黒の騎士の話をしよう。②
巡る記憶は断片的だ。
白い天井。細い管。送り込まれる栄養。
医師の声。親の嘆き。死の宣告。
誰も望んでなどいなかった。
当たり前だろう。こんな生かされているだけの生など、したくなかった。
自分だけではない。この世に生を受け、望まないままに生かされている誰もがそう思うだろう。
夢があった。
希望があった。
遥かな明日があった。
その悉くを否定され、奪われ。
涙は枯れた。声は廃れた。
行き場のない激情は呪いだ。
次第に我が身を焼き、命を食い潰す。
許さない、赦さない。
だからこそ、子供達は祈ったのだ。
救いに現れる筈もない、英雄の訪れを―――――
世界が弛緩した。
割れた空間に渦巻く黒雷は、それだけで世界を壊すだろう。
その黒雷を纏う神槍は何れ程か。
狙うは一点、黒い騎士。
勝利の名の元に打ち出された宣告は、あまりに呆気なく黒い騎士の身体を貫いた。
終わった。
黒騎士の存在感が薄れていく。
英雄三人を相手取り、それでもなお倒れなかった黒騎士が消えていく。
あの槍に込められた勝利の宣告がこちらに牙を剥くまで、もう長くはないだろう。
黒騎士を黒騎士足らしめていた鎧が消えた。
その中にいたのは、あまりにも華奢な身体をした中性的な顔立ちの少年――少女?だった。
その胸に突き立つ神槍には目もくれず、玉座を睨んでいた。
右手には、消え行く折れた剣。
敗北は確定した。
誰もがそう思った。暫くの後、黒騎士は消滅する。
だが。
「……感謝するぞ、贋神」
黒騎士は倒れない。
そして、初めての言葉を発した。
「存在意義そのものを殺す槍。触れたもの全てを無に帰す神の槍。成る程なかなか面白い」
その言葉に、『王』が狼狽する。
「この身体が消えてしまう前に呪いが消えたのは有難い。これで貴様と私は――――同等だ。」
なにを。
いって、いるの、か。
「……道化、そこまで生に固執するか」
「固執?するはずもないだろう。元来この身は想像の産物だ。生に固執する必要もない。」
だが―――と、黒騎士は言葉を紡ぐ。
眼を疑った。有り得ない。
絶対的勝利の宣告に抗う姿に英雄を見た。
なんだ黒騎士は。
「ここで私がすんなりと消えてしまっては、私の主達に顔向けが出来んのでな!」
瞬間、折剣が輝いた。
白い――あまりにも純い―――極光。
「行くぞ贋神。この一撃、覚えていけ」
『王』がその言葉に激昂する。
「よかろう、その身体、この世界と共に果てよ!」
瞬時に城壁に再装填される神槍。
先程とは比較にならないレベルでの魔力の回転。
その光が黒騎士に放たれると同時に。
剣は白銀の翼となる。
その翼に名前はない。言うなれば、病に犯され、死んでいった子供達が抱いた最後の希望や、夢。そういったモノの集合体。
迫り来る敗北の風。
その敗北に向けて。
「偉大なる―――――」
白銀の翼が振るわれる―――!
「敗者に捧ぐ―――――――ッ!!!!!」