3.我が名はゾーマ・ベルゼブブ
目を開けると、薄暗い景色が目前に広がっていた。
ザーザーと雨音が聞こえ、次いでビリビリと雷音が轟いた。
雷によって暗い部屋が一瞬光る。
全体的に何だかジメジメとした空間だった。
ここはどこだろう。
そう胸中で呟いた時だった。
大きな手らしき物体に抱えられ、浮遊感が俺を襲う。
ん? 俺は何者かに抱えられているのか?
もしそうなのだとしたら、きっとそいつはとても怪力な奴なのだろう。
俺はとても巨体で、体重は100キロを超えている。
そう。俺は太っている。
デブ……ではなくぽっちゃり系だ。
デブとか、豚野郎とか、飛べない豚とか罵るのはやめてくれ。
というか、豚野郎と飛べない豚は意味同じだから。
巨体を弄るならせめて、ヘビー級とか、
大型ルーキーみたいな感じで読んでくれると嬉しい。
まあ、もう30歳を超えている時点でルーキーじゃないんだけどな。
ははは。自分で言っていて悲しくなってきた。
「おかしいな。泣かないし、眼もあけない。死んでしまったのか?」
野太い宇声が真上から降ってきた。
この声は誰だろう。
というか、今の日本語だったよな?
魔界でも日本語が使われているのかと少し安堵する。
いちから新たな言語を覚えるのは面倒だしな。
「動かないな。本当に死んでしまったのか? もしそうなら、俺は魔王様になんて謝ればいいのか」
なるほど。
今俺を抱えている人物は、魔王ではなく、子守を頼まれただけの部下か。
魔王の部下とはいったいどんな奴なのだろう。
俺はゆっくりと眼を開ける。
視線の先にいた人物は、ゴブリンだった。
「うおお!」
驚きのあまり、赤ん坊という立場も忘れて大声を上げてしまった。
ゴブリンなんて始めてみた。
いや、正確に言えば、始めて出会ったというべきか。
ゴブリンの存在は勿論知っている。
ファンタジーゲームでは雑魚中の雑魚であるゴブリンだが、
近くで見ると中々迫力があるな。
「おお。動いた。赤ん坊が動きなさったぞ」
ゴブリンは俺の反応を見ると、嬉々とした表情で叫ぶ。
ゴブリンの笑顔なんて初めて見た。
「そうか。良かった!」
と、今度はゴブリンとは違う声が聞こえてきた。
いったい誰だと声の方向に視線をやると、
豚の顔をしたモンスターがいた。
オークだ。
オークもファンタジーゲームではおなじみのキャラだが、
まさか本当に存在していたとはな……。
「赤ん坊って可愛いな。おもちゃ持たせようぜ」
ゴブリンはガラガラそっくりな玩具を俺に持たせた。
・・・何でこんなファンタジー世界にガラガラ何てベビー用品が置いてあるんだ。
てか、ゴブリンに可愛がられる絵面とかシュールすぎるだろ!
ゴブリンがかわいがる存在なんて、
エロゲの女勇者だけだと思っていました。(勿論、性的な意味で)
生前の頃、エロゲを趣味でやっていたせいか、
『ゴブリン』『玩具』の単語でエロいことを想像してしまった僕はやっぱり変態ですね。はい。
「俺にも持たせてくれよ。赤ん坊なんて初めて見たぜ」
「嫌だね! お前も抱っこしたいんなら俺から奪って見せな!」
オークとゴブリンによる俺の争奪戦が始まった。
何だこの光景。カオス過ぎだろ。
「やめろ馬鹿者達! そんな乱暴に扱って、この赤子が落っこちたらどうするつもりだ!」
ドアの方から、今度は女性の声が聞こえてきた。
声の主は、メイド服を着ている目付きの鋭いエルフだった。
うお!めちゃくちゃ可愛い!
ゲームでもエルフは美形キャラの鉄板だったけど、
本当に可憐な容姿をしているんだな。
「全く、あなた達に世話を任せたのが間違いだったわ」
ハア、と溜息を吐いてからエルフはゴブリンから俺を奪った。
「ふむ。これが魔王様のお子様ねえ・・・」
鋭いエルフの両眼が俺を見ている。
この人、可愛いけど、何だか睨まれてるようで怖いな。
「うふふ。私がママでちゅよ〜。可愛いでちゅねー」
ええ??
