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聖霊使いの回顧録  作者: 白川柚子
始まりの街、相模原
6/6

なんてこともない終わりと出会い6

目を覚ますと、月明かりで青白く光る天井が写った。まずは起き上がらずに目だけを動かして周りの様子を見てみることにする。当然のことながら、時間帯までは分からないが夜のようだ。この月明かりは頭の方向から来ているが、光の当たり方から考えると等身大くらいの窓があるのだろう。私はベッドで寝ていて、右側は壁と接している。部屋の真ん中辺りには丸い机と椅子。椅子に掛けられているのは恐らく制服のブレザー。反対側の壁にはクローゼットにしては大きすぎる両開きの引き戸。人の気配は無し、か。

ゆっくりと体を起こした悠莉は目眩を感じて眉間に皺を寄せた。昼間にごっそりと奪われた体力がまだ回復していないらしい。そして同時に、夢とも思えるような一連の出来事が現実であった事を実感する。


「夢であって欲しかったわけじゃない。でも体の不調だけは夢であって欲しかった……」


ボヤいても仕方がないのだけれど。

悠莉が仰向けのまま確認した物以外には、足元側の壁にこちらは本物のクローゼットだと思われる引き戸が1つ。壁に沿ってさらに奥に扉が1つ。そして窓の反対側に出入り口と思われる扉が1つ。

ここまで確認した所で悠莉は初めて青白い光を発している外に目を向けた。


「な、何これ……!?」


思わず立ち上がって悠莉は大きな窓に近付いた。部屋の幅よりもふた回りほど小さなバルコニーがあるその先には様々な背の高い建物が見える。月明かりだけでは詳細にその様子が掴めないが、見渡す限りの巨大な建物全てに蛇のようなものがびっしりと纏わり付いているように見える。少し気持ち悪い。

……よし。

見なかったフリをすることにした悠莉は回れ右をして反対側の扉に近付いた。玄関であるらしいそこは少しだけ床が低くなっていて、ご丁寧に悠莉が履いていたローファーが置いてあった。履いて外に出る。

小さな廊下には右手に悠莉が出てきた扉と同じ形の扉が2つ、左手に階段があった。階段の下からは薄く光が見えている。ここで引き返して日が昇るか誰かが来るまで眠ろうと思えば眠れた悠莉ではあるが、好奇心には勝てずに螺旋を描いた階段をゆっくりと降りていく。すぐに先程と同じような風景の廊下に出たが、光源はここでは無いようだ。さらに下に降りていくと廊下の代わりに扉に突き当たった。3分の1ほど開いている扉から光は漏れていたらしい。

とにかく覗いてみようかな。


「目が覚めたんだね」

「!?」

「取って食ったりしないから、怖がらずに出ておいで」


いやいやいやいや。これでも足音を立てないように最新の注意を払っていたし、気配も消していたはず。怖がる以前に警戒するよね。

聞きなれない男性の声に対して感想を思い浮かべながらも、相手から敵意を感じない事とここで意地を張っても全くの無駄だという事から悠莉は扉を開けた。


「おはよう、悠莉ちゃん。日が昇るまでもう少しあるけれど」

「はあ。えーっと……」


ここは多分、飲食店だ。明かりといえばカウンターの壁から突出している板に乗った4つのランタンとカウンターの真ん中辺りにあるランタンから発せられる光だけだが、それでも薄暗がりの中にいくつかのテーブルやら椅子やらが確認できる。

カウンターの客側には昼間に知り合った黒男が頬杖をついていて、反対側では悠莉に話しかけてきた青年が笑みを浮かべながらカウンターチェアに腰掛けていた。青年は若草色のエプロンを無地のシャツと綿のズボンの上に着けている。飴色の髪を緩くカールさせていて、左目には涙ボクロがあった。整った顔立ちにすらりと長い手足。

