孤有のミシェレイニオス
『宇宙海賊ものなんか、流行っていますけれどね』
AIは柔らかな口調でそう答えた。
「あいにくだが、私の仕事は宇宙貨物船の有人ナビゲイターで、そういう意味では無力に襲われる側になるわけなんだけどね」
苦笑した私の表情に、AIは「お気の毒です」という同情のニュアンスを重ねた。
『ご同業の方、多いですよ。逆に、だからこそ宇宙海賊が流行なのかもしれませんね』
「そういうものかね」
ファーをふんだんに使った衣装をまとった宇宙海賊が、美女を従えて立っている。
そんな映画ポスターがホログラフ投影されて。私は他の人が見てやしないかと、うぶな少年のようにどきどきさせられた。
* * *
長い航行を終えたあとの透析の待機時間に、わたしはいつもは脳再生学習プログラムを利用しているのだが、ほんの気まぐれで娯楽作品にしてみようかな、と思い立った。
あの小さな出会いが関係している……ことを認めるのは照れくさい。
茫漠たる星の海に想いを馳せっぱなしだった私が、少しは他人の心の中を推し量ってみよう、という興味に目覚めたわけだ。
一番、再生数が多いのを試してみようかな、という私の問いかけに返された返事が先程のものだった。
「星の海を自由に生きる、ということを人々が求めているわけだ」
『はい、人生で自由になることは、なかなか少ないですからねえ』
AIのくせに訳知り顔で語るのだなあ、と思った。
「きみに人生が判ると?」
『恐れながらミスター、わたくしは原型をたどれば、もう四百年あまりも人間の人生を見守ってきたAIなのです。むしろ人生の専門家と自称させていただきたいと思っています』
「それはそれは」
すでに、私はこのAIと語り合うこと自体を楽しみ始めていた。
「星の海を自由に航行する、ということは、私にとっては不効率に航行する、ということを意味しそうだな」
『はい、自由とは、小規模の時間的単位での判断基準をもとに目的を変更する、ということを意味すると存じます』
なるほどなるほど。
AIは期待に違わず、面白いことを言い始めた。
「だが語られることは、自由とは信念を曲げない、つまり判断基準を曲げない、ということなのではないか?」
『そのとおりです、ミスター』
「それは矛盾では?」
『いいえ、あくまで短観的な視点で判断をする、ということを維持する、という信念がそこにあると考えます』
私がちょっと考えたので、AIは言葉を足す。
『逆に語れば、長期的な視野で判断を下すのでは、自由は維持できないのです』
「君が言っているのは、自由を標榜する宇宙海賊は、視野が狭いからこそ自由を自覚しているにすぎない、という……なかなかの皮肉だね」
確かに老成した宇宙海賊は、冒険とは無縁の存在となりそうだ。
* * *
だが、AIは急に、ぴーっ、という警告音を発し、私を驚かせた。
『ああ、失敗いたしました』
「何?」
『聞いてくださるのが嬉しく、調子にのって私見を語りすぎました。わたくし、脳覚醒睡眠中の情報番組をご案内するのが仕事ですのに、ミスターの興を削ぐような概念を提示してしまったのです』
私は笑った。
たしかに、AIの箴言が念頭にあれば、どんな爽快な宇宙海賊の活躍も、衝動的判断の若気の至り、としてしか見れなくなってしまいそうだ。
「もう充分に楽しんだよ、きみとの会話を」
『恐縮です、ミスター。よろしかったら、私がおすすめする古い映画をごらんになってみませんか? インタラクティブではない、アナログフィルム光学投影時代の。正真正銘のムービーです』
軽妙な語り口で続けるこのAIは、まさに、孤独な旅を続けてきたスペースマンに、人間味のある暖かさを与えるという機能を発揮する機会を待ち望んでいたのだろう。
そう考えると、彼もプロフェッショナルだ。
これまで、持ち込みの学習教材を、ただこれをかけてくれ、と渡していただけの自分が申し訳なくも思えてくる。
「きみのおすすめ映画を、見たいような、見たくないような、奇妙な気分だよ」
だが、私は率直に、そう、思ったことを言った。
『ほほう』
「期待も失望もしたくない、みたいな気分だ。どうか、とびっきりのおすすめではなく、無難な景観映像のようなものをかけてくれ」
『賢者でらっしゃる。かしこまりました』
AIの声を背後に透析ポッドへと進み、衣服を脱ぐと横になった。
もう何十回も繰り返す、手慣れた動作だ。
目を閉じると、ごく自然に、睡眠に落ちて夢をみるような鈍い感覚の後に、私は清冽な雪解け水が下る渓流を眺めるヴィジョンを得た。
<FIN>