鋭利な瞳は一瞬で無くなり、柔和な笑みが俺に向けられる。
何だこの人!さっきまでとキャラが違う!
てか、今俺の母親だって言ったな?この人が母さんなのか!
「何言ってやがるんだ!お前はただの侍女だろうが!」
ゴブリンのツッコミによってエルフの嘘が判明する。
「ああ!何て可愛いのかしら・・・今なら私、母乳すら出せる気がするわ!」
「出るか馬鹿野郎!あと、服を脱ごうとするな!」
おもむろに上半身を脱ごうとするエルフを、
オークが懸命に止めた。
「お前ら騒ぎ過ぎだ。赤ん坊が泣いてしまうぞ。
赤ん坊が泣いたら魔王様とレイナス様に殴られるのは俺達なんだぞ!」
俺は魔王と、レイナスっていう人から生まれてきたのか。
ここで気になるのは二人の性別だな。
どっちが父親で、どっちが母親なのだろう。
「魔王様は今どこにいらっしゃるのだ?」
「魔王様なら出産で疲弊されたたレイナス様を魔法で回復させている」
ゴブリンとオークのやり取りによって、疑問に思っていたことが一瞬で解決した。
どうやら魔王が父親で、レイナスという人が母親のようだ。
二人ともどんな容姿をしているのだろうか。
親の見た目は、子である俺にも大きくかかわる。
生前の頃の俺はデブのキモヲタだった。
恐らく、目の前にいるオークより豚っぽい見た目だっただろう。
この世界では、是非とも西洋風の整った顔立ちであってほしい。
うん。レイナスの種族がゴブリンかオークでないことを祈ろう。
「オオィ!吾輩の子供はどこにいる! ここか!」
俺がそんな下らないことを考えている時だった。
バアン! と大きな音と共に大きな男がやってきた。
……何だ、あの恐ろしい化物は。
視線の先には、人型ではあるが、人ではない男がいた。
薄ぐらい部屋よりも闇で染められた全身と、両翼。
筋骨隆々の肉体は五メートルを超える巨躯だ。
顔には縦断する傷があり、眼光はとても鋭利で、表情も厳つい。
目が合っただけで寿命が100年くらい縮みそうだ。
力強さを証明する角は頭部に凛々しく聳えたっていて、色もまた存在感を主張するに相応しい金色だ。
一目でこいつの存在がわかった。
伝説の存在。
架空の話でしかみたことがない。
悪漢や恐怖の代名詞ともいえる唯一の生物。
その名は魔王。
「ま、魔王様! 」
魔王の登場にゴブリン、オーク、エルフの表情が一気に引き締まる。
「レイナス様のご容態は?」
「吾輩が回復させたんだぞ。全快に決まっているだろう」
魔王はガハハと高笑いを浮かべる。
瞬間、魔王の声の高さと同調するかのように激しい雷音が周囲に轟いた。
何だよこの迫力。魔王怖えーよ
「ところでオークンよ、お前が持っている赤子は吾輩の子供であっているな?」
「ええ。勿論ですとも!」
魔王の問いかけにオークが首肯する。
このオークの名前はオークンというらしい。
「おお。貴様が我が息子か・・・。我輩の名はサタン・ベルゼブブ。四代目魔王じゃ。といっても今のお前には伝わらぬか」
すみません! はっきりと伝わっております!
俺、本当に魔王の息子として生まれ変わってるのか!
「会いたかったぞ。我が息子よ」
魔王は獰猛に笑ってから、大きな手で俺の頭を撫でる。
乱暴な撫で方だったが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
掌から伝わる温もりが、俺に安心感を与えてくれる。
「良くぞ生まれてきてくれた。お前にはこの世界の半分、いや全てを与えてやろう」
全てを俺にくれるのか。
随分と気前の良い魔王だ。
ドラ〇エの魔王ですら、半分しか譲ってくれなかったというのに。
「今日からお前の名はゾーマ・ベルゼブブだ。いずれお前は最強の魔王になるだろう」
最強の魔王か……。
最強になるためには、少なくとも勇者くらい倒せないと駄目だよな。
「さあ。もう遅い。今日は寝るんじゃ」
優しく微笑むと、魔王は俺の額をこつんと叩いた。
瞬間、眠気が俺を襲った。