其は、惨劇なる過去。
「これが新しい外装か……。最早ここまで来ると人間と変わらないではないか……」
そう呟く彼に、揉み手して摺り寄る研究員。
「そうでしょう、そうでしょう。貴方様の基礎研究を発展させて頂いた次第にございます」
その返答に苦い顔を向けると、彼はかぶりを振りながら吐き捨てる。
「私は怪我人や重特な患者の為の、身体のスペアの様にとの設計思想だ。兵器への転用等とは聞いてはおらんよ」
しかし、上のたっての命令でして……と、悪びれもせずに答えた研究員を冷め切った目で見下ろすと、仕様書とサンプルを一つ、自宅へ運んでおく様伝え、彼は白衣を翻して研究室を後にした。
昨今、幾ら他国からの脅威が迫っているとはいえ、兵器の域を超えているのではないかという戦略型のあらゆる物が研究されている。国一つの魔力をたった一つで喰らい尽くす魔導型爆弾から、標的を次元の彼方へと消し去る大砲、さらには神を宿す為の巨大な駆動人形すら作っているという噂まである。最早何かを間違えているとしか思えない規模なのだ。
長命なれど、子が生まれにくい種族である彼らエルフ族。彼らはその長命を活かし、森での生活から、都市へ。更にはその都市を魔導技術によって大いに発展させた。
――閉鎖性をそのままに。
彼らにとって、他種族は敵であり、特に人間は迫害の対象ですらあった。勿論、全てのエルフの民がそうであった訳では無く、親和を図ろうとする者も多かった。だが、古来からの老人達――見た目には青年から壮年にしか見えない――が、百年以上の単位で政治の上位に君臨していれば、多種族に対する国の意思は容易には変わらない。結果、数に物を言わせる多種族対、少数精鋭かつ技術を極めたエルフ族のにらみ合いは、既に止まれない程に危うい方向へと進んでいるのだった。
「おかえりなさい! お父様!」
帰宅し、扉を開けた彼を車輪で動く椅子の上から声をかける娘。見た目と同じく、若い娘という、種族の中でも稀有な彼女を抱きしめつつ彼は優しく諭す。
「ただいまアリシア。寝ていなくて平気なのかい?」
元気に、頷く自分の娘の頭を撫でる。
「あぁ、お前もお守りご苦労様」
しぎゃあと鳴いた、足元の赤い仔竜に労いの声をかけると、アリシアがむくれた声で抗議する。
「子守じゃないもん! 遊び友達だもん」
まさか、実験で不要になり、処分される予定だった仔竜にここまで懐くとは。だが、笑顔が増えたのはいい事だと、彼も顔をほころばせ食卓の用意を始めた。
「しかし、本当にこの先はどうなってしまうのか……」
魔導技術の進歩は、娯楽等でも発展を見せていた。遠くにある物を映す魔法の箱では、昨今の時事問題を司会の者が取り上げて熱弁している様を映している。
しかし、やはり自分達の種族が、国が優位であり、今こそ闘いを開始し領土を拡大すべしとしか総論としては言っていない。熱に浮かされる様に、国は戦いへと傾いている様に感じた。――まるで何かの見えざる手に操られるかの様に。
「お父様、何か荷物が届いたわ」
あれから、一人娘の側に出来る限りいられる様にと、基礎理論の研究を済ませた彼は、許可を取って自らの家で研究をする様になっていた。
「意外と早かったな。アリシア、お前も見てみなさい」
そう言って自室を改造した研究室に置かれたそれを見て、息を飲むアリシア。
「これは……私!?」
そう、アリシアに瓜二つの機械人形が眠る様に置かれていた。
「身体が弱いお前でも、何も気にせずに動ける様にと、作ったのだよ。意識だけをこちらに移せば、お前も何不自由なく外で走る事も出来る」
そっと、その機械人形に触れるアリシア。
「……怖いか?」
いいえ、とかぶりを振るアリシア。
「だって、これはお父様の優しさ。想いの結晶ですもの。怖いなんて事はないわ」
そう微笑むアリシアに、彼は絶対に、亡き妻の形見でもある自らの娘が、幸せであって欲しいと強く胸に刻むのだった。
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異臭が漂う。これは、自らの身体からか……? 彼はそれに気付き、強引に意識を戻す。今日は機械人形とアリシアの同期実験で、これが成功すれば娘は好きに外を出歩いても問題無くなるはずだった。
『……り……臨時……ニュースを……我が国はついに……破滅の……』
彼はその断片的な情報だけで理解してしまう。どの兵器か――今となってはどうでもよいが――ついに兵器が完成し、そしてそれが……我が身に降り掛かったのだと。人を呪わば穴二つ。勿論その穴の一つは自身のものだ。強すぎる道具は身を滅ぼすと何故理解しなかったのか、聡いはずの民が。
まともに動かぬ我が身を鞭打ち、強引に視界を動かせば、彼の研究所は今までの様に変わりは無かった。アリシアが倒れて動かないのを除けば。
「……リ……ア……」
喉も傷を負っているのか、声がまともに出ない。這いずる様に、娘の元に向かうと文字通りの虫の域。彼には分かってしまう。これは助かる由もない。それでも必死に抱き寄せれば、僅かに目を開く愛娘。
「私を……忘れないで……。それが形見。ね……お父さん……」
そして最愛の娘は、微笑んで、そして、手の中から重みが少し減った。人は死んだ時、その魂の重量だけ軽くなるという。ならば、今抜けてすぐの魂を、機械人形に定着させれば……。それは【死】ではない。明らかなる背徳。明らかなる人の理を超えたる所業。それでも彼は、妻の忘れ形見を、自分の魂の半身を、そのままに捨て置く事等出来なかった。
自らの肉体すら媒介にし、機械人形へ娘の魂を定着させる。しかし、目覚めた時、父である自分がいなければ娘は心配するだろう。今の状況を記憶素子に魔術で急ぎ書き付け、娘のペットでも子守でもある赤い竜に命ずる。
「解除code……あるまで……れを……死守せ……」
視界が揺らぐ。まだだ、まだ娘の為に……。彼はそこで事切れた。