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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月桂樹の話

伝わらない気持ち

作者: 伊月煌

Twitterでのリプ応酬()を話にしただけのものです。

イルくんが眠れなくてディオの所に行くだけの話です。

痛い。

痛い。

目が疼く。

「っ……くそ、」

悪態を一つついて、進めようとしていた作業をやめて、部屋を出た。

会いたい、と思ってしまう辺り重症だな、と思ってしまう。

きっと甘やかしてなんて、くれないんだろうけど。

声を聞きたい、という我儘は許されるだろうか。


***


執務室の灯りがついてる。

当然と言えば当然だ。

同室なのに部屋にいないのだから。

ノックもせずに入るとカリカリと万年筆の先と紙が擦れる音が響いていた。

「こんな夜遅くまでお仕事なんて、本当にアデルカ中佐は仕事熱心ですね。」

俺がそう言うと、驚いたそぶりもなく動かしている手を止めぬまま返事が返ってきた。

「そう言うお前こそ、なんでこんな時間まで。」

言葉の調子こそ責めているようなものに聞こえるが声色に全くそんな様子はない。

「だって……目の下にクマできてるのに頑張ってるディオ、放って置くわけにいかないじゃん?」

本来の目的は別にあるが、言ったことも事実だ。嘘はついていない、と言い聞かせながら答える。

「まあ、仕事だからな。それに一時期のお前の方がよほど忙しかっただろう。このくらいで俺が音をあげるわけにはいかない。」

そう真面目に返ってくる。

「……俺と比較しないでよ。アレは特別だったんだ。」

一時期。恐らく俺が司令補佐に就任してすぐの頃だった。

尋常じゃない量の書類を一人で処理しなきゃいけなかったことがあった。

いろんな事情が重なって起きたことで特別だったのだ。

「ディオ、……本当に仕事のせいでできたクマ、なんだよね?」

俺は恐る恐る尋ねた。

「仕事以外に、一体どんな理由があるって言うんだ。」

返ってきた返事は苦笑交じりだった。

俺の質問の意図は彼には伝わっていないんだろう。

「……なら、いいんだ。俺の思い過ごしみたいだから。気にしないで。」

本当は悪夢を見たんじゃないか。

また、夜中に起きて一人で解決しちゃうんじゃないか。

そんなことを思った。

俺はきっとうまく笑えていない。

少し沈黙の後、今度は彼は尋ねた。

「…それで、また眠れないのか?」

俺が眠れないのを見抜かれている。

彼のこういう、直球なところが苦手だ。

「っ……、へへ、ちょっとね。その……痛く、て、ディオの顔見たら治るかなぁとか思ってたら、あの、部屋の電気ついてたから……」

まっすぐ聞かれるとどう答えていいのかわからない。

しどろもどろになる。

「言っておくが俺の顔はそんな万能では無い。…もう一回医者に診てもらった方がいいんじゃないのか?」

彼の言ってることは間違ってないのに否定したくなる。

「っ……そ、そうだね……やっぱ、行かなきゃダメだよね……。」

病院には行きたくない。

とは言えなかった。

「…夜にこうやって此処に来るのをやめろとは言わないが、本当に辛い時に役に立つのは俺なんかじゃなくて医者だからな。」

心配、されているのだと思う。

俺のことをここまで心配してくれるのは可愛い弟子と彼くらいだろう。

「…うん、大丈夫。明日、ちゃんと行く。このままじゃ仕事に支障出るから、ほんと…せんせに、みて、もらってくるね。」

わかってはいたがやはり甘やかしてもらえない。

そのことに安堵と切なさが入り混じって胸がきりきりと痛む。

「いや…医者に行くって言うのはそうして欲しいんだが、仕事とかじゃなくてな…自分の体を大切にしろと、そういうつもりだった。」

彼が唐突にそんなことを言った。

何を言われたのか俺は理解できなかった。

「え……?あ、体……大事にしてるよ…?」

「あー…もういい。ちょっと屈め。」

初めて彼がこちらを見た。

「え…?あ、うん。」

若干トーンが落ちた声で言われたから俺はおそるおそる屈んだ。

すると、両手でくしゃり、と頭を撫でて前髪をかき上げられた。

前髪で隠れていた右目が露になる。

「我慢した結果の大丈夫、は自分を大事にするうちに入らないぞ、イル。」

少しだけ、怒ったような顔で目を合わせる。

隠していた右目を見られたくなくて、顔を背けたい。

のに、両手でホールドされているから逃げられない。

俺は目線だけ外した。

