達を見ると、ウルウルした顔の天使達が目に飛び込んだ。


 嫡男のクラウディオは、茶のストレートに緑の瞳。フレディそっくりの中性的な美形の男の子だ。

 年子の次男、フィデリオは、茶の緩いウェーブに紫の瞳。アンネリーゼそっくりの中性的な美形だった。


 二人共趣は違えど、中性的な美形で、何回も姉妹に間違えられている。

 ただし、中身は二人共男らしく、やんちゃなところもある。

 髪も伸ばしていないのだが、どこか、女性的な雰囲気が漂うのだ。


 以前、どこぞの貴族の男に、「女の子に男装させて、可哀想じゃないか!」と抗議を受けたほどだ。それを聞いていた二人は、「僕は男だ」と言って下半身を出そうとしてしまい、慌てて止めて、「二人共息子です」と何回も言って、相手を納得させたこともあった。


「しょうがないな。二人共、こっちに来なさい」

「どこに行くの?」

「ここ」


 そこは、衣装がある部屋だった。


「ち……父上!?」

「だましたな!!」

「ごめんね。後で、アルベルツ家に連れて行ってあげるから」


 フレディは、後でガミガミとアンネリーゼに怒られるのを回避するため、泣く泣く息子達を売った。


 中から衣装部屋が開くと、使用人達総出で待っていた。


「お待ちしておりました。楽しい楽しいお着替えの時間ですよ」


 息子達は、震えて動けない。そんな二人の肩を誰かが抱いた。


「お母様が一緒ですからね。大丈夫、可愛くしてあげるから……ね」


 息子達が一斉に振り返ると、そこにはフレディではなく、アンネリーゼが立っていた。


「嫌だー!!」

「フリフリやだー!!」


 バタンと扉が閉まり、やれやれとフレディが、一息つくと、壁に掲げられた絵が飛び込んで来た。

 夕焼け色で染まった噴水を背景に、二人の男女が、プロポーズをしている絵だった。







 あのプロポーズをやり直したいと、アンネリーゼが指定した場所は何と、王都の中央広場にある噴水の前だった。

 

「……ここで!?」

「ここなら、平民にもアピール出来るし、ロマンチックってご婦人方にも、羨ましがられるわ!!」

「……わかったよ」

「行きましょ!」


 ルンルン気分のアンネリーゼに、フレディは苦笑した。

 恐らくゴネたら、もっと恥ずかしい場で行うことは予想が出来ていた。それと、恥ずかしいセリフ付きで。


 噴水の前に立つと、アンネリーゼがどうぞと言ってから、フレディはその場でひざまずいた。


「アンネリーゼと同じ人生を歩みたい。俺と結婚してください」

「はい」


 そう言った瞬間、噴水から水が湧き出し始め、上に向かって、四方八方に水が降り注いだ。


 そんな二人に、気づかない人はいない。


 皆から、拍手喝采を受け、「あれは誰だ」と記者らしい男が騒いでいた。






 夕方だった事もあり、多くの帰宅者が行き交う中でのプロポーズは、翌日の新聞の朝刊の頭に掲載された。


「フレディ・ベック男爵次期当主、アンネリーゼ・ダナー男爵令嬢と結婚へ!」


 そう大々的に発表され、プロポーズのシチュエーションもロマンチックだったことから、悔しがる女性が多かったと言う。

 一方、婚約破棄という噂を流した令嬢は、婚約まで漕ぎ着けそうだった子息と別れることになったらしい。

 アンネリーゼの噂の元が、彼女だという事を知り、アンネリーゼの事を()()()()()()()()子息から、嫌われてしまったのだった。


 その子息に情報を入れたのはフレディだ。あくまでも、()()()()()を教えただけだ。むしろ、子息からは感謝されてしまった。


 プロポーズの反響は凄く、まだ当時は新人絵師だった男が、たまたまそのシーンを目撃しており、「力作です」と、そのシーンの絵をベック邸まで持って来たのだ。

 その絵の素晴らしさから、その絵を買い、男をベック家専属絵師にした。

 後に、巨匠と呼ばれるその絵師の最初の大作を見れるとあって、ベック家に来る人は思わず、その絵の前で立ち止まってしまう人が相次いだ。


 絵のタイトルは、「夕焼け色のプロポーズ」。




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