10 ローレンツ編 街へお忍び
「本当にやるのですか?」
侍従はいぶかしげに口を開く。
今、俺達は、馬車乗り場にいた。
皆、家に帰ろうと、自分の家の馬車を待っていた。馬車が次から次へと入ってきて、辺りは騒がしい。
「やるんだよ」
「……今だ!!」
俺達は走って、馬車乗り場を後にする。
「本当に実行なさるなんて……」
「待ち合わせ場所なんだけど、いつもの場所とは違って、うちが経営している商会で会う事になった」
「え? ベック商会って事? なら馬車で良かったじゃん!」
「ただし、裏口」
「裏か……」
「でもまぁ……安全か」
「裏だと何か、問題があるのか?」
「表から回ると目立つんだ」
「別の道から、裏に行く方法がある。そこから向かうよ。最初に向かう予定だった所よりは安全だから安心して」
「……もしかして、俺が行く事を言ったのか?」
「あぁ。誰かまでは書いてないけど、気づいているかもな」
「怒るなよ、シュテファン。お前に何かあったら、大変なのは明らかだし、あそこなら安全だ」
「ただ、街を楽しめない可能性がある。買い食いは出来ないかもな」
「それは少し残念だ」
「本来それは許せないのですが……」
「良いだろ? ちょっとくらい」
「そうこなくっちゃ!」
一本道の大通りから、一本外れた道に入る。
ここは知る人ぞ知る道で、ここを真っ直ぐに行けば、ベック商会の裏手に出る。
「少し薄暗い道だな」
「裏手だからなぁ。仕様がないよ」
「もうそろそろだ」
一際大きい建物の裏手に、同世代くらいの男がポツリと立っていた。
髪は茶髪。久しぶりに会う友人は、その髪をオールバックにしている。
昔と比べて、体格もがっしりしてきて、顔も男らしいが、綺麗で整った顔をしていた。
碧眼の瞳をこちらに向け、悪戯な笑顔でこちらを出迎えた。
「お初にお目にかかります。ブルーノと申します。王太子様」
「やはり気づいていたか。シュテファンだ。よろしく、ブルーノ」
「こちらこそ、良い縁を頂き光栄です」
「口調を崩して構わない。私はお前を友人として見ているからな」
「……なら、いつも通りに戻す。ローレンツ! お前の手紙見て焦ったぞ! ったく!!」
「やっぱりわかったか」
「知ってたからな。お前が王太子と友人なのは」
「ブルーノに掛かれば、何でもお見通しだな」
「では、試させて頂きましょう」
「……誰?」
「私の侍従だ。私に相応しい働きをするか、試したいんだそうだ」
「ほぅ。面白い」
ニヤリと笑うブルーノを尻目に、侍従は口を開く。
「この情報は知っていますか? 現在、ある国から難癖をつけられ、ロザリファと戦争がしたいと申し出ている国があると」
「馬鹿にしているのか? ベルクだろ? あそこは好戦的な国だしな。ちなみにそれを唆そうとしたのが、過激派の副外交大臣だったな」
「え? ……嘘……」
「今頃、王城で拘束されているはずだ。じきに情報が届くだろう。ちなみに、それは丁重にお断りする予定だ。その代わり、漁業権を与える事にするそうだ。うちの国からはとても行けない場所があるそうなのだが、一応ロザリファの管理しているところなんだと。うちの国の漁業には影響がない」
「……なら! ある国から強く同盟を打診されている。その国は?」
「ミーシェだな。だが、同盟ではなく、交易関係に留める予定だろう。王は、あちらの国王が気に食わないようだからな」
「……そこまで……なぜ……」
「本業だからな。当然だろ」
「お前の負けだ」
「はい。信用出来そうですね」
「お金さえ貰えば、こちらは大歓迎ですよ!」
「知らない情報もあった様だからな。これくらいで良いか?」
「おぉ! 太っ腹!! 確かに受け取った!!」
「これからも、良い関係でいたい。ブルーノ」
「こちらこそ、喜んで!」
それを見ていた面々は、嬉しそうな笑顔を見せた。
「良かったね。ブルーノを受け入れて貰えて」