「っ……なりたくて、こうなったわけじゃないもん……我慢しないと、何にもできないって思われるじゃないか。」

右目が見えないのは俺の所為じゃない。

髪が白くなったのも俺の所為じゃない。

そう言い聞かせないと、自分が自分じゃなくなる気がして怖い。

我慢しないと、目の前の男にも否定されそうで……怖い。

「俺は、何があっても、お前のことを否定したりしないから。」

低くて優しい声が耳に響いた。

そんなことを言われるなんて思ってなくて、思わず泣きそうになった。

ごまかすために俺はディオの肩に顔を埋めた。

「……ディオは俺から離れていかない?」

甘えだ、これは。

そんなことを思いながらも小さな声で問うた。

彼が俺の頭を優しく抱き寄せる。

「俺を疑うのか?」

「…確認、してるだけ。」

素直になれない返しに彼は抱き寄せた俺の頭を撫でた。

「……子ども扱いしないでよ、もう。」

素直じゃない俺はありがとうすら言えない。

「好きなだけ子供になれば良い。」

「それ……俺に言っちゃうの?女の子じゃなくて?」

誤魔化すためにそんなことを言った。

自分の胸の痛みが大きくなるのを隠して。

「なんで今、女の話なんか出てくるんだ。」

彼が俺の頭を離した。

彼の表情が変わる。

むす、として彼は言った。

「ん、?ディオが突然かっこいいこと言ってくるから俺じゃなくて女の子にそういうこと言ったらモテるのになぁ、って思っただけだよ。」

俺は笑みを作ってさらりと返した。

「俺に、女にモテて欲しいのかお前は。」

今度は真顔で返ってくる。

「それ、俺の許可いるの?ディオがモテたら俺は素直に嬉しいけどね。」

彼に素敵な彼女ができるのは嬉しいことだ。

でも素直に喜べるかはわからない。

こんなに上手に嘘をつけると思わなかった。

「はぁ…?よく分からないが…」

心底意味の分からないって顔をして、

「最期に連れ添うのが一人なら、たくさんの女に好かれる必要はないだろう。」

大きな爆弾を投下した。

その『一人』は誰のことなんだろうか。

「……ほんと、ディオって馬鹿正直っていうか、タチが悪いっていうか。」

まっすぐで、偽りのない、まるでプロポーズのような言葉をさらりと吐いてしまう。

「一途と言うんだ。」

彼のそういうところがたまらなく好きだ。

「…お前こそ、女の一人や二人作らないのか。俺と違って選り取り見取りだろう?」

「選り取り見取り……?ディオ、本当にそう思ってるの?」

こんななりしてるのに?

彼がはっとした顔をして申し訳なさそうに眉間にしわを寄せた。

「…あぁ、そうか…。無神経だったな、すまない。」

「……ううん、俺は丁度いいって思ってるよ。この姿なら誰も寄ってこないから関わらなくてすむしね。」

白髪と左右で色が違う目。

不気味に見える容姿は良くも悪くも目立つ。

自分の地位も相俟って狙撃手時代よりも自分に声をかけてくる輩は俄然減った。

「そう…か…。」

彼の眉間のしわがさらに深くなる。

「ふふ、眉間にしわ寄ってるよ。」

俺は彼の眉間に指を持っていく。

「ディオがそんな顔しないでよ。これは俺の弱さが招いたこと。ディオが気に病むことじゃないでしょう?」

彼にそんな顔をさせてしまう自分の容姿を心底恨む。

目が見えなくなったのは俺が他の隊員を庇って当たりに行ったものだし、髪が白くなったのも俺の精神の弱さが招いたこと。

俺がどれだけ強がっても言い聞かせても変わらない事実だ。

「あの事件は、お前が弱かったから起きた訳じゃない…」

彼が小さな声で呟いた。

あれから、ずっと俺に言って聞かせてくれる。

「あー……うん、ディオは優しいね。」

俺がそう言うと彼は黙り込んでしまった。

やはり俺は素直じゃない。

彼の優しさを素直に受け止められていない。

「………ディオ、それより、聞いて聞いて。」

「…あ、あぁ…なんだ?」

話を切り替えようと、明るい声で彼の名を呼んだ。

「あのね、この間の作戦ヴェールがすごく頑張ってくれてね、司令がヴェールのこと褒めてくださったの!」

「へぇ、ヴェールが…最近、よく噂を聞く。あいつも腕を上げたな。」

眉間のしわがとれて、小さく笑った。

「ディオの隊で噂が出るなんて、すごいなぁ……やっぱりディオもヴェール上手くなったって思う?」

「あぁ、あいつが上手くなって、かなりこっちが楽になった。俺達が突っ走れるのはあいつのおかげだ。」

人のことを滅多に褒めない彼に弟子を褒められるのはすごく嬉しい。

「ディオが言うなら、間違いないね。ちゃんと隊の統率も取れるようになってきてて。相手が恐れて無条件降伏したりってのもあったの。あ、これはディオ達のおかげもあるんだよ?」

