12 ブルーノの過去
俺は、とある伯爵家の庶子だった。
母親は平民で、その伯爵家の侍女。当時伯爵子息だった父親との間に、俺が出来てしまったらしい。
当然、肩身が狭くなったが、何とかそこで俺を産むことが出来たそうだ。
なぜなら、その伯爵子息には、まだ、後継である嫡男が産まれてなかったからだ。
とりあえず俺は、必要最低限の知識は学ぶ事が出来た。
当時まだ四歳だったが、覚えは早かったようで、周りも俺を持ち上げようとしていた。
しかし、そんな中、正妻は男児を産んだ。
当然、俺は要らなくなった。
元々、俺に構いもしなかった父親は、ゴミを見るような目で俺を見て、母親と一緒に伯爵家を追い出された。
母と一緒に王都の片隅でひっそりと暮らしたが、すぐに母を流行病で失った。
そして浮浪児になった俺は、孤児院を訪ねたものの、門前払い。
その後、路地裏をうろついて居たら、統率力のない浮浪児達が集まっていて、すぐにその浮浪児達のリーダーに君臨した。
一応学があった俺は、皆に俺が学んだ事を教えたり、大人を撒くために、喧嘩ごっこをして、身体を鍛えた。
時にはスリをして、毎日の食費を稼いでいた。
そんな時に、ある三人の子どもが現れた。
「お前がここのリーダーか?」
貴族か良いところの坊ちゃんと思われる男に、そう問われた。
「だったら何だ」
「俺らと遊んでくれないか?」
「は?」
遊ぶ? それは俺らを痛めつけるって事かよ!!
「お断りだ!! 俺らを痛めつけて楽しいのか? お前らは」
「悪い。話がちゃんと伝わっていなかった。俺ら商人の息子なんだよ。一人はパン屋の息子。でな。やっぱり力もつけないとと思って、喧嘩を習いに来た」
「俺らをボコボコにしたいと」
「だから! そうじゃない。ごっこで良いんだ。入れてくれないか?」
「その代わりに、こんな物を持って来た」
「俺も!」
こいつらが出したのは、服とパンだった。
「これ、古着なんだけど、いるだろ?」
「このパンは、廃棄パンでさ。捨てなきゃいけないんだ。勿体無いだろ?」
俺達にとってそれは、喉から手が出る度のものだった。
「それと交換するなら、付き合ってやる。手加減なしだ」
「あぁ! 俺は、フレディ。こっちは弟のローレンツ。で、パン屋の息子のディモ。よろしくな!」
「ここのリーダーのブルーノだ」
こうして、ローレンツ達との交流が始まった。
こいつらは、本当に喧嘩が学びたかっただけらしい。
他の浮浪児達とも仲良くして、必要なものを持って来てくれる。
いつしか、俺らの生命線でもあった。
だが、それだけではダメだと気づく。
「働きたいんだが、何か稼げるものってあるか?」
「誰かに弟子入りとか?」
「金が安いし、浮浪児だとな」
「ブルーノは物知りだし、それを仕事に出来ないかな?」
「情報屋なら、タダだし、金が手に入るな!」
「それだ!」
俺は人を観察し、よく王都で使われている外国語、ミーシェ語をマスターし、ロザリファ語がうまく出来ない人に話しかけ、何気ない話で情報を貰っていた。
すると、あるお貴族様が話しかけてきた。
「君。ちょっと話がしたいのだが……」
ブルーノが振り向くと、そこには貴族らしき、淡い金髪につり目で碧眼の、背が高い男が立っていた。
「何でしょう?」
「君の根城に連れて行って貰いたい」
「……誰の差し金だ」
「ある、やんごとない方からの提案がある。もし、受けてくれるなら、君達全員の寝床、服、食事……生活に必要なものは、全てこちらで用意しよう」
「……そんなうまい話にすぐ乗ると思うか?」
「いいや。けれど、もうすぐ寒い季節がやってくる。出来るだけ早い決断をして欲しいね」
「……信頼出来る証拠があるのか?」
「う~ん……証拠ねぇ。私は橋渡し役なんだ。今の身分は貧乏貴族といった所だな。うん。私の言っている事が、本当だという証拠は、私の家に行けばわかるよ」
「あんたの家って?」
「君を信頼して言うよ。私はベルンフリート・アルベルツ子爵。本業は第十三騎士団団長。本来、ここに居てはいけない存在でもある。あ・君のお父上とは関係ないよ」
「……なぜ知っている」
「顔立ちがとてもよく似ている。……性格は違う様だけどね」
「アルベルツって言ったな」
「そう。情報屋なら、それくらい調べられるだろう? 恐い大人も見張っているから、気をつけてな」
「ヨボヨボのジジイの門番でも居るのか?」
「いいや……それも含めて、調べるといい」
アルベルツ家を調べると、すぐに場所がわかった。
向かうと、そこには貴族の家にしてはボロボロの建物が建っていた。
しかも、人だかりが出来ている。だが、門番はいなかった。
「ん? 何だ? 子どもがこんな所で……」
「おじさん達は何をやっているの?」
可愛い少年を演じたブルーノは、おっさん達から情報をもらうことにした。
「ここはな。アルベルツ子爵家といって、優しい貴族様が住む所だ」
「どうして、こんなに家がボロボロなの?」
「それはな。貧乏だからだよ。借金があるんだ。けれど、中を見てみろ」
おっさんに言われた所を覗いてみると、そこには、綺麗な女性と娘達がいた。
「可愛いだろう? 彼女達は、アルベルツ子爵様のご婦人とそのお嬢様達だ! いつも、俺らに笑顔をくれるんだ」
おっさん達はただの覗きだろう?