「あぁ」
「何かあった時に、ブルーノの方から連絡がある事を期待したんだろ?」
「過激派もいるしな。味方は増やした方が良いと思って」
「確かに」
そんなやり取りをしていると、裏口が開いた。
「ローレンツ! 皆、急いでこちらへ!!」
フレディが、緊迫した様子でこちらに指示を出した。
シュテファンと侍従は、なんだ? この女顔の男は? という顔をしている。
「わかった! 皆、急いで中へ」
慌てて、皆で中に入る。ローレンツは皆が入ったのを確認し、裏口の戸に鍵をする。
「何なんだ? 一体」
シュテファンがぼやくと、フレディは乱暴な口調を投げ掛けた。
「しっ! 黙って」
ついて行くと、使用人の控え室の様な所へ通された。
「先ほどは、慌てていたとは言え、無礼な振る舞い。大変申し訳ありません。殿下!」
「良い。其方は?」
「そこにいるローレンツの兄、フレディ・ベックと申します」
「シュテファンだ。理由を問おう」
「はっ! 現在、過激派のご家族が、何組かこちらに来店しております。そして、怪しげな動きを過激派の子息達がしておりまして、裏口にも回ると思い、急いで呼びにきた次第」
「フレディ、助かった。礼を言う」
「光栄にございます」
「何人くらい居るんだ?」
「楽に話せ」
「ではお言葉に甘えて。過激派が三組。中立派が二組。穏健派が一組。元々皆、来店の予定はあったのだが、子息達が来るのは予想外だった」
「そうだな、普通は親だけで来店が多いな。皆、商談をするために、来る様なものだから」
「もしかしたら、試験で一位をとったローレンツに、関連する所が見たいだけかと」
「若しくは弱みがあれば、握りたい……とか?」
「過激派はそうだろう。ここに王太子が居るってバレたら、大問題だ」
「だから申し訳ないが、食事はここでして欲しい。こんな部屋で申し訳ございません」
「構わない」
「食事は今、お使いを頼んで居るので、もう少ししたら来るかと……」
そうフレディが言った瞬間、ノック音が聞こえた。
「ヴェンデルです」
「入れ」
入ってきたのは、小さくなったローレンツだった。
「買ってきました。注文通り、ちょっと多めに」
「助かった。子息達は?」
「裏に三人行ったのが見えた。後の子息達は、親に付いてて、商会の中をみてるだけみたい」
「お疲れ様。皆にも紹介しよう。ヴェンデル、こちらへ」
フレディがヴェンデルと呼ばれた、小さなローレンツを紹介した。
「私達の末の弟、ヴェンデルです」
「ヴェンデル・ベックと申します」
「ヴェンデルか、緑の瞳以外は、ローレンツと瓜二つだな。私は、シュテファン。この国の王太子だ」
「お……お会い出来て、光栄にございます」
「ヴェンデル、ありがとう。買ってきてくれたのか」
「フレディ兄様に言われて。慌てて買ってきたから、統一感がなくて申し訳ないけれど」
「十分だ。ありがとな」
そう言うと、皆の前だからか顔を赤くし、小さな声で「はい」と言ったのが可愛らしかった。
「私達はもう行く。頃合いを見て、指示を出すから、良いと言うまではここで待機していて欲しい」
「わかった。重ね重ね、礼を言う」
「ありがたき幸せ」
フレディは、頭を垂れると、ヴェンデルも真似して、同じ格好をする。そして二人は、部屋を出て行った。
「今日は良い日だな。ローレンツの兄弟を見れるとは思わなかった」
「ローレンツとヴェンデルは、そっくりだから面白いよな。俺も紹介した方が良かったか?」
「ブルーノは、まだ早いよ」
「過保護な兄貴だ」
「兄とは髪色以外はあまり似ていないんだな」
「フレディだけ、母上に似て居るんだよ。あとは皆、父上似」
「私も父上にそっくりと言われるからな。髪質以外は」
シュテファンは、緩いウェーブの髪。父であるアウグストの髪は、ストレートだ。
「そうだな! よく考えたら兄弟みたいだ」
