1.失敗だらけの人生
やあ、どうも。
俺は37歳、住所不定無職のメタボリック人間。
親に家から追い出され、今から死ぬ事を決めた自殺志願者である。
「もう死んでやる・・・死んでやるぞ」
真っ暗な夜の街で俺はそう呟いた。
自殺する準備は万端だ。
ついさっき店で買ってきたナイフを見つめ、俺は不気味に笑う。
後は、人気のない森の奥で買ってきたナイフで喉を抉りさえすれば俺は死ねるのだ。
やっと解放される。
やっと親への罪滅ぼしができる。
そう考えると、とても嬉しかった。
恐らく、人生で1番笑えているだろう。
しかし、それと同時に大きな自責の念が胸の奥底からこみ上げてきた、
「……」
いったい、俺はいつからこんな人間になってしまったのだろう。
ふと、そういう考えが脳を巡った。
子供の頃の自分は、自殺なんてする人間ではなかったはずだ。
小学校の頃は普通に日常を過ごしていた。むしろ、リア充の部類だった。
そうだ。俺の人生がおかしくなったのは、中学生からだ。
三年間、名門の高校を目指して勉学に励んでいた俺は、
周囲の人間を見下し、自分が一番だと奢っていたのだ。
それが運の尽きだった。
テスト直前に激しい腹痛が俺を襲い、テストどころではなかったのだ。
結果は 当然不合格。
俺は完全に自信を喪失し、そのあと俺は家に引きこもるようになった。
母親はそんな俺に対していつまでも優しくしてくれていた。
親父は俺が社会復帰できるようにと何度も厳しい言葉をぶつけてくれていたが、
その助言も当時の俺には通じず、いつまでも母親に甘えていたのだ。
俺が家を追い出されて住所不定になったのは昨日のことだった。
母親が脳梗塞で死んだのだ。
父は仕事で家を空けていた。
家にいたのは母と俺だけだった。
あの時、俺が母の異変を感じ取って病院に連絡していれば助けられたかもしれないが、
俺という糞野郎は、その日も呑気に自室でゲームをしていたのだ。
あんだけ優しくしてくれた母親を殺したのは俺だ。
俺が殺したんだ。
父はそんな俺を泣きながらボコボコに殴り、家から追い出した。
「お前を育てるのはもう諦めた。許してくれ、もう一人で生きてくれ」
その時、初めて自分がとんでもないクズ野郎だとわかったのだ。
最後の最後まで俺が全うな人間になってくれると信じてくれていた唯一の人間を、
俺は裏切ってしまったのだから。
何度もやり直したいと思った。
しかし気付いた時にはもう全てが手遅れだった。
そうだ。俺にはもう死んで償うくらいのことしかできないのだ。
「・・・ん? なんだ、何か声が聞こえるぞ」
若い女性の悲鳴が突然聞こえてきた。
その声の方を見ると、助けを請いながら逃げている若い女性と、
その女性を追って一心不乱にナイフを振り回しているおっさんがいた。
これは通り魔って奴だろうか。
助けを呼ばなきゃと思い周囲を見渡すが、周りには俺以外に人がいなかった。
今、通り魔から彼女を救えるのは俺だけだった。
今すぐ彼女のもとに駆けつけて、通り魔をぶん殴ってやりたかった。
しかし、俺の足は地面にくっついたように動かず、震えていた。
そりゃそうだ。
俺は20年以上も辛いことから逃げていたクズだ。
そんなクズ野郎は最後まで情けない奴なんだ。
ますます自分が情けなくなった。
「助けて!!」
彼女と目があった。追われている女性は涙を流しながら俺に助けを求めていた。
「・・・!!」
気付けば体が勝手に動いていた。
何で動けたのかは俺にもわからない。
多分、死ぬ間際まで情けない人間ではいたくないという感情が今の俺を動かしてるのだろう。
これで、何かが変わるわけじゃない。
俺が通り魔から女性を救っても、
俺の立場と環境は変わらない。
死んだ母親は返ってこないし、
父親が俺をもう一度我が子として受け入れてくれるとも思っていない。
恐らく、このまま通り魔に刺されて死ぬだけだ。
それでも、俺は通り魔に立ち向かった。
俺は子供の頃、正義の味方になりたかった。
その夢はもう叶わない夢だけど、
俺は最後だけその夢を目指していた頃のように、
何かに向かって全力で立ち向かいたかった。
「うおおお!」
俺は女性を守るために通り魔にタックルする。
体重100キロの巨漢のタックルは通り魔にも聞いたんだろう。
通り魔は吹っ飛んだ。
俺はこの通り魔から女性を守ったのだ。
「うっ・・・」
焼け上がるような痛みが俺の全身を巡った。
胸元を見てみると、ナイフが深々と刺さっていた。
「ああ。これはもう助からないな・・・」
だんだんと、痛みが引いていき、猛烈な寒気が俺を襲う。
視界も霞み。感覚も徐々になくなってきた。
もう死ぬんだな・・・
でも、やっぱりこんな死に方は嫌だな・・・。
もっと、もっと頑張りたかった。全力で生きたかった。
誰かを守れる人間になりたかったなあ・・・
俺は自分の人生を後悔しながら死んだ。