「あのちびがよくここまで登りつめたものだな。」

「ヴェール、ディオにはチビって言われたくないと思うけどなぁ……、」

苦笑して言うと少しだけ声が固くなって返ってきた。

きっと、痛いところを突かれたと思っているんだろう。

「…昔の話をしているんだ、」

「ヴェールは昔は小さかったからなぁ……今じゃ俺より大きいけどね?」

可愛かった弟子は気づくと自分より大きくなっていた。

「今でも、たまにガキっぽいけどな…」

「くっ……ふふ、そうだねぇ……そうやって張り合うアデルカ中佐もガキなんじゃないの…ふふ、」

彼と弟子がいがみあってるのは出会ってからほんの数か月まではよく見れた。

最近はあまり見なくなったけど、俺にとってみればすごく微笑ましい光景だ。

「張り合ってなどない!大体、そうやって上げ足をとるお前だってガキなんじゃないのか」

「ふふ、本当だね、ディオと長いこと一緒にいるからかなぁ?」

上げ足をとった時の彼の反応が面白くてつい、なんて言うとまた怒るだろうから言わないことにする。

「少なくとも昔、お前はもう少し可愛げのあるやつだったと思うぞ…いつからこんな性格悪くなったんだ。」

「性格悪いとか、心外なんだけど!そんな俺が好きなんじゃないんですかー?」

「誰が嫌なやつと好き好んで一緒にいるものか。とにかく、俺の失言に意気揚々と食いつくな。」

「ディオのそういうとこほんと好きだなぁ。」

ぼそ、と口にする。

「ていうか……ふふ、失言だと思ってるんだね。」

「あれだけからかわれれば失言だ、とも思うに決まってる。」

「えー……俺がからかったのがいけないのー?」

ふざけてそう言うとまた機嫌の悪そうな声で返ってきた。

「まさか、俺の背が低いのが悪いとでも言うつもりか。圧倒的にお前の所為だ。」

「ディオの背が低いのはどう頑張っても解決しないってば、それにいいことだってあるんだから気にしないのー!まあいいよ、俺の所為ねはいはい。」

「良いこと…?思いつく限りでは一つもないがな。」

低いトーンで淡々と言った。

近いタイミングで何か言われたのか。

そんなことを思った瞬間、自分の体温がす、と下がった気がする。

「……ディオ、あのね?言わせておけばいいんだよ?ディオの悪口言ってるやつは使えない奴らばっかりだから。」

知らないところで彼を傷つけてるやつがいると思うと黒い感情がこみあげてくる。

「そうだな…お前が必死になって貶すほどの価値もない奴らだ。」

彼が諭すように言った。

「必死?必死だった、俺?でも、ディオを苦しめるんだよ?そんな奴ら……」

「お前は、人を褒める時の方が良い顔をしてる。」

「っ……ディオがそう言うならなーんにもしないね。」

「今言質とったからな。」

彼が優しいから。

俺も俺の弟子も彼のことを忌む連中を許せないし、どうにかしたいと思っている。

けど、彼の嫌な顔が見たくないのも事実だ。

「うん。ディオの嫌がることはしないから、大丈夫大丈夫。」

「…本当に、お前は……いや、なんでもない。」

珍しく彼がどもった。

「ん……?ディオ?俺、ちゃんと守るよ?」

「うん、わかってる、」

「分かってるんならいいや。」

ディオの言いつけはちゃんと守る。

今までもずっとそうだし、これからもそうだろう。

「…長話をしてしまったな。そろそろ戻るか?」

「そう、だね。長居するとアデルカ中佐の仕事が捗らないしね。」

気づくとかなりの時間部屋にいた。

目はまだ痛いけど、何となく気が楽になった。

「迷惑だといった覚えはない。」

真顔で言うから思わず苦笑する。

「あぁそうだ。明日、絶対医者行けよ。」

「あー……うん、行くね。」

思い出したかのように釘を刺されて、反応が少し遅れた。

「行ったら、報告に来い」

「報告……?行ったよーって?」

今まで報告に来いなんて言われたことがなかったから、きょとんとしてしまった。

「そうでもしないと、行かないだろうお前。」

「……わかったよ、行って終わったらちゃんと報告に来るね。」

ここまで言われたのだから行かなきゃな。

そう思った。

「ああ、待ってる。」

そう、笑みを浮かべて言われた。

顔が熱くなる。

それはずるい。

「っ…じゃあ、そろそろ部屋に戻る、ね。」

「ああ、ゆっくり休めよ?」

このまま、やられっぱなしはよくない。

「ディオ、」

「ん?」

駆け寄って彼の唇に小さな、キスを落とす。

「っ……ありがと。おやすみ、なさい。」

彼の顔を見ないまま、部屋を出た。

部屋に戻りながら顔の熱を冷ます。

明日会って開口一番何を言われるだろうか。

きっと変わらないんだなあと苦笑した。

「ちゃんと、顔見ておくんだった。」

俺は一人でそう呟いて、部屋に入った。


みんな知ってます?

この二人付き合ってないんですよ()

お互いがお互いに大事に思ってるのに100%は伝わってないのが苦しいようないとおしいような気がします。

たくみさんの台詞チョイスが改めて秀逸だなあと思いました。

他のやつもやれたらやりたいな!

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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