これはイケメンに分類される顔である。そういう話に疎い私でも分かる。それにしても、雰囲気がどことなく……。


「憐の隣に座っててね。お茶を淹れるから」


悠莉が目を瞬かせている間に、青年はさっさと立ち上がって準備をし始めてしまった。


「はい」


では遠慮なく。

思考を遮られた悠莉が一先ずはそれ以上深く考える事なく憐の右隣に座ると、彼は僅かに目を見開いた。


「どうしたの?」

「別に。躊躇いなく座るなと思っただけだ」


躊躇うような要素なんて無いような気がするけれど。

悠莉の疑問を感じ取ったのかいないのか、青年は2人から背を向けたままくすりと笑った。


「いつも仏頂面しているから怖がられるんだよ。少しは愛想良くしたらどうかな?」

「うるせえ」


青年の背中をジロリと睨んだ憐は目を閉じる。

悠莉は憐との会話が望めないと判断して青年に話を振る事にした。


「貴方は私の事をを知ってるんですか?」

「妹が君を気に入っていてね」

「妹?」

「君の数少ない友達。外見の癖は似ているし、分かるんじゃないかな?」


成程。薄暗くて確信が持てなかったが、そうまで言われてしまうと分かる。あの子には兄がいるって話を聞いていたわけだし。自由に跳ねる飴色の髪。


「美結のお兄さんですか?」

「正解。僕は篠崎一桐。みんなには一兄って呼ばれているよ。悠莉ちゃんもそう呼んでね」

「はい。よろしくお願いします。私は雨宮悠莉です。美結には色々とお世話になっています」


小さくお辞儀をした悠莉の前にマグカップを置いた一桐は穏やかな笑みを浮かべたまま頷いた。


「さあ、熱いうちに飲んで」

「いただきます」


マグカップの中には湯気を立てている黄色がかった液体が入っている。鼻からどこか甘く爽やかな匂いが通り抜ける。

うん、美味しそう。

マグに口を付けた悠莉は一口飲んでからピタリと動きを止めた。


「苦っ…………!?」

「そうか、君もダメなのか……」

「一兄特製の薬茶が飲める奴はいねえよ。普通のやつならまだしも。それ、尋常じゃないくらい苦い」

「薬茶?」


落胆したような口振りではあるが笑顔は変えない。なんというか、胡散臭い。

舌の上に残る強い苦味と格闘しながら、具体的には眉間に皺を寄せながら悠莉はいつの間にか片目を開けて様子を見ている憐に聞き返した。


「コイツの趣味」

「薬茶は健康に良いんだよ?疲労回復にだって役に立つのに。はい、口直しに紅茶とブラウニー。憐もどうぞ。ミルクと砂糖はご自由に」


真っ白なソーサーに乗せられて出てきたこちらも白いカップの中に透き通った琥珀色の液体が入っている。確かに紅茶の繊細な香りがしてくるわけで、飲みたくなるのだが。


「用心しなくてもこっちは普通の紅茶だよ。昨日焼いて一晩寝かせたからブラウニーも美味しくなっているはず」


自分用の紅茶とブラウニーを用意した一桐は毒味をしてみせるようにカップに口を付けた。では、と自身も紅茶を飲んだ悠莉は芯まで温まるような心地がして小さく溜息を吐く。

この人は紅茶を淹れるのが余程上手らしい。なんだか一気に気が抜けてしまった。落ち着いた、と言うべきなのだろうが。気が抜けた、の方が正しい気がする。

今度はブラウニーを一口サイズに切り取って口に放り込む。たっぷりのクルミとしっとりとした生地の食感、鼻から抜ける濃厚なチョコレートの香り。


「美味しい……!」


体に染み渡る。こんなに美味しいモノを食べたのはいつ振りだろうか。よく考えれば1日ほど前にとにかく甘いパフェを食べた気もするが、それは置いておく。その一口でお腹が空いていたことに気付いてしまった悠莉は次々とブラウニーを口に運ぶ。


「気に入ってもらえたみたいだね」


一桐が満足そうに頷いた。


「……まあまあだな」

「君はもう少し食べ物に有り難みを感じなさい。というか、憐は甘党なんだから無理して澄ました顔しなくても良いんだよ?いつもみたいに一兄のお菓子は最高って言ってくれても良いんだよ?」

「俺がいつそんな頭の悪い台詞を言ったんだ」


綺麗な笑顔を浮かべて憐のツッコミをスルーした一桐は改めてブラウニーを頬張る悠莉に目を向ける。


「さて。悠莉ちゃんには突然こんな所まで来させてしまったし、きちんと事情を説明しなければならないね」


指を絡めた一桐は不敵な笑みを浮かべてみせた。どこか異常な気配を感じた悠莉は身構えるまではせず、だがすぐに動けるようにしてから手を止めて背筋を伸ばした。


「ようこそ。聖霊を使う者とそうでない者とが寄り合って生き残る街、相模原へ。歓迎しよう、天宮悠莉。幻獣族の王たる四神を使役するべき聖霊使いさん」

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