「言うな! あの人と兄弟だと!? ゾッとする!!」
「そう言うもんか?」
「想像してみろクリスト。自分の父親と兄弟みたいと言われて嬉しいか?」
「……無理無理無理無理!!」
「俺もゾッとしたよ」
「同じく」
ローレンツとエリクが同意すると、ブルーノが口を開いた。
「とりあえず食ベていいか?」
「そうだな。食べるか」
ヴェンデルは、パン屋と串焼き屋に行ったらしい。
パン屋で、野菜や薄切りハム等が挟まってるパンと菓子パンを、串焼き屋で、鶏肉の串焼きと豚肉の串焼きを一人一本ずつ買ってきてくれた。
「おぉ! ボリュームがあるな」
「串焼きは初めてか? シュテファン」
「あぁ。こっちのパンも初めて見るものばかりだ。王城ではまず、上がらない」
「まぁ、庶民的なものだしな。ここいらは、下位貴族と平民が買い物をする区域だから、当然か」
「美味しい。こういうのもいいな」
「食べ歩きしながら街を歩くのも、面白いよ」
「いつか、してみたい」
すると、エリクが目を丸くした。
「え? ブルーノって、菓子パン食べるんだ」
「エリク、悪いか?」
「悪くないけど、意外」
「顔に似合わずってやつだな」
「俺のは糖分補給ってやつだ」
「皆、紅茶だ。俺が入れたから、味の保証はないが」
ローレンツが皆に、紅茶が入ったカップを配る。
「あぁ、うまいぞ」
「程々にな」
「コーヒーはないのかよ」
「コーヒはまだ、高いんだよ。使用人室にあるか!!」
「こういう食事はいいな。楽しい」
「王城ではないのか?」
「常にピリピリしている中、食事をしなければならない」
「そうか。過激派の使用人もいるんだっけか?」
「そう言う事だ」
食事が終わった頃、フレディが入ってきた。
「皆、お待たせして申し訳ない。やっと、客が全員帰った。もう、大丈夫だろう」
「念のため、俺が先に出て確認してくる」
ブルーノが椅子から立ち上がり、裏口から出て行った。
フレディは、ブルーノの行動の補足をした。
「過激派だけでなく、中立派も穏健派などの、全ての貴族が油断なりませんので、慎重に行動してください。ブルーノが出て行ったのは、そのためでもあります」
「迷惑かけてすまない」
「いいえ。弟の方がかけているでしょう?」
「そのお陰で、俺の目的が達成しやすくなっている。礼を言う」
「どうぞ、弟を利用してください」
その会話を脇目で聞いている者達にとっては恐怖だった。
「聞いた? 今の?」
「あぁ。黒いなぁ」
「本音で言っている分、素直でもあるけどな」
俺の受難はこれからも続きそうだ。
ブルーノから、大丈夫との報告があり、皆で裏口を出た。
「シュテファン。俺に連絡を取りたい時は、ローレンツか、ローレンツの実家宛に手紙を出せ。そうすれば、すぐ受けよう」
「気遣い感謝する」
「またな、ブルーノ」
「おぅ。またこうなった時は、事前に言えよ。こっちも大変なんだからさ」
「助かる」
「ディモの所は、また今度の方がいいな」
「ディモ?」
「俺らの幼馴染の平民ですよ。さっき食べたパンを作っている、商店の息子」
「なるほど、是非会いたい」
「卒倒するんじゃない?」
「かもな」
皆が笑顔になった所で、ブルーノとは別れた。
そして無事、寮に戻って、何食わぬ顔で過ごした。
商会に来た貴族達には、気づかれなかったようだ。
反省文を書く事もなく、その日はホッとした。
そして休み明け。
俺達とは別に勝手に寮を抜け出し、街へ遊びに行った者達は見事に見つかり、先生からお叱りを受けていた。
「良かったなぁ。俺達、見つからなくて」
「さっきはヒヤッとしたよ」
「ヘマすればああなる」
「肝に銘じよう」
次からのお忍びは、今回よりも慎重なものになったのだった。
親と兄弟みたいと言われて嬉しい人もいるかと思いますが、ここではキャラが嫌がっていたため、こうなりました。
次回、ローレンツ編 秘密の裏側




