2.女神と出会い、転生する
気付けば俺は真っ白な空間にいた。
ここはいったいどこ何だ?
明らかに普通の場所ではない。もしかしたら、死後の世界なのだろうか?
「はは。もしそうなのだとしたら、ここは間違いなく地獄だろうな。俺みたいな人間のクズが天国に行けるはずがない」
「いいえ。ここは確かに死後の世界ですが、天国でも、地獄でもありません」
あれ、俺以外にも人がいたのか。
声の方に視線を向けると、白いドレスを着ている女性がいた。
「こんにちわ。私は女神です。今から貴方には転生をしてもらいます」
・・・いきなり何を言い出すんだこの娘は。
「可愛そうに、あなたも僕と同じように死んでこの空間にやってきたんですね。その無茶苦茶な言動から察するに、恐らく頭のほうを強く打ったのでしょう」
「違います! 本当に女神様なんです! この空間は、私が貴方のために作った特別な空間なんです!」
「俺のために作った? どうして?」
自称女神様はまたおかしなことを言いだした。
なんだこの人。本当に頭大丈夫か?
「失礼ですね。私の頭は大丈夫です」
「え……どうして俺の思考を読み取れたんですか?」
「当たり前です。私はこの空間の創造主なので貴方の考えていることは全て筒抜けです!」
「まじか!」
どうやら、この空間は本当にこの人が俺のために作ってくれたようだ。
でも、どうして俺のためにわざわざそんな事をするんだ?
「先程も言いましたが、貴方をここに呼んだ理由は、他の世界へ転生してもらいたいからです」
あっ。また思考を読み取られた。
「て、転生ですか? どこの世界に?」
「魔界です」
ま、魔界? 本当にそんな世界が存在するのか?
「存在します」
また思考を読み取られてしまった。
「貴方には、魔界を滅ぼすためにやってくる『ある者』を倒してほしいのです」
「ある者? 魔王ですか?」
魔界を無茶苦茶にする存在といったら、魔王くらいしか想像できないな。
まあ、多分こういう悪役ポジションの存在は大抵魔王だし、
魔界を脅かそうとしている悪の根源は魔王で決まりだな。
「その『ある者』とは、魔王――」
ほらな、魔王だ
「ではなく、勇者です」
「は?」
思わず声を上げてしまった。
勇者といえば正義の象徴じゃないか。
そんな正義の味方を倒せだって?
「正確に言えば、今から15年後に起こるであろう勇者と魔王の戦争を止めてほしいのです」
「戦争?」
「詳しいことは、これを見てもらえば分かりますよ」
そう告げてから、女神は小さな水晶玉を俺に見せつけてきた・
「この水腫に映っている映像を見てください」
女神に従い、俺は水腫王球に映っている映像を見た。
「え?」
水晶玉の中に映っていた映像は、俺の想像をはるかに超える、
魔界で勃発した凄惨な戦争の様子だった。
まず目に入ったのは、黒いオーラを体に纏わせている魔王らしい巨大生物だ。
魔王らしい生物は、嗜虐的な笑みを浮かべながら人間を持ち上げ、頭部に生えているツノで容赦なく心臓を刺し殺していた。
次に俺の目を引いた存在は、魔王の天敵である勇者らしき青年。
顔はよく見えなかったが、仲間を殺されて激昂したその青年は、仕返しというばかりにゴブリンやオークを薙ぎ倒し、魔王に剣を突き刺していた
これが魔界で起こる戦争なのか。
こんな残酷な未来があっていいものなのだろうか。
「……これは予言の水晶と言って、魔界の未来を映し出す水晶です。映し出された戦場は、今から15年後の魔界」
「……ということは、15年後、このような戦争が必ず起きるということですか?」
「このままでは間違いなく起こってしまいます」
女神は静かにうなずいた。
俺も表情を青くしながら、引きつった表情で女神に頷き返す。
そんな未来、いくらなんでも酷すぎるじゃないか。
確かに魔王と勇者は永遠に分かり合えない存在かもしれない。
少なくとも地球の娯楽であるゲームや漫画ではそうだった。
それでも、あんなに残酷な争いは避けるべきだ。
これでは、勇者と魔王軍だけではなく、
両勢力に巻き込まれた罪のない一般人も可哀想だ。
「あの後、勇者軍も、魔王軍も、両勢力の戦いに巻き込まれた人々も多大な負傷を覆い、世界は大変なことになってしまいます」
「なるほど……」
「貴方には、それを止めてほしいのです」
「でも、どうやって?」
あんな未来は誰だって避けたい。
止めれるのなら俺だって止めたいが
その方法がわからなければ、どうすることもできない。
「貴方は私の手によって魔王の息子として生まれ変わってもらいます。その際に超強力な能力も授けるので
その力を駆使して、何とかして最悪の未来を回避してほしいのです」
「……俺に、魔界の命運を託す気ですか?」
俺の問いに、女神はうんと頷いた。
「貴方しか、適任者がいないのです」
「……どうして俺なんですか?」
俺以外にも今日死んでしまった人間はごまんといるはずだ。
その中に俺よりもマシな人生を歩み、頼りになる人間が山ほどいるだろう。
そいつに任せればいいじゃないか。
俺は自分のダメさを誰よりも痛感している。
はっきりいって、魔界を救える自信がないのだ。
女神も、俺が生前どれだけ酷い人間だったか知っているはずだ。
俺は父も母も、そして自分自身も救い出せなかった社会の負け犬だ。
そんな俺に、どうして彼女は魔界の命運を託したのだろう。
「私も、死んでしまわれた人すべてに転生を頼んでいる訳ではありません。貴方の死ぬ寸前の行動を見て、貴方なら魔界を救ってくれると思い、こうして頼んでいるのです」
女神は優しく俺に笑いかけた。
「今日、地球で死んでしまわれた人間の数は3万人。その中で、人を助けるために自分の命を犠牲にして死んだのは貴方だけでした」
「それが、俺に転生を頼む理由なんですか?」
女神はコクリと首を縦に振る。
「挫折、後悔、絶望を味わい、生きる気力を無くしてもおかしくない状況でも、貴方は最後の最後には、誰かのために体を張った。そんな勇敢な心のある貴方だからこそ、次の人生を歩む資格があるのです」
女神は太陽のようにやさしい笑みを俺に見せたあと、
俺の頭をポンと叩いた。
「勝手な頼みだという事はわかっています。もし嫌ならこのまま天国に向かってください。でも私はもう一度頼みます。魔界を救う、正義の味方になってください」
その温かい言葉に、不思議と目頭が熱くなった。
「はい……」
地球では、最後まで世の中の不条理に打ち勝つことなく死んでいった俺に、あの女神はもう一度俺に真っ当に生きるチャンスをくれた。
来世ではちゃんと頑張ろう。
全力で女神に課せられた役目を全うしよう。
心の底からそう思った。