8.魔王の苦悩
「何てことだ……」
我輩は顔を覆い、寝室で項垂れていた。
悩みの種は勿論、息子のゾーマについてだ。
もっといえば、今日明らかになったゾーマの魔法の才能についてだ。
儀式の結果が出た際、我輩はゾーマの事を考えて表面上では気にしていないそぶりを見せていたが、内心では酷く困惑していた。
全属性の魔法を扱える自分と
6属性の魔法を扱えるレイナス。
その子供であるゾーマがまさか属性も、魔力、スキルもないとは思っていなかった。
スキル、属性、魔力が「少ない」のではなく、「ない」というケースは今まで見たことがなかった。
魔界の住人は、魔人や亜人、魔獣問わずどんな生命体でもこの3つを宿している。
それは当たり前のことで、決して覆ることがない常識だとゾーマを見るまでは思っていた。
ある意味、全属性の魔法を扱える存在よりもうちの息子はレアなのかもしれない。
全属性持ちの魔人は歴史上で3人いたが、魔力無しの魔人は長い魔界の歴史の中でも我輩の知る限りではゾーマだけだ。
「どうすればいい」
ゾーマには内緒でレイナスには儀式のことを伝えておいた。
レイナスはショックを受けていたが、それでもゾーマを立派に育てると約束してくれた。
使用人達も、ゾーマを支えるぞと使命感に駆られていた。
全く、吾輩は良い妻と部下を持ったものじゃ。
吾輩も勿論、このままゾーマを無力なままにはしたくない。
我輩も色々と辛い心境じゃが、1番辛い思いをしているのはゾーマじゃ。
我輩はこれまで何人もの魔人を見てきた
才気に溢れる者もいれば、魔法の才能が無いばかりに人格が歪み、最終的には大切な物全てを捨て去って人の道から外れたものも知っている。
我輩が昔最も愛していた魔人も、ゾーマと同じで魔法の才能に恵まれないせいで、魔法至上主義のこの世界を憎み、最終的には人の道から外れてしまった。
今、その者が何をしているかはわからない。
最後に会ったのは、15年くらい前だ。
あの時の事を思い出す度に、自責の念と同時にあいつに傷付けられた顔の傷が疼き出す。
ゾーマにはあんな風にはなってほしくはない。
同じ過ちを繰り返さないためにも、吾輩達が懸命にあいつの心の傷をケアしてやる必要があるのじゃ。
「じゃが、ゾーマをこのまま無力な存在のままにはさせたくないのお・・・」
あいつにはちゃんと吾輩の地位を継いでもらいたい。
しかし、今のゾーマでは魔王という役割を任せるにはあまりにも力が無さすぎる。
魔法至上主義であるこの世界で、魔力のない存在が魔王だなんていったい誰が認めてくれるだろうか。
吾輩が強く説得しても、他の貴族や公爵が納得してくれるはずがない。
特に、次期魔王の地位を狙っている第二、第三夫人の反発は凄そうだ。
あいつらは常に第一夫人であるレイナスと、その息子であるゾーマを疎ましく思っていたからな。
吾輩が強行突破でゾーマを魔王に仕立てたとしても、奴等なら裏でゾーマを暗殺するかもしれない。
吾輩が健在なうちはその刺客にも対応できるだろうが、それも時間の問題だ。
ゾーマのためにも、そして魔王に仕える魔界の住民のためにも、やはり魔王という地位は実力で継がないとダメなのだ。
魔王とは魔界の王様。
世界の盾と矛にならねばならない存在だ。
そんな者が、魔界で一番の貧弱物では意味がない。
でも、どうすればいい?
魔力がない息子の鍛え方なんて、いったい誰が知っているのだろうか。
……いや、他人に頼るのはやめよう。
ゾーマは吾輩の子だ。
あの子に関することは親である吾輩が考え、導いてあげなくては意味がない。
それが親ってものじゃろう!
考えろ。知恵を絞りだすのじゃ。
魔力が使えないゾーマが、ここから強くなり、魔界の民に認めてもらえる方法を見出すのじゃ!
…………
「ダメじゃ、思いつかん」
吾輩はダメな父親じゃ。子供を助けてやることもできない。
幾度も敵を屠り、魔界を救ってきた吾輩でも、生まれながらに呪われた実の子は救えないというのか?
そう考えたら自分に怒りが沸いてきた。
このまま不甲斐ないダメな親父で終わってしまうのはごめんじゃ。
何とかしてゾーマの力になってやりたい。
しかし、その方法が未だに見出せないでいる。
「……吾輩が何とかしてやるぞ。待っていろ、ゾーマ」
魔王室から出て、隣の書架へと移動する。
既存の知識の中にはゾーマを助けてやる術はない。
しかし、先人が残していった本の中には、ゾーマを救ってやれる手段が乗っているかもしれない。
「待っていろ、ゾーマ。吾輩がお前を立派な魔王に育ててやるからな」