ブルーノは不安になった。これは犯罪なのではないかと。
「やぁ! 久しぶり皆!」
そこに現れたのは、茶髪の髪に碧眼の男だった。
「おお! アウディじゃねぇか!!」
「久々だなぁ」
「お! ゴットも一緒じゃねぇか!!」
「しばらく見なかったな」
「本業が忙しくてな」
「本当は、これを本業にしたいのだが……」
「違げぇねぇ!」
「俺もだ!!」
あっはっはっは! と豪快に笑う男達に、ブルーノは若干引いていた。
「ところで、その少年は?」
「あぁ。この家が何でボロボロなのか、疑問に思ったらしい」
「そうか」
「この家はな、ある者達をかばって、借金をしたのだよ。そのツケが今でも続いているんだ。だから、貴族であっても平民……いや、それ以下かも知れん」
「あれ? それは先代が背負った借金じゃなかったか?」
「実は、別の人物の借金を先代が肩代わりしたんだよ。それが真実だ」
「そっかー……そういや、先代も気さくな方だったなぁ」
「お人好しそうだったもんな」
周りの男達は、しみじみと語り出す。
ある男が言ったことで場の空気が一変した。
「しかし、まさか当代が別嬪さんを連れてくるとは思わなんだ」
「確かに! いや! 当主の見てくれが悪いとは言わねぇよ! けどさー。まさか別嬪さんを連れてきて、子ども達まで別嬪揃いたぁな」
「あぁ。俺らの癒しだ」
「我ら、アルベルツ様御一家、非公式ファンクラブは、あの可愛い笑顔を守ると誓う!!」
「「「おぉ!! 我が同志達よ!!」」」
男達の空気にブルーノは完全に引いた。
アルベルツ邸を見ると、あちこちがボロボロだった。
住んでいる者たちの服装も、ボロついている。
けれど、皆、笑顔だった。
「君は、この家をどう思う?」
ゴットと呼ばれた男に問われると、眉を寄せながら、答えた。
「こんな貴族の家……初めて見た」
「……そうか」
「……僕はもう帰るよ。おじさん達、またねー!!」
「おぉー!! また来いよ!!」
俺はあのアルベルツって人に同情した。
あの人はしっかり働いているのに、正しい褒賞を受けていないらしい。
「やんごとない方」は、使い捨てる人物ではないか?
俺は、「やんごとない方」じゃなく、アルベルツって人の事を信用しようと思った。
後日、アルベルツがやってきた。
「やぁ」
「……お前の家、行ってきた」
「どうだった?」
「かなり困窮していた。その、やんごとない方は何とかしてくれないのか?」
「してくれているよ? ただ、全面的には……難しくてね」
「俺はお前なら信じる。貴族でもあんなに貧乏なんて、思わなかった」
「ははっ! 恥ずかしいところを見られたかな? まぁ全て、俺に甲斐性がないせいだよ。それでも何とか笑顔に暮らしているだけ、マシかな?」
「病気になったらどうするんだ」
「それは大丈夫だよ。いつもそう言う時は手を貸してくれる」
「……ならいいけど」
「冷たい人だと思うかい? やんごとないお方が」
「……わからねぇ」
「うん。そうだね。今はそれで良いよ」
そして、俺達の新たな根城が完成したと、アルベルツが皆を連れて、案内してくれた。皆はしゃいで、部屋の中を探検している。
よく話を聞くと、裏組織の一つの拠点になるらしい。
名前は、『中央の鴉』。
ダサい名前をつけられたが、裏組織なら納得だ。
それでも条件付きではあるが、成人を過ぎたら、ただの平民にもなれることも約束してくれた。
俺は、このまま、ただの平民に戻らないことを決めた。
同じ境遇の奴は減らないだろう。
そんな奴らに、少しでも手を差し伸べてやりたい。
この笑顔を守れるなら、俺は悪魔にでもなってやる。
そんな事を大人達が望まないのはわかっているが、俺の覚悟って奴だ。
次回、王の気まぐれ
このブルーノ回の大